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#10 きらきら王子
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「うわっ!」
がくん、と落ちるような感覚とともにユーゴは飛び起きる。天井の低い古民家。
窓に落とされたすだれが風に揺れる。夜だ。月明かりを頼りに情報を探すと、違い棚とそのうえに褪せた鴉の置物を見つけた。隣に誰かが寝ている。誰だ。混濁する記憶を整理するユーゴの隣、ルーファスが身を起こした。
「ユーゴ?」
さらりと揺れた金色の髪が少年の面をあらわす。澄んだ碧色のひとみと合った刹那、ざわついていたユーゴの内面が途端にしずまった。こわばっていた全身が、肩から弛緩していく。
ルーファスが問うた。
「怖い夢を見たのですか?」
「…どうだったかな」
何かとても大事な、忘れてはならないことだったような気がするが、遠くへ行ってしまって、おぼろげにも思い出すことができない。そういえば最近にも何か不思議な夢を見たような気がするなとユーゴは眉間を指で揉む。己を強く責めるようなかなしげな声の余韻しか残っていないけれど。
すだれが揺れる。
昼間に比べると一気に気温が落ちるので寒いといえば寒いのだが、まだヤンガルドの一般家庭にカラスの姿が当たり前にあった頃、カラスたちはこの窓から自由に出入りしていた。現在では古い家にしか残っていない、人間とカラスの友情の”遺構”。
「…ユーゴ」
ルーファスがダンスに誘うように片手をユーゴへ伸ばした。
「今となっては恥ずかしい話ですが、私、眠ることが怖かったときがあるのです。怖い夢を見るからと泣いて、お母さまをひどく困らせたことがありました。そのとき、お母さまがこうして、」
言いながら、ユーゴの手をとる。
ざらりとした肌は短剣を握っているうちに皮膚がかたくなったためだ。滑りやすく歩きづらい山道は何度もルーファスを転ばせたし、そのさい爪が割れたり土が入ったりして黒くなってしまった。上等の絹のようだった髪も傷んでぼさぼさだし、顔も腕も足も枝や小石で出来たひっかき傷ばかりだ。
よくもこれで話を信じてもらえたものだなと今更ながらユーゴは思う。
「お母さまが、おっしゃったのです。悪夢はひとの、誰かを想う気持ちに弱いのだと」
握ったままのユーゴの指へ騎士のするように唇を落として、ルーファスが言った。ぼろぼろの姿かたちのなかでなお失われぬ高貴なかがやきは彼の内面からくるものだ。
(どうすんだ、これ)
“目は口ほどにものを言う”とはよく言ったものだと思った。鈍い鈍いと平素言われがちなユーゴだってさすがに気づく。ユーゴに笑むルーファスの、熱情と期待に潤むひとみ。俗に恋と呼ばれる病の初期症状である。
(名前呼んだだけでうれしい、とか言うんだもんなー)
エドモントの牧場でも山の中でも呼んでいるはずなのだが、あんなふうに宝物をもらったみたいな顔で喜ばれたらこっちが照れくさくなってしまう。こそばゆく思うと同時、ユーゴは遅れて思い至った。
(てか、そうだよな。いくらつらそうだからって、普通、しねーよな…)
少なくともユーゴなら、ただの護衛や連れに対して、抜いたり抱いたりなんてしない。同性としてそのつらさを察したり同情することはあっても、そこまでだ。目の当たりにしたものが生々しければ生々しいほど、敬遠こそすれ、手を貸すなんて絶対するはずがなかった。
一般的にルーファスの年の頃は多感さゆえに身近な存在に恋心を抱きやすいというが、いったいいつから。なぜ。
「おやすみなさい、ユーゴ」
虫や鳥の声に混じってカラスが鳴く。生返事をしながら、ユーゴは握られたままの手へと視線を落とした。あたたかいなと思う。
