きみと明日の約束をしないで

おく

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#1 きれいなものは嫌いじゃない

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 ルーファス。ということは男なんだなとユーゴは思う。しまった、横抱きのままだ。追手をあらかたまいて建物のかげに落ち着いたところで、ユーゴはルーファスをおろす。
「どこのぼっちゃんか知らないが、ちゃんとこの時間を狙ったのはやる気があっていい。きっと門は夜の間に閉じられちまうだろうから、その前に脱出しないとな」
 耳を澄ましてうかがうに、追手はじょじょに数を増やしているようだ。が、こちとら迷い猫や迷い子の捜索をさんざんこなしているのだ。街を知り尽くしている自警団の連中はたしかに手ごわいけれど、抜け方はいくらでもある。
 ただ、懸念があるとすれば。
 ユーゴは背後のルーファスを呼んだ。

「知ってるか、貴族階級の家出だとか駆け落ちの幇助は、重罪なんだ。この状況だと十中八九おれがあんたをさらったってことになってるだろうけど」
「おや、自信がないんですか」

 ルーファスがフードの下でおおげざに驚いて見せる。おそらく行き当たりばったりでユーゴを頼ったはずだから、不安になって煽っているのだ。ユーゴは舌打ちして返す。
「万が一だよ、万が一! 小玉リンゴ一個で貴種誘拐からの死罪とか笑えねーだろ」
「そうですね、私もまさかリンゴひとつでうけおってもらえるとは思っていませんでした。あなた、ずいぶん安――良心的な傭兵ですね。だまされたりしてませんか」
 ユーゴは犬歯を剥いて振り向いた。

「おい、いまおれのこと安い傭兵って言いかけただろ。くそ、先払いっつっただろ、自分で。あんまり人を馬鹿にするとつきだすぞ!」
「いいですよ、そうしたら私はあなたにたぶらかされて誘拐されるところだったとうったえますから。ついでに貞操を奪われ、売り飛ばされるところだったとでも言っておきましょうか」
「おれは男とどうこうなるシュミはねーよ!  冗談じゃねーっつの!」

 返しながらいまいましい記憶を思い出してしまい、ユーゴは鳥肌をはらうように腕をさする。
(きりかえろ、おれ!)
 小玉リンゴひとつとはいえ、仕事は仕事。一度うけおったら最後までつきあうのが傭兵としてのユーゴのルールだ。王都の外までの地図といくつかのルートを組み立て、ユーゴはルーファスを誘導する。
 塀をよじのぼり、泥のぬかるむ古い水路を頭を低くしてくぐり、やっと足が載るくらいの細い通路をわたって到着したのは、あかりの消えた民家だった。

「ユーゴ!」

 コツコツと窓をノックして数度。まもなく中から子どもと猫が顔をだす。ルーファスがおどろいたようにユーゴの袖をひいたが、ユーゴはジェスチャーで黙らせた。まさか本当につきだそうと思っているわけじゃない。
 好奇心にひとみをきらめかせながら、子どもがユーゴに問うた。
「今日はなんの仕事? 剣は使わないの?」
「護衛だからまだ使ってねーよ」
「ふうん。また見たいなあ、ユーゴの剣」
「剣?」
 ルーファスが何かを探すようにユーゴを見る。わくわくとした面持ちでルーファスのわけありげなフードを見上げながら、子どもが両手をいっぱいに広げた。

「すごいんだよ、ユーゴの剣。こんなにおおきくて、かっこいいんだ!」
「…どこか別の場所に?」
「傭兵が商売道具あずけてたら仕事になんねーだろ。てかあんた、それでよくおれに声かけたな」

 言って、ユーゴは子どもに用件を告げた。追手の増えたこの区画で彼らをまくのは難しいので、この家を通ってひとつ下の区画へ降りようというわけだ。いわゆるショートカットである。山をけずってつくられた王都には、しばしばこういう家が存在するのだ。
 いいよ、と子どもが快諾した。
「パパもママも、区画長さんちに出かけてるんだ。決起会だって言ってたよ」
 猫が甘えるように体をルーファスの足首にすりつける。ピンク色の首紐をつけたキジトラの猫だ。とまどうようにそれを見ながら、決起会? とルーファスが首をかしげた。
 ユーゴは説明してやる。

