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好物はひと手間加えてから食べる
しおりを挟むヘッドフォンを用意しPCを起動する。手の届く位置に帰りにコンビニで買ってきたフライドポテトと炭酸ジュースをセット。部屋の照明は落としカーテンで外からの町あかりを遮断する。
一人でえっちなお楽しみをする準備ではない。カナタくんと飲みに行くのもデートするのも嫌いじゃないけど、俺だってたまには一人でゆっくり映画を楽しみたい。見たいなあと思っているうちに映画館での上映が終了し、ブルーレイディスクになって店頭に並び、新作から旧作扱いになってしまったタイトルを、俺は電子で購入する。
ベストセラー小説を映画化したもので、CMで見てからずっと気になってたんだよね。原作小説もとてもよかった。
映画がはじまる。
2時間という枠の中で、それでもなるべく原作の雰囲気やストーリーを大事にしようという気持ちが伝わってくる内容だった。役者陣の演技も音楽もいい。できれば映画館で見たかったかもしれない。
気づいたら泣いていた。
よくあるといえばよくある、恋人の片割れがラストで死んでしまう恋愛ものなんだけどカナタくんと一緒に見たかったなあなどと俺は考えた。なんていうか、「一緒に映画を見ている恋人がもっといとおしくなる」ような感じの映画だった。
俺もまた素直に、カナタくんに会いたいなあと思う。手をぎゅっと握ってほしい。それからじっくりと長いキスがしたい。
映画の余韻に完全に食われたふわふわとした頭で考えているうち、もぞもぞと膝が落ち着かなくなってきてしまった。尻の座りが悪いわけではない。なんとか気をそらそうと俺は次のタイトルを開く。今度は気分を変えて痛快アクションだ。
ところが、一度思い出してしまった熱はおさまることなく、興奮を増していくばかりだった。というのも、カナタくんと幽霊の新城さんに抱かれて以来、デートのたびにえっちするようになってしまって、尻がすっかり仕様を変えてしまったせいだ。えっそんなことで? みたいな程度の刺激で簡単に欲しくなってしまう。さすがに仕事中はそんなことないけどね!
とんだ淫乱にカスタマイズされてしまった。
「もー……」
映画どころじゃない。止めようかと一度迷って、結局俺は座ったままパンツの中に手をつっこんだ。こうなったらさっさと済ませてしまおう。
主人公が敵相手に派手なアクションを繰り広げるまえ、シコシコと手を動かす。集中するために目を閉じて、カナタくんの像を重ねた。そうだ、カナタくんはこんな性急にはしない。もっとやさしく、俺の体と心と、コミュニケーションをするように――。
「……ん、ハ」
いい感じだ。いい感じだけどカナタくんが恋しい。
そんなふうに切ながっていたときだった。
「『おっと、お楽しみ中だったか』」
「っぎゃー!」
新城さんだった。めっちゃまともに一人遊びを見られてしまった。
俺はあわてて途中のナニをしまうけど遅い。純和風正統派美男子は人間をまさに誘惑せんとする上級悪魔のように笑った。
「『まだ途中だろう。手伝ってほしいか?』」
「遠慮します!!」
新城さんが手出ししたら最後「手伝う」程度で済まないのは身をもって知ってる。俺は映画を止めるとさっさと風呂場に逃げ込んだ。仰せの通り途中です。もっというともうちょっとでイけそうだった。それでも風呂場で続きをする気にはなれなくて、いつもより熱めのシャワーを浴びて心頭滅却に励んだ。
風呂場から出てくるとまだ新城さんがいて、犬猫の奇行でも観察するような顔で俺を見ている。くそ、「素直に頼めば?」みたいな目が気に入らない。
正直にいえばシャワー程度で一度盛り上がった体の熱を冷ますことはできなかった。まして俺の体は新城さんがどんなふうに俺を愛して満足させてくれるかを知っているわけで、だけど素直にそれを認めてしまうと本当に自分が淫乱になってしまったみたいで。
(カナタくんだっていないし……)
もぞ、と膝が勝手に動く。逃げるように俺が新城さんから目をそらすと、新城さんがくすりと笑った。
「『まあ、カナタのいない場所では抱かないルールだからな。いたずらでもしてやろうかと思ったが、……仕方ない。おやすみ、陽平』」
「え……? うん、おやすみ……?」
ずいぶんあっさりじゃない?