「大丈夫。今度怖い夢を見ても、私があなたを守ります」
「…ん」
どうしよう。
流れるような所作で髪にキスまでされ、ユーゴは内心頭を抱えた。
“怖い夢”は見なかった。
*
村を出て王都へ向かう。村人によると、王都では今、兵士を募集しているそうだ。特に蝗害軍に志願すると「青の位」が与えられるということで、村からもいくらか若者が王都へ向かったという。ちなみに「青の位」というのは国王軍内の階級のことで、上から将軍クラスの白、副将軍クラスの黒、部隊長クラスの青、一般兵の赤という順になっている。
普通は無階級から始まるので、まさに破格の高待遇といえる。青の位は王城のある「奥の宮」に居を構えることが許されるからだ。
返せば、それだけのステータスをちらつかせないと人が集まらないということになるわけだが、根本は人間をも食う虫ではない。なぜならヤンガルドの人々はずっと昔からそのおぞましい敵と勇敢に戦ってきた歴史を持つのだから。
彼らが忌避するものは別にある。
「カア!」
道の先でカラスが鳴いた。てんてんと地面を跳ねて、竹藪のなかに入っていく。グルル、と喉奥でうなりそうになるのをこらえ、ユーゴは目をカラスからルーファスに戻した。
「そういえば、どうやってオルト王子のこと調べるつもりなんだ? 表向きには死んでるわけだから、たぶん城の中までいかなきゃわかんねーよな?」
「むろん」
ルーファスがうなずいた。
「しかし、方法が難しいですね。もしもオルト王子が生きている場合、私がそうだったように厳重に存在を隠されているはずですから、信の厚い、ごく一部の者にしか世話を任されていないと考えるべきでしょう」
「だろうなー」
いるかいないかわからないとはいえ、国の守り神をあざむくのだ。潜入まではできても、少しばかり信用を得たくらいでは気配すらつかめまい。
「じゃあ、王都に着いてから詰めよう。おれたちが今持ってるのは徒歩六日以上離れたエドモントの牧場と、王都からやっぱり徒歩六日以上離れた山奥の村で聞かされた情報なんだし」
ルーファスが賛成し、その夜は川のそばで野宿をした。はじめは戸惑っていたルーファスも今はすっかり慣れ、ユーゴが指示しなくても準備ができるようになっている。ユーゴにとって喜ばしいのはルーファスの食事量が増えてきたことだ。ヴァッテンでも牧場でも自身の体型を思い悩む少女程の量しか食べなかったので、ユーゴは最初、彼が病気なのかと疑ったほどだった。
(子ども好きなヤンガルドの守護下に生まれた女が多産であるように、火と力をつかさどるエドモントの男は総じて体格に恵まれる傾向にある)
肌を白く保つために部屋にこもっても、筋力をつけないために極力動かないようにしても、摂取したエネルギーと栄養は“リュカ”を“ルーファス”につくりかえてしまう。誰に命じられたわけでもない、彼は自然とそれをおこなっていたのだった。
「おいしいですね!」
笹の葉で蒸した肉団子を食べながら、ルーファスが満面の笑みを見せる。ナイフやフォークがなくても、彼は実にきれいに食事をする。好評だったのは村でわけてもらった米を竹で炊いたもので、余った分朝食用に塩で握り飯にした。空いた竹筒は洗って蓋をし、水筒にする。
「王都に着いたら何が食べたいですか」
翌朝、片づけをしながらルーファスが言った。質問の意図をつかみかねてユーゴがたずねると、「あまり食べていないから」と言う。どうやら、ユーゴがルーファスに遠慮して食事量を減らしていると思っているらしい。
見当違いも甚だしいところだが、たしかに、先の村ではゆうに五人分はあったごちそうをぺろりと平らげてしまったのに対し、野宿ではルーファスとほぼ同じ量しか食べない。彼の指摘はもっともだった。
(城だと、まわりは“リュカ”に遠慮して小食だったんだっけ)
