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#17 悪友の置き土産
しおりを挟む王都壊滅前に放たれたと思われる使者によってエドモントからは翌日、ミュッセンからは十日ほどあとに南町に救援物資が到着した。南町に拠点が置かれたのは、魔物が依然勢力を保っていることと魔物の死体が排出する毒素が船を王都方面へ近づけさせないためだ。その後の調査で王都に生存者が確認できなかったことが報告されると、ひとびとは生存しているヤンガルド国民はもとの半分もないのではないかと噂した。
王都がドハラによって滅ぼされてから半月。ユーゴたちは南町に移動し、魔物退治のため有志によって結成された私設隊に加わった。
(変なんだよな)
ざくざくと作業的に魔物を斬っていきながら、ユーゴは考える。ドハラの負の心から生じたはずの魔物が、なぜドハラの消滅後も残存しているのか。
(さすがに前ほど圧力は感じねーけど)
そういえば牧場でスイファンを斬ったときも同じだったなとユーゴは思いだす。てっきり竜を倒せば魔物たちも一緒に消えるかと思いきや、全部手動で倒していったのだ。
(スイファンがいなくなったあとは増えなかったな)
ふと、笑った。
まるで他人事だ。
(だって“四祖”だったんだろ、一緒に地上に降りてきて、長い時間を過ごしたんだろ。おれが本当に“エドモント”なら、もっとこう、なんかあるだろ)
以前“黒い竜の魔物”を倒したとき、あるいはドハラが魔物となって洞窟を飛び出したときには強い感情がユーゴを支配したが、いざドハラを手にかけてもただただ心の中は静かで、何も聞こえてこなかった。ルーファスの求めていたエドモントは自分の中にいたのだなあという感慨と、四祖が本当に存在していたこと、あとはドハラと共有したいくつかの記憶が起こっては消えてゆくだけだった。
(薄情なやつだな、おれは)
ぶん、と槍を振り回す。穂先から火炎が駆けだして、視界180度内の魔物が焼失した。南町の武器屋で入手したごく一般的な槍なのだが、“エドモント”の力の片鱗だ。
(でも、そんなもんだろ、普通は。あなたが四祖エドモントの転生体でしたって言われて、体験して、ハアソーデスカってなるか?)
地面を蹴る。ルーファスの背後に回り込んだカラスの隊列が彼をめがけて急降下していくところだった。ルーファスの周囲には有志隊の青年たちがいるが、彼らはそれぞれ目の前の魔物を相手にするので精一杯で、危機に気づく者はあっても動くことができない。
「アーガンジュ!」
「!」
ルーファスの手元、アーガンジュがユーゴの声に反応した。剣から噴き出した炎がルーファスのすぐ背後まで迫っていたそれへ大口を開けて襲いかかる。火竜の餌を食い散らかすようなさまに、ルーファスと青年たちの動きが止まった。
「ぼーっとしてんなよ!」
ルーファスをアーガンジュにまかせ、ユーゴはぼうぜんとしている青年たちを援護してやる。目標地域までの掃討が終わったところで、ユーゴたちは拠点である南町へ帰還した。
*
ルーファスが部屋に戻ってきたのは夜も更けたころだった。明かりを落とした室内、眠ったふりをしながら、ユーゴはルーファスがベッドに倒れこむ音とすぐに開始した寝息を聞く。
南町に到着してからの、ルーファスの日課だ。昼間の魔物退治から戻って夕食を終えると、彼はきまって一人でどこかへ出かけてしまう。アーガンジュを持たせてあるとはいえ心配になったユーゴが後をつけてみたところ、彼はひと気のない場所を見つけて、アーガンジュを素振りしていた。
(…なんのために?)
