2 / 45
#1 きれいなものは嫌いじゃない
しおりを挟むルーファス。ということは男なんだなとユーゴは思う。しまった、横抱きのままだ。追手をあらかたまいて建物のかげに落ち着いたところで、ユーゴはルーファスをおろす。
「どこのぼっちゃんか知らないが、ちゃんとこの時間を狙ったのはやる気があっていい。きっと門は夜の間に閉じられちまうだろうから、その前に脱出しないとな」
耳を澄ましてうかがうに、追手はじょじょに数を増やしているようだ。が、こちとら迷い猫や迷い子の捜索をさんざんこなしているのだ。街を知り尽くしている自警団の連中はたしかに手ごわいけれど、抜け方はいくらでもある。
ただ、懸念があるとすれば。
ユーゴは背後のルーファスを呼んだ。
「知ってるか、貴族階級の家出だとか駆け落ちの幇助は、重罪なんだ。この状況だと十中八九おれがあんたをさらったってことになってるだろうけど」
「おや、自信がないんですか」
ルーファスがフードの下でおおげざに驚いて見せる。おそらく行き当たりばったりでユーゴを頼ったはずだから、不安になって煽っているのだ。ユーゴは舌打ちして返す。
「万が一だよ、万が一! 小玉リンゴ一個で貴種誘拐からの死罪とか笑えねーだろ」
「そうですね、私もまさかリンゴひとつでうけおってもらえるとは思っていませんでした。あなた、ずいぶん安――良心的な傭兵ですね。だまされたりしてませんか」
ユーゴは犬歯を剥いて振り向いた。
「おい、いまおれのこと安い傭兵って言いかけただろ。くそ、先払いっつっただろ、自分で。あんまり人を馬鹿にするとつきだすぞ!」
「いいですよ、そうしたら私はあなたにたぶらかされて誘拐されるところだったとうったえますから。ついでに貞操を奪われ、売り飛ばされるところだったとでも言っておきましょうか」
「おれは男とどうこうなるシュミはねーよ! 冗談じゃねーっつの!」
返しながらいまいましい記憶を思い出してしまい、ユーゴは鳥肌をはらうように腕をさする。
(きりかえろ、おれ!)
小玉リンゴひとつとはいえ、仕事は仕事。一度うけおったら最後までつきあうのが傭兵としてのユーゴのルールだ。王都の外までの地図といくつかのルートを組み立て、ユーゴはルーファスを誘導する。
塀をよじのぼり、泥のぬかるむ古い水路を頭を低くしてくぐり、やっと足が載るくらいの細い通路をわたって到着したのは、あかりの消えた民家だった。
「ユーゴ!」
コツコツと窓をノックして数度。まもなく中から子どもと猫が顔をだす。ルーファスがおどろいたようにユーゴの袖をひいたが、ユーゴはジェスチャーで黙らせた。まさか本当につきだそうと思っているわけじゃない。
好奇心にひとみをきらめかせながら、子どもがユーゴに問うた。
「今日はなんの仕事? 剣は使わないの?」
「護衛だからまだ使ってねーよ」
「ふうん。また見たいなあ、ユーゴの剣」
「剣?」
ルーファスが何かを探すようにユーゴを見る。わくわくとした面持ちでルーファスのわけありげなフードを見上げながら、子どもが両手をいっぱいに広げた。
「すごいんだよ、ユーゴの剣。こんなにおおきくて、かっこいいんだ!」
「…どこか別の場所に?」
「傭兵が商売道具あずけてたら仕事になんねーだろ。てかあんた、それでよくおれに声かけたな」
言って、ユーゴは子どもに用件を告げた。追手の増えたこの区画で彼らをまくのは難しいので、この家を通ってひとつ下の区画へ降りようというわけだ。いわゆるショートカットである。山をけずってつくられた王都には、しばしばこういう家が存在するのだ。
いいよ、と子どもが快諾した。
「パパもママも、区画長さんちに出かけてるんだ。決起会だって言ってたよ」
猫が甘えるように体をルーファスの足首にすりつける。ピンク色の首紐をつけたキジトラの猫だ。とまどうようにそれを見ながら、決起会? とルーファスが首をかしげた。
ユーゴは説明してやる。
「区画ごとで屋台を出すんだよ。屋台でも企画でもいいんだけど、一番売り上げがよかった区画に報奨金がでるわけ。その方が盛り上がるだろ」
「ああ、それで」
ルーファスが猫を抱き上げた。おっかなびっくりなでるのへ、子どもが言う。
「迷子になってたのを、ユーゴが見つけてくれたんだよ。鳥皮一本で」