王子を姫と偽る罪悪感からか、一生懸命に“姫”でいようとするけなげな王子への同情からか。国王も妃も召使も、“リュカ”の前では皆質素な食事しかしなかったという。そのあと別の場所で補っていたようなのだが。
ユーゴは否定した。
「食おうと思えば食えるけど、さすがに状況で調整するよ。こんな仕事してたら、いつでも腹いっぱい食えるわけじゃねーし」
それもあるが、一番の理由は以前より腹が減らないからだ。否、減ってはいるのだが、ごく標準的というか、一時期あったような体の奥底から渇望するような危急的飢えはない。あのむせかえるようなリンゴのにおいも。
ユーゴは続けた。
「もちろん、食えるなら食いたいけど、たぶん無理だと思うぜ。あんたの武器買うから」
片付けのあと、さっそく出発した。なぜと問われ、ユーゴは説明する。
「そりゃ、いいもん買おうと思ったら相応に金かかるからだろ。適当にぼったくろうとしてる素人もたまにいるけど、そのへんも込みで買う方の腕次第っていうか。だいたいそういう店は何人かに話聞けば見抜けるけど、命を預けるものなんだから、所持金全額手放す気でとりかからねーと」
「…そういうものですか?」
「そういうもんなの」
ふふ、とルーファスが笑った。服の切れ端で作ったグローブ代わりの布を手のひらに巻いて、おもむろに短剣を出す。
「楽しみです」
そう言って、ユーゴに稽古を求めた。
*
野外での眠り方を覚えようとも、同じ「体を休める」なら屋根と寝具のある場所の方がいいとユーゴは思っている。情報も手に入るし、何より、村に宿を求めればご当地グルメにありつける。
だが、王都へ近づくにつれてユーゴたちを受けいれてくれる村は目に見えて減っていった。めずらしく歓迎されたかと思えば金や荷物目的で寝込みを襲われたり、物陰から物盗りに遭うことも増えてきた。
(予想はしてたけど、…ひどいもんだな)
見晴らしのよい岩山に陣取って、ユーゴは大きくあくびをする。おかげですっかり寝不足だ。
「あれが王都ですね」
地図を広げるユーゴの隣から顔をだしてルーファスが前方に指をさす。坂下からやや西寄り、川の流れと反するように蛇行する道をたどっていくと、その終着に盤上の目のように建物が並んでいる場所がある。王都背面、北から東にかけては平原と、北の山脈を水源とする河。かすんで見えるのは平原から飛んでくる砂のためだ。
ユーゴは地図に目を落とす。傭兵や商人など有志が目測で作成した民間地図で、正確さにはやや欠けるものの、正規品よりも安価でわかりやすいという特長がある。何より、情報の更新が早い。
「土地を失った人たちが南や西の王都に流れてるって言ってたもんな」
川の流れへ沿うようにして並ぶ、最新版の地図にもないテントの正体はそれだ。ユーゴたちが立ち寄ったのは地図に載っている村だったが、すべてが柵で囲ったり傭兵を雇うなどして対策していた。先住の者たちと難民との食料の奪い合いが起きているのだ。
「…遠回りしていった方がよさそうだな」
川岸にいくつか不穏な気配を見つけ、ユーゴはひとりごちる。爆竹の音。周辺の男たちが手に手に武器を持ち、あっという間に乱闘騒ぎになる。ルーファスが隣で息をつめたが、まもなく兵士らしい数名がそれをおさめた。
駐在が派遣されているということは、何度か小競り合いが起きているということだ。ユーゴはルーファスをうながす。
「役人がなんとかできるうちは大丈夫だろ」
「……」
ルーファスがうなずいた。岩肌にこびりついている糞に触らないようにルーファスを手伝ってやりながら、ユーゴは空を仰ぐ。黒い雲のような群をつくって、なぜかハトが王都の方、東へむかって飛んでいくのだった。目で追い、ユーゴはそのはるか前方、北東の方向がにわかに暗くなっていることに気づく。
(なんだ…?)