不思議なのはあのアーガンジュが黙って大剣のふりをしていることだ。自分の認めた者以外に触れることも許さないほど気性の激しいあの魔剣が。一振りすれば火焔を噴くという自らの特性をおさえこんでまで、ルーファスの筋トレにつきあってやっているらしい。
(ずいぶんかわいがってんなー)
ヤンガルドの王城において、ルーファスはアーガンジュを手にして戦ったという話を聞いている。曰く、アーガンジュが力を貸してくれたのだそうだ。ユーゴ自身も願っていたことだったので深くアーガンジュに感謝したのだが、驚いたのはそのあとも彼がルーファスの手にあることを望んだことだ。
(ルーファスが持ちやすいように質量を変えてやってるってだけでもびっくりしたのに)
ためしにアーガンジュ本人にたずねてみると、彼はユーゴを火属の祖と呼び、顔がいいから、とだけ返した。
(めんくいかよ)
聞かなきゃよかったなと思ったが、振り返ってみればユーゴだって人のことを言えない。一緒にいるうちに慣れたが、最初の頃はあんまり彼が綺麗なので見とれてばかりいたのだ。
天井を仰向きながらユーゴは息をつく。
(時間ができると余計なことも考えるし、体力使いきってさっさと寝ちまった方がいい)
そう思うのは、ユーゴ自身が困っているせいかもしれない。体が、というよりも尻穴が空腹をうったえはじめたのである。
(これだけ毎日動き回ってればな……)
ドハラの話から推察するに、もともと四祖はなんらかの方法で“贄”である王子たちからエネルギー補給をしていた。だが、エドモントだけは、ヤンガルドの転生体と交わって以降、精を得る以外での補給が不可能になってしまった。だからルーファスとセックスをすると飢えが満たされる。理屈は理解した。
ユーゴを悩ませているのは、その行為が飢えを満たす以上にとんでもない快楽をともなうことだった。というのも、ユーゴはルーファスと交わるまでそちら方面はまったく未開拓だったのである。童貞だったし処女だった。それが突然尻で欲情し、あまつさえ尻での快楽を知ってしまった。
うまいものを知ればまた食べたくなるのが人情だ。心が拒んでも、それがどれだけ気持ちがよかったかと思いだせば、あらがいがたくなる。
自慰が代用にならないことはすでに体験している。単なる性欲の解消ではなく、目的が“補給”だからだ。
ユーゴはベッドから起きだして、伏せたまま死んだように眠っているルーファスを仰向けにしてやった。体が冷えないように上掛けをかけてやり、それから指で髪をすく。
以前ならユーゴを苦しめていたあの甘ったるいリンゴのにおいはない。余計なことをしやがってとユーゴは思う。
当時は忌々しいことこの上なかったが、今から思えばあの強制的な発情はユーゴにとって逃げ道でもあった。発情は自分のせいじゃなくて匂いのせいだ、と自分の中に理由をつくることができたからである。だからルーファスとも「雇用主」と「傭兵」という距離感を保つことができた。
けれど、四祖エドモントとして自覚したからなのだろうか、同じように空腹を感じていてもユーゴの制御下にあるのがわかる。ヤンガルドが無理をおこなったのもここに起因しているに違いなかった。
(恨むぜ、ドハラ)
ユーゴは頭を抱える。
一度教えられた快楽を忘れることはできない。つまり、これからは自分の言葉と意思でルーファスに求めなければならないということだ。
冗談じゃないぞ。
翌日から、ユーゴは猛然と働いた。ルーファスや隊の青年たちを押しのける勢いで斬って斬って斬りまくった。
「うおおおおおおお!」
さながら親の仇に対するようなユーゴの迫力にルーファスも青年たちも何ごとかという態だがかまわない。そして、ユーゴの目論見は半分だけ成功した。しばらくはぐっすり眠ることができたからだ。
そのツケを、まもなくユーゴは支払うことになる。
*
はじめは、飲むだけでいいと言ったのだ。だって必要なのは「精」なのだから。
体内に取り込むことが目的であるのなら、口からだっていいんじゃないか? という発想の転換だった。それでも、同性のナニだ。「うまいものに出会う」ことを喜びとしてきたユーゴにとっては人生を左右するような決断だったのだが、ルーファスはそれを却下した。
「あああ、あなたにそんなこと、させられません!」
「“四祖さま”だから?」
真っ赤になり、動揺のあまりベッドから転がり落ちそうになったルーファスを危うくすくいとってやりながら、ユーゴは片眉を動かして見せる。ユーゴが四祖エドモントであると判明してからしばらく、ルーファスのユーゴに対する呼称が「獅子王さま」と「ユーゴ」で混乱したことをさしている。本人だっていまいちぴんとこないままなのに、うやうやしくされて喜ぶ趣味はユーゴにはない。態度まで変わったので、うんざりして、「今まで通りにしてくれ」と頼んだのだ。