てか何しにきたの? しばらく待ってみたけど新城さんが戻ってくる気配はなかった。映画の続きを見る気にもなれず、俺はベッドにもぐりこむ。新城さんが帰ったのだからという気持ちはあったけど、ここで屈したらせっかく意地を張った意味がなくなってしまう。俺はさっさと目を閉じて頭の中のヒツジを数えた。「こういうときこそ強引にくればいいのに」なんてべつに思ってない。
+++
案の定えっちな夢を見てしまい、翌朝鏡に映った俺の顔は欲求不満を絵に描いたようだった。さりとて顔を洗う要領で一発抜いてスッキリしとくか! なんてできないし、仕方なく俺はそのまま電車に飛び乗る。
(やっぱり抜いてくればよかった)
満員電車やばかった。特に鞄の角とかが尻に当たるだろ、別にそれ自体はさもない刺激なんだけど蓄積してくんだよね、体のなかで。あと普通にチカンされたし。たぶん間違えてるんじゃないのかなあと思って、でも女の子がそれで不快な思いをせずに済むならいっか……とか思ってた。けど、執拗な手つきだったので電車を降りるころには俺の頭は半分くらいえっちな思考になっていた。
尻タブを閉めたり開いたり穴のあたりを執拗になぞってきたり、対象を間違えてる間抜けのくせに粘着質で、いっそ警備室につきだしてやればよかったかもしれない。具合が悪そうに見えたのか、降りた駅で女子高生が声をかけてくれた。やさしい。
コンビニでマスクを手に入れ、ブラックコーヒーを注入する。仕事さえ始まってしまえばこっちのものだ。みだらな思考から解放された俺は仕事に集中した。仕事最高。気づくと時計は夜の8時をさしていた。
「それじゃあ、お先に」
「先輩、お先失礼します」
一人また一人と席をたって帰っていく。俺は営業待ちだ。特に用事もないし、どうせ会社にいるんだから対面ですり合わせた方が早い。別の仕事をすすめながら待つうち、「もうすぐ着きます」とくだんの営業からメッセージが送られてくる。
ちょっと苦労したみたいだ。ねぎらいにコーヒーでも用意しておいてやろうかなと、何気なく立ったときだった。むず、と覚えのあるうずきが俺を戦慄させた。
「……」
吐き出す呼気は熱く湿っている。たまらずその場にうずくまると、股間がはりつめていた。ほかのフロアーにはまだうちみたいに動いているところがある。こんな状態で誰かがここに来たらどうなる? 俺は手近なメモ用紙をたぐりよせると、急用ができたので帰るといった内容を記しトイレに駆け込んだ。
「ハッ……ぅぅん」
ちんこの方は作業をはじめてすぐに区切りがついた。問題は尻だ。まったくやっかいな体にしやがってなどと恨み言を吐いてもしかたがない。だがしかし会社のトイレで尻に指をつっこむのはどうなんだ?
(くそ、奥までガンガン突かれたい)
昨日の夜の分、朝の分と欲求を溜めこんだ俺の尻はとても自宅までもちそうにない。だけどここにはカナタくんもいなければ代用できそうな道具もないわけで。
「……」
「『手伝ってやろうか?』」
会社のトイレでケツオナするのは嫌だ。かといって我慢もできない。
そんな俺に悪魔がささやいた。
純和風正統派美男子の幽霊。壁に手をついてうつむきながら、俺はふるふると首を横に振る。いやだ、こんなところで新城さんに触られたくない。
でも、新城さんがいるなら。
俺は意を決して便器にふたをし、そのうえに座った。こちらを見おろしている新城さんに正面を向けるようにすると、再び股間に手を伸ばす。
見てて、と言った。
「見てて、ほしい。……そこで、俺がするとこ」
「『……』」
「それから、今度、……週末、めちゃくちゃにして」
「『わかった』」
はじめろ、と新城さんが合図をする。セックスをするときと同じやさしい目をしていた。ああ俺、新城さんのその顔好きだなあ。思いながら、声が出ないように襟をくわえると、俺は足を広げてちんこをこすりはじめた。不思議なのは新城さんに見られていると思うだけで作業感がなくなることだ。新城さんが見てて楽しめるように先っちょの皮をひっぱり、くりくりしたり、新城さんに向かってつきだしたりする。
「んぅ……っ」
楽しい。すっかり夢中になって陶酔していた俺だったけど、ふと新城さんのことを思い出した。新城さんはじっと俺を見ていて、俺はうれしくなる。頭の中で俺を犯しているやらしい目だ。俺は今彼の頭の中でどんなふうに抱かれているんだろう。
想像がいっそう俺を興奮させて、俺はキスをねだるように口を開けた。尻の穴がヒクヒクしてるのがわかる。新城さんにもわかるんだろう、見せるようにリクエストされて、俺は体勢を変えた。そうするともっと欲しくなってしまう。
「んっあ……ほしい、」
「『……』」
「おくに、……太くて大きいのが、ほしい……ッ」
声のことなんてもう頭にない。完全にヒートに入った俺はセックスのときと同じようにおねだりをはじめる。
「ねえ、いれて、強くして……足りないんだよ……ッ新城さぁん」
「『くそッ!』」
新城さんが舌打ちする。それまでずっと観客的立ち位置だったのをやめて俺のなかに手をつっこんでくる。陽平、と呼ばれて俺はうなずいた。
うん、して。
イかせて。
新城さんにだけ聞こえるように言って、キスをするように唇を合わせた。いつもは俺が泣くまで焦らす新城さんにはめずらしく雑でせわしげで、俺はすぐに絶頂を迎える。
「『俺だって、おまえを……!』」
直前に新城さんのそんなせつなげな声を聴いた気がした。
+++
運のいいことにトイレのオナニーショーは誰にも見られなかったようだ。使用した個室はもちろん痕跡を残さず綺麗にして俺は部屋に戻る。置きっぱなしだったスマホにはカナタくんと営業からの着信があった。まずは営業に折り返すと飯のお誘いだったようだ。悪いなと電話に出られなかったことを詫びて、用をなさなかったメモを破棄する。カナタくんにはもうすぐ終わるよと、電話ではなく文面で送った。
もうすぐこっちも終わるから、会いたい。
新城さんと約束した週末までには先がまだあるけど、カナタくんの自宅のドアを開けるなり俺はカナタくんに抱きついた。酸素を求めるようなキスをして、自分からセックスをねだる。
「今日は、……たくさんして」
どうしたのと驚かれたけどキスをしてごまかした。そして俺は俺にとびきり甘いカナタくんに溶かされ甘やかされて、翌日、今度は「声が出ない」という理由で再びマスクを使うはめになる。
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