再び岩山へ登ろうと身を乗り出したときだった。ばふっと、頭に何かがとびついた。
「くるっくー!」
ぎょっとしたユーゴの頭上、「それ」が合図するように鳴く。
「今だ、突撃いいいっ!」
「は!?」
周辺の岩陰から、木のかげから、めいめいに武器を持っていっせいに突進してきたのは子どもたちだった。体つきや顔つきから、おそらく十歳前後から十代半ば。いずれも慣れているのか、手際がいい。まずはルーファスがとらえられ、続いてユーゴも虜囚となる。
二人は彼らのアジトへと連行された。
がくん、と落ちるような感覚とともにユーゴは飛び起きる。天井の低い古民家。
窓に落とされたすだれが風に揺れる。夜だ。月明かりを頼りに情報を探すと、違い棚とそのうえに褪せた鴉の置物を見つけた。隣に誰かが寝ている。誰だ。混濁する記憶を整理するユーゴの隣、ルーファスが身を起こした。
「ユーゴ?」
さらりと揺れた金色の髪が少年の面をあらわす。澄んだ碧色のひとみと合った刹那、ざわついていたユーゴの内面が途端にしずまった。こわばっていた全身が、肩から弛緩していく。
ルーファスが問うた。
「怖い夢を見たのですか?」
「…どうだったかな」
何かとても大事な、忘れてはならないことだったような気がするが、遠くへ行ってしまって、おぼろげにも思い出すことができない。そういえば最近にも何か不思議な夢を見たような気がするなとユーゴは眉間を指で揉む。己を強く責めるようなかなしげな声の余韻しか残っていないけれど。
すだれが揺れる。
昼間に比べると一気に気温が落ちるので寒いといえば寒いのだが、まだヤンガルドの一般家庭にカラスの姿が当たり前にあった頃、カラスたちはこの窓から自由に出入りしていた。現在では古い家にしか残っていない、人間とカラスの友情の”遺構”。
「…ユーゴ」
ルーファスがダンスに誘うように片手をユーゴへ伸ばした。
「今となっては恥ずかしい話ですが、私、眠ることが怖かったときがあるのです。怖い夢を見るからと泣いて、お母さまをひどく困らせたことがありました。そのとき、お母さまがこうして、」
言いながら、ユーゴの手をとる。
ざらりとした肌は短剣を握っているうちに皮膚がかたくなったためだ。滑りやすく歩きづらい山道は何度もルーファスを転ばせたし、そのさい爪が割れたり土が入ったりして黒くなってしまった。上等の絹のようだった髪も傷んでぼさぼさだし、顔も腕も足も枝や小石で出来たひっかき傷ばかりだ。
よくもこれで話を信じてもらえたものだなと今更ながらユーゴは思う。
「お母さまが、おっしゃったのです。悪夢はひとの、誰かを想う気持ちに弱いのだと」
握ったままのユーゴの指へ騎士のするように唇を落として、ルーファスが言った。ぼろぼろの姿かたちのなかでなお失われぬ高貴なかがやきは彼の内面からくるものだ。
(どうすんだ、これ)
“目は口ほどにものを言う”とはよく言ったものだと思った。鈍い鈍いと平素言われがちなユーゴだってさすがに気づく。ユーゴに笑むルーファスの、熱情と期待に潤むひとみ。俗に恋と呼ばれる病の初期症状である。
(名前呼んだだけでうれしい、とか言うんだもんなー)
エドモントの牧場でも山の中でも呼んでいるはずなのだが、あんなふうに宝物をもらったみたいな顔で喜ばれたらこっちが照れくさくなってしまう。こそばゆく思うと同時、ユーゴは遅れて思い至った。
(てか、そうだよな。いくらつらそうだからって、普通、しねーよな…)
少なくともユーゴなら、ただの護衛や連れに対して、抜いたり抱いたりなんてしない。同性としてそのつらさを察したり同情することはあっても、そこまでだ。目の当たりにしたものが生々しければ生々しいほど、敬遠こそすれ、手を貸すなんて絶対するはずがなかった。
一般的にルーファスの年の頃は多感さゆえに身近な存在に恋心を抱きやすいというが、いったいいつから。なぜ。
「おやすみなさい、ユーゴ」
虫や鳥の声に混じってカラスが鳴く。生返事をしながら、ユーゴは握られたままの手へと視線を落とした。あたたかいなと思う。
「大丈夫。今度怖い夢を見ても、私があなたを守ります」