ルーファスが長いまつげをふせるようにしてうつむいた。
「それもありますけれど、……」
「けど?」
「私が、罪深いからです。ユーゴ、私はどうやら、自分で思っていた以上に醜くて、あさましく、子どもっぽくて、欲深いのです」
ユーゴは肩をすくめて具体的な説明を求める。そんな主観的な単語を並べられたってよくわからない。
「……」
ルーファスが覚悟を決めるように唇を一文字にした。熱情に揺れるひとみがおずおずとユーゴを見て、そっとユーゴの手をとる。
「ふ、……ふれたいと、思っていたのです」
叱られるのを覚悟したような声が、勇気をふりしぼるように、けれどはっきりと続ける。
「ドハラさんが王城で、…その、……あなたの体を、抱いていたとき。私も、したいと、思っていました。頭の中で、同じことを……あなたに。ユーゴ、あなたに触れたいと思っていた」
「……」
予想だにしていなかった告白に、ユーゴはぱちくりとナッツ色の瞳をしばたたかせる。ほとんど泣きそうな顔をしているのにユーゴから目を離すことをしないルーファスの、端整な顔を見つめた。
ドキドキと心臓がうるさいくらい胸郭を打っている。
「あなたに、触れたい」
ルーファスが言った。
「白状します。ユーゴ、私はこの半月あまり、ずっと待っていました。あなたが、飢えるのを。あなたに堂々と、正当に触れることのできる機会を。横目で、ちらちらとうかがいながら、そわそわと待っていた。幼い、子どものように」
嫉妬したのだ、とルーファスが明かす。己を恥じるように。
「私がただ一方的にあなたを好きなだけなのに。…ふふ、どうしたらあなたに触れることができるだろうと、そればかり」
「……」
「ユーゴ、」
ルーファスがユーゴの手を離した。ベッドから降りて床にひざまずくと、へりくだった礼をとる。
「私の名は、ルーファス・ヘルリ・ガト・エドモント。あなたの贄となるべく生まれた者。そして、尊い御身によからぬ思いを抱く不届き者なのです」
「聞いたよ」
ユーゴはゆっくりと息を吐きだす。ルーファスに立つようにいって、手をとった。甲にくちづけて引っ張ると、簡単にルーファスがユーゴの上に降ってくる。
「好きならほしくなる。あたりまえのことだ。嫉妬だってする。人に言えねーようなことだって考える。あんたは何も悪くない、全部自然なことだ。だからそんなふうに自分のこと、悪く言うな」
ルーファスの純情を利用しているのはユーゴの方なのだ。ルーファスが自分を蔑まなければならない道理は、ない。
(だいたい、四祖と四大王家が契約? を結ばなかったら、あんたは普通に王子としてすごしてたし、スイファンは消えなくてよかったし、……ドハラだって)
ごめんなと最後にわびたドハラの声から逃れるように、早く、と小さな声でせかす。
ルーファスの甘いくちびるをうけながら、ユーゴは心地よさに喉を鳴らした。
*
「気になっていることがあるのです」
目覚めたら昼だった。
かいがいしくユーゴの世話をしながら、ルーファスが神妙な様子で言う。
「ヴァッテンで私を襲ってきたあの魔物は、何者だったのでしょうか」
「…どういうことだ?」
さんざんあえがされたせいで声が出ない。ユーゴはうらめしく思いながらケホ、と咳をする。
こういう町宿の壁は構造上、そうじて薄いものだ。前途ある(それも必要以上に見目のよい)若者がこんなむさくるしい傭兵風情とただならぬ仲なんて噂をたてられたらかわいそうだと思って必死に声を抑えていたのに、この王子さまときたら、ことごとくユーゴの気遣いをだいなしにしてしまった。
ついでにユーゴの体面もだいなしだ。
ルーファスが答える。
「ユーゴも気づいていると思いますが、黒い魔物は、群れでおそってきます。スイファンさまの例、それからヤンガルドさまの例から、それぞれ四祖さまの力を源にしているのではないかと私は考えます」
だが、ヴァッテンの魔物は家来のようなものこそ連れていたが、単体で行動していた。増殖もせず、ユーゴが斬ったあとはそれでおしまいだった。
「“子”と言っていました」
「子?」
ルーファスがうなずく。
(“子”……?)
ユーゴは自身の、つまり“エドモント”の記憶に問うてみるが、まるで封をされているようにむっつりと黙り込んでいる。いくつかなつかしいような景色を見たような気がするのに。
「考えてもしょうがねーよ」
からだのあちこちに痕跡をのこす噛みあとやら赤いうっ血に閉口しながら、ユーゴは肩をすくめた。
「“まだ正気を保ってる”らしいミュッセンに会いに行ってみよう」
話は決まった。
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