夢うつつ

平野 裕

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少女と石

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 少女には気に入っている石があった。
 部屋にいつの間にかあり、馴染み、ここにあるのが当たり前だという雰囲気を纏ったその石は、部屋に差し込む光に合わせて、幾度もその表情を変えた。
 限りなく楕円に近い、しかい凸凹とした表面は、その面のひとつひとつに光を受けると緑に、紫に、色を変えて輝いた。それでも最後には落ち着いた深い青へと色を戻し、窓辺に据わっていた。
「きれい……。」
 すっかり日も落ち、光が途切れた窓辺にある石を、少女は拾い上げた。光を受けていない、本来の色を取り戻したこの青が、少女は一等気に入っていた。
 この色に戻った時、石を耳に近づけてみれば微かに、静かな部屋でうんと耳を澄まさなければ聞こえないほどに小さく、波の音がした。
 初めこそ幻聴だと思ったその音は、日を重ねるごとに、着実に聞きやすくなっていた。耳がなれたなのか、音が大きくなっているのかは分からないが、その微かに聞こえる波の音は確実に、少女を虜にしていった。
「今日は、少し穏やかね。」
 少女の頭の中で、白波がひとつとない穏やかな、それでいてどこか吸い込まれてしまいそうな暗さを持つ夜の海が浮かび上がった。水平線は月を映し、こちらへ近づくほどに波にさらわれ、輪郭は溶けていた。それでも一定のリズムで陸に打ち寄せる波は、少しずつ、少しずつ陸を削り、月へと持ち帰っていく。
 少女は改めて石を手に包み込むと、大事に大事に胸元へ抱え、ゆっくりとベッドへ身を隠した。
 耳元へ再び石を近づければ、緩やかな波の音が同じだけ穏やかな風景を連れて、少女へと流れ込んでいく。
 ひんやりとした足先が波にさらわれてしまいそうで、少女は石を抱えたまま、少しだけ身を丸めた。体温でぬるくなった布団に、足先が温められていく。これで波にさらわれることはないだろう。
「これが持ってくる音を、私、いつか見てみたい。」
 石を抱え込む手のひらだけが、いつまでもひんやりと冷え切っている。
 夜の波は穏やかに、少女の手のひらを撫で、また月へと帰っていった。何度でも何度でも少女の手を撫でる波は、いつしか白波を呼び、少女の手首を冷やしていく。少女は慌てて暗い水中から手を引き抜いた。
「でも私、ここで海にいけるの、とても好きなの。」
 そう呟いた少女は石から手を離し、枕元へと置いた。
 石は転がされるままシーツの上を転がると、壁にあたって止まる。こつん、と小さな音だけが少女の耳に届くと、石はもう戻っては来なかった。
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みんなの感想(1件)

vv0maru0vv
2023.02.25 vv0maru0vv

文章力がすばらしいですね。景色を想像できます。とても綺麗です。続きを楽しみにしています

平野 裕
2023.02.25 平野 裕

ありがとうございます、とても嬉しいです。
このお話は一話完結となりますが、不思議な夢をもとにゆっくりと続ける予定ですのでお楽しみ頂けましたら幸いです。

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