「区画ごとで屋台を出すんだよ。屋台でも企画でもいいんだけど、一番売り上げがよかった区画に報奨金がでるわけ。その方が盛り上がるだろ」
「ああ、それで」

 ルーファスが猫を抱き上げた。おっかなびっくりなでるのへ、子どもが言う。
「迷子になってたのを、ユーゴが見つけてくれたんだよ。鳥皮一本で」
「鳥皮うまいよなー」
 ルーファスのもの言いたげな目は気になるが無視だ。礼を言い、二人は子どもの家を出る。

「いいのですか」

 追跡者のあわただしく駆けていく橋の下で身をひそめながら、まもなく、ルーファスが言った。なにが、とユーゴは返す。
「ちゃんと許可とったんだから不法侵入にはならねーだろ。それにあいつはおれのダチで、顧客だ」
「あんな子どもが?」
「あんまナメてんじゃねーぞ、子どもってのは大人が思うより賢いんだ。いざとなったらとぼけるなり正直に吐くなりするよ」
 橋を抜けたら今度は別の家だ。次に酒屋。娼館、民家、水車小屋を経、イカダにのりかえた。地下水道は王都の南北を通っていて、平野から海に続く河に合流している。朝になって追手がこちらの逃走ルートに気づくころには、ルーファスは王都から遠く離れた地、というわけだ。

「すごい」

 ぐんぐん小さくなっていく王都のあかりをふりかえって、ルーファスが感嘆の言葉をもらす。
「こんなに簡単に出られるなんて」
「あんた、王都から出たことねーの?」
「ないですね。…出られるはずもない」
 きれいだ、とルーファスが言った。フードの縁にかけられた指が鬱屈を払うようにそれを脱ぎ落し、きらきらとそこから光がこぼれ落ちる。こまかく砕いた金の風に流れていくようなさまにユーゴはぎょっとしたが、ルーファスの髪なのだとまもなく気づいた。
 光で織ったような金の髪。それがユーゴの目の前、あかりのない夜闇の中でちらちらと宙に舞う。
 今が昼間じゃなくてよかったと心底思った。かたちのいい額と白い肌に、がらにもなく目を奪われてしまう。人間は神の姿をうつしてつくられたそうだが、ユーゴがもしも画家だったなら、今すぐに絵筆をとって彼の横顔を写さなければならないような天啓に駆られたに違いなかった。

「あんた、きれいだな」

 宝石のような碧色のひとみにため息をつく。心から思った素直な言葉だった。
「よく言われます」
 ありがとう。きょとんとしてユーゴを見たのち、ルーファスがうつくしく笑んだ。



       *



 平野にでればいくらか流れはゆるやかになるが、まさかイカダで海までいくわけにはいかない。途中でイカダを降り、足がつかないようイカダを解体する。
 雪を浅くかぶった山裾から、ちょうど日が昇りだしたころだった。ぐい、と大きく腕を伸ばしながら、ユーゴはあくびをする。

「夜通しで疲れただろ。ここらで休憩入れよう」
「今はどのあたりなのですか?」
「そうだなあ、」

 うなじをかいて、ユーゴは枝をひろった。がりがりと地面におおまかな地図を描きながら説明する。
「ここが王都。いま降ってきた河がこれ。海に出るまで二回分岐があるんだけど、一個目のまえでおりてるから、まあたぶんこのへんだろっていう目測だな」
「なるほど」
「で、その一個目のあたりにヴァッテンっていうけっこう大きな街があるんだよ。いわゆる商業都市っつーのかな。王都よりいろんな店が出るから面白いと思うぜ」
「ヴァッテン。水運で発展した街ですね。もともとは山から切り崩した木材を一時的に保管しておく場所だったと聞いています。内陸からそのまま外へ出られるとか」
「そうそう。やっぱお貴族さまは教養があるんだな。異存なしなら目的地はそこでいいか? 情報も人も集まる場所だから、あんたには都合がいいと思う。外へ逃げるにしても何かを探すにも」
「そこまでが“リンゴ一つ分”、というわけですか。いやはや、傭兵というのは損な商売ですね」
 ルーファスがくすくすと笑った。貴族の女のような笑い方をするなと思いつつ、ユーゴは図星をさされて真っ赤になる。

「うるせーな。危ない目に遭ったとかもなかったし、おれだって王都を出るつもりだったんだ。ついでだよ、ついで」
「ふふふ」

 ルーファスがつと目を上げてユーゴを見た。ゆたかな金のまつげから碧のひとみにのぞかれて、ユーゴは魔法をかけられたように息を詰めてしまう。
「かわいいひとですねえ」
「うるせー! 野郎に言われたってうれしくもなんともねえっつの!」
 ユーゴがぺいっと枝を投げると、いよいよおかしそうにルーファスが声を上げて笑った。
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