異世界で子育てしながら静かに暮らしたい元スパイ

ライカタイガ

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1章

第17話:調停者の証

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空から降り注いだ光がテオを包み込んだ瞬間、世界が静止したかのような錯覚に陥った。

誰もが息を呑み、ただその光景を見つめるしかなかった。リリィはゼインの腕の中で立ち尽くし、ヴァルドでさえ弓を構えたまま動けずにいた。

そして、光が収まった時——テオの背に浮かんだ紋様は、まるで羽ばたく白い翼のように、仄かに輝いていた。

リオが呟いた。

「……伝承にあった“調停者の印”……あれは、神々と精霊の狭間に立ち、理を定める者の証だ」

ゼインは無言でテオの肩に手を置いた。まだ幼いその身体に、どれほどの力が宿ったのか、想像もつかない。だが、確かに今この瞬間、テオは変わった。

リリィが心配そうに駆け寄る。

「テオ、大丈夫? どこか痛くない?」

「ううん……大丈夫。……でも、不思議な感じがする」

テオは自分の胸に手を当てた。

「なんだか……誰かと、繋がってるみたい」

その言葉に、リオが目を見開く。

「調停者の力……それはこの世界の“意志”と交信する力ともされている。テオ、お前は今、理そのものと触れ合っているのかもしれん」

「理と……話せるの?」

「いや、“会話”というより、“感じ取る”に近い。理は生きておらぬが、確かに存在する。“歪み”も“門”も、本来は理の乱れから生じる現象。それに対し、お前の存在は“均衡”を呼ぶ」

ゼインが、テオの背をそっと撫でながら尋ねた。

「……何か、感じるか?」

テオはしばらく目を閉じて黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「うん……でも、すごく悲しい気持ちが流れてくる。“あっち”の世界が、泣いてる」

リリィが眉をひそめる。

「“門”の向こう?」

テオは頷く。

「きっとね、向こうにいる誰かが……こっちに来たがってる。でも、それは“助けて”じゃなくて、“逃げたい”みたいな……」

ゼインは唇を噛んだ。

(もしかして、“門”の向こうには、もうひとつの終わりかけた世界があって、そこから逃げてこようとしてる連中がいるのか)

リオが立ち上がり、杖を鳴らす。

「すぐに再結界を張らねば。この村が“向こう”との通路になる前に」

「俺も手伝う」

ヴァルドも頷いた。「兵力が必要なら、村の連中を呼び戻す。剣を取らせてやる」

ゼインはうなずき、そしてリリィとテオに向き直る。

「お前たちは……」

「一緒に行く!」

リリィが先に言った。

「私もテオも、自分で選ぶって決めたんだから」

テオも小さく拳を握って頷いた。

ゼインはしばし黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。

「……わかった。だが、絶対に無理はするな」

村は慌ただしく動き始めた。

結界石の再配置、見張りの強化、兵の再編成。

だが、その準備の最中、村の北の端に設置された見張り台から悲鳴が上がった。

「裂け目が……地上にも広がってる! 地面が割れてるぞ!」

ゼインが駆けつけたとき、そこには信じがたい光景が広がっていた。

大地に亀裂が走り、その奥からは、まるで異なる空間が顔を覗かせている。

光と影が交差する異質な空間——それは“門”の裏側に繋がっているかのようだった。

そして、その中から一人の人影が現れた。

人間のように見えるが、肌は灰色がかり、目は深紅に染まり、背には黒く裂けた羽のようなものをまとっている。

「門の外からの……使者?」

その男は、ゼインたちを見渡し、微笑んだ。

「やあ。やっと見つけた。“鍵”と“守人”、そして……“調停者”」

ゼインは剣の柄に手を添える。

「お前は何者だ」

「名乗るほどの者ではないさ。だが……私は“救済”の使者を名乗る者。君たちの世界はまもなく終わる。だから選んでもらいに来た。“こちら側”に来るか、“消滅”を選ぶか」

リリィが歯を食いしばりながら叫ぶ。

「私たちの世界は、私たちが守る! 消えるなんて、選ばない!」

その叫びに、テオがそっと手を伸ばす。

彼の背の紋様が光り、地面の亀裂から吹き出していた異界の気配が、一瞬、揺らいだ。

「……世界が……まだ、望んでる」

テオの声は震えていたが、そこには確かな“意志”があった。

ゼインは剣を抜き、リリィとテオを背に立った。

「帰れ、使者。俺たちは、まだ終わらない」
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