「…ん」
どうしよう。
流れるような所作で髪にキスまでされ、ユーゴは内心頭を抱えた。
“怖い夢”は見なかった。
*
村を出て王都へ向かう。村人によると、王都では今、兵士を募集しているそうだ。特に蝗害軍に志願すると「青の位」が与えられるということで、村からもいくらか若者が王都へ向かったという。ちなみに「青の位」というのは国王軍内の階級のことで、上から将軍クラスの白、副将軍クラスの黒、部隊長クラスの青、一般兵の赤という順になっている。
普通は無階級から始まるので、まさに破格の高待遇といえる。青の位は王城のある「奥の宮」に居を構えることが許されるからだ。
返せば、それだけのステータスをちらつかせないと人が集まらないということになるわけだが、根本は人間をも食う虫ではない。なぜならヤンガルドの人々はずっと昔からそのおぞましい敵と勇敢に戦ってきた歴史を持つのだから。
彼らが忌避するものは別にある。
「カア!」
道の先でカラスが鳴いた。てんてんと地面を跳ねて、竹藪のなかに入っていく。グルル、と喉奥でうなりそうになるのをこらえ、ユーゴは目をカラスからルーファスに戻した。
「そういえば、どうやってオルト王子のこと調べるつもりなんだ? 表向きには死んでるわけだから、たぶん城の中までいかなきゃわかんねーよな?」
「むろん」
ルーファスがうなずいた。
「しかし、方法が難しいですね。もしもオルト王子が生きている場合、私がそうだったように厳重に存在を隠されているはずですから、信の厚い、ごく一部の者にしか世話を任されていないと考えるべきでしょう」
「だろうなー」
いるかいないかわからないとはいえ、国の守り神をあざむくのだ。潜入まではできても、少しばかり信用を得たくらいでは気配すらつかめまい。
「じゃあ、王都に着いてから詰めよう。おれたちが今持ってるのは徒歩六日以上離れたエドモントの牧場と、王都からやっぱり徒歩六日以上離れた山奥の村で聞かされた情報なんだし」
ルーファスが賛成し、その夜は川のそばで野宿をした。はじめは戸惑っていたルーファスも今はすっかり慣れ、ユーゴが指示しなくても準備ができるようになっている。ユーゴにとって喜ばしいのはルーファスの食事量が増えてきたことだ。ヴァッテンでも牧場でも自身の体型を思い悩む少女程の量しか食べなかったので、ユーゴは最初、彼が病気なのかと疑ったほどだった。
(子ども好きなヤンガルドの守護下に生まれた女が多産であるように、火と力をつかさどるエドモントの男は総じて体格に恵まれる傾向にある)
肌を白く保つために部屋にこもっても、筋力をつけないために極力動かないようにしても、摂取したエネルギーと栄養は“リュカ”を“ルーファス”につくりかえてしまう。誰に命じられたわけでもない、彼は自然とそれをおこなっていたのだった。
「おいしいですね!」
笹の葉で蒸した肉団子を食べながら、ルーファスが満面の笑みを見せる。ナイフやフォークがなくても、彼は実にきれいに食事をする。好評だったのは村でわけてもらった米を竹で炊いたもので、余った分朝食用に塩で握り飯にした。空いた竹筒は洗って蓋をし、水筒にする。
「王都に着いたら何が食べたいですか」
翌朝、片づけをしながらルーファスが言った。質問の意図をつかみかねてユーゴがたずねると、「あまり食べていないから」と言う。どうやら、ユーゴがルーファスに遠慮して食事量を減らしていると思っているらしい。
見当違いも甚だしいところだが、たしかに、先の村ではゆうに五人分はあったごちそうをぺろりと平らげてしまったのに対し、野宿ではルーファスとほぼ同じ量しか食べない。彼の指摘はもっともだった。
(城だと、まわりは“リュカ”に遠慮して小食だったんだっけ)
王子を姫と偽る罪悪感からか、一生懸命に“姫”でいようとするけなげな王子への同情からか。国王も妃も召使も、“リュカ”の前では皆質素な食事しかしなかったという。そのあと別の場所で補っていたようなのだが。
ユーゴは否定した。
「食おうと思えば食えるけど、さすがに状況で調整するよ。こんな仕事してたら、いつでも腹いっぱい食えるわけじゃねーし」
それもあるが、一番の理由は以前より腹が減らないからだ。否、減ってはいるのだが、ごく標準的というか、一時期あったような体の奥底から渇望するような危急的飢えはない。あのむせかえるようなリンゴのにおいも。
ユーゴは続けた。
「もちろん、食えるなら食いたいけど、たぶん無理だと思うぜ。あんたの武器買うから」
片付けのあと、さっそく出発した。なぜと問われ、ユーゴは説明する。
「そりゃ、いいもん買おうと思ったら相応に金かかるからだろ。適当にぼったくろうとしてる素人もたまにいるけど、そのへんも込みで買う方の腕次第っていうか。だいたいそういう店は何人かに話聞けば見抜けるけど、命を預けるものなんだから、所持金全額手放す気でとりかからねーと」
「…そういうものですか?」
「そういうもんなの」
ふふ、とルーファスが笑った。服の切れ端で作ったグローブ代わりの布を手のひらに巻いて、おもむろに短剣を出す。
「楽しみです」
そう言って、ユーゴに稽古を求めた。
*
野外での眠り方を覚えようとも、同じ「体を休める」なら屋根と寝具のある場所の方がいいとユーゴは思っている。情報も手に入るし、何より、村に宿を求めればご当地グルメにありつける。
だが、王都へ近づくにつれてユーゴたちを受けいれてくれる村は目に見えて減っていった。めずらしく歓迎されたかと思えば金や荷物目的で寝込みを襲われたり、物陰から物盗りに遭うことも増えてきた。
(予想はしてたけど、…ひどいもんだな)
見晴らしのよい岩山に陣取って、ユーゴは大きくあくびをする。おかげですっかり寝不足だ。
「あれが王都ですね」
地図を広げるユーゴの隣から顔をだしてルーファスが前方に指をさす。坂下からやや西寄り、川の流れと反するように蛇行する道をたどっていくと、その終着に盤上の目のように建物が並んでいる場所がある。王都背面、北から東にかけては平原と、北の山脈を水源とする河。かすんで見えるのは平原から飛んでくる砂のためだ。
ユーゴは地図に目を落とす。傭兵や商人など有志が目測で作成した民間地図で、正確さにはやや欠けるものの、正規品よりも安価でわかりやすいという特長がある。何より、情報の更新が早い。
「土地を失った人たちが南や西の王都に流れてるって言ってたもんな」
川の流れへ沿うようにして並ぶ、最新版の地図にもないテントの正体はそれだ。ユーゴたちが立ち寄ったのは地図に載っている村だったが、すべてが柵で囲ったり傭兵を雇うなどして対策していた。先住の者たちと難民との食料の奪い合いが起きているのだ。
「…遠回りしていった方がよさそうだな」
川岸にいくつか不穏な気配を見つけ、ユーゴはひとりごちる。爆竹の音。周辺の男たちが手に手に武器を持ち、あっという間に乱闘騒ぎになる。ルーファスが隣で息をつめたが、まもなく兵士らしい数名がそれをおさめた。
駐在が派遣されているということは、何度か小競り合いが起きているということだ。ユーゴはルーファスをうながす。
「役人がなんとかできるうちは大丈夫だろ」
「……」
ルーファスがうなずいた。岩肌にこびりついている糞に触らないようにルーファスを手伝ってやりながら、ユーゴは空を仰ぐ。黒い雲のような群をつくって、なぜかハトが王都の方、東へむかって飛んでいくのだった。目で追い、ユーゴはそのはるか前方、北東の方向がにわかに暗くなっていることに気づく。
(なんだ…?)
再び岩山へ登ろうと身を乗り出したときだった。ばふっと、頭に何かがとびついた。
「くるっくー!」
ぎょっとしたユーゴの頭上、「それ」が合図するように鳴く。
「今だ、突撃いいいっ!」
「は!?」
周辺の岩陰から、木のかげから、めいめいに武器を持っていっせいに突進してきたのは子どもたちだった。体つきや顔つきから、おそらく十歳前後から十代半ば。いずれも慣れているのか、手際がいい。まずはルーファスがとらえられ、続いてユーゴも虜囚となる。
二人は彼らのアジトへと連行された。
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