「鳥皮うまいよなー」
ルーファスのもの言いたげな目は気になるが無視だ。礼を言い、二人は子どもの家を出る。
「いいのですか」
追跡者のあわただしく駆けていく橋の下で身をひそめながら、まもなく、ルーファスが言った。なにが、とユーゴは返す。
「ちゃんと許可とったんだから不法侵入にはならねーだろ。それにあいつはおれのダチで、顧客だ」
「あんな子どもが?」
「あんまナメてんじゃねーぞ、子どもってのは大人が思うより賢いんだ。いざとなったらとぼけるなり正直に吐くなりするよ」
橋を抜けたら今度は別の家だ。次に酒屋。娼館、民家、水車小屋を経、イカダにのりかえた。地下水道は王都の南北を通っていて、平野から海に続く河に合流している。朝になって追手がこちらの逃走ルートに気づくころには、ルーファスは王都から遠く離れた地、というわけだ。
「すごい」
ぐんぐん小さくなっていく王都のあかりをふりかえって、ルーファスが感嘆の言葉をもらす。
「こんなに簡単に出られるなんて」
「あんた、王都から出たことねーの?」
「ないですね。…出られるはずもない」
きれいだ、とルーファスが言った。フードの縁にかけられた指が鬱屈を払うようにそれを脱ぎ落し、きらきらとそこから光がこぼれ落ちる。こまかく砕いた金の風に流れていくようなさまにユーゴはぎょっとしたが、ルーファスの髪なのだとまもなく気づいた。
光で織ったような金の髪。それがユーゴの目の前、あかりのない夜闇の中でちらちらと宙に舞う。
今が昼間じゃなくてよかったと心底思った。かたちのいい額と白い肌に、がらにもなく目を奪われてしまう。人間は神の姿をうつしてつくられたそうだが、ユーゴがもしも画家だったなら、今すぐに絵筆をとって彼の横顔を写さなければならないような天啓に駆られたに違いなかった。
「あんた、きれいだな」
宝石のような碧色のひとみにため息をつく。心から思った素直な言葉だった。
「よく言われます」
ありがとう。きょとんとしてユーゴを見たのち、ルーファスがうつくしく笑んだ。
*
平野にでればいくらか流れはゆるやかになるが、まさかイカダで海までいくわけにはいかない。途中でイカダを降り、足がつかないようイカダを解体する。
雪を浅くかぶった山裾から、ちょうど日が昇りだしたころだった。ぐい、と大きく腕を伸ばしながら、ユーゴはあくびをする。
「夜通しで疲れただろ。ここらで休憩入れよう」
「今はどのあたりなのですか?」
「そうだなあ、」
うなじをかいて、ユーゴは枝をひろった。がりがりと地面におおまかな地図を描きながら説明する。
「ここが王都。いま降ってきた河がこれ。海に出るまで二回分岐があるんだけど、一個目のまえでおりてるから、まあたぶんこのへんだろっていう目測だな」
「なるほど」
「で、その一個目のあたりにヴァッテンっていうけっこう大きな街があるんだよ。いわゆる商業都市っつーのかな。王都よりいろんな店が出るから面白いと思うぜ」
「ヴァッテン。水運で発展した街ですね。もともとは山から切り崩した木材を一時的に保管しておく場所だったと聞いています。内陸からそのまま外へ出られるとか」
「そうそう。やっぱお貴族さまは教養があるんだな。異存なしなら目的地はそこでいいか? 情報も人も集まる場所だから、あんたには都合がいいと思う。外へ逃げるにしても何かを探すにも」
「そこまでが“リンゴ一つ分”、というわけですか。いやはや、傭兵というのは損な商売ですね」
ルーファスがくすくすと笑った。貴族の女のような笑い方をするなと思いつつ、ユーゴは図星をさされて真っ赤になる。
「うるせーな。危ない目に遭ったとかもなかったし、おれだって王都を出るつもりだったんだ。ついでだよ、ついで」
「ふふふ」
ルーファスがつと目を上げてユーゴを見た。ゆたかな金のまつげから碧のひとみにのぞかれて、ユーゴは魔法をかけられたように息を詰めてしまう。
「かわいいひとですねえ」
「うるせー! 野郎に言われたってうれしくもなんともねえっつの!」
ユーゴがぺいっと枝を投げると、いよいよおかしそうにルーファスが声を上げて笑った。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる