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幼子のように大泣きするアンジェリカは、これまでマリウスが認識していた淑女の中の淑女として気品に満ちた彼女とは、全く別人のようである。
けれど、悪くない。
それどころか、今みたいに心中を包み隠さず見せてくれるアンジェリカが、マリウスにはとても可愛く見えて、愛おしく思えて……。
気が付くと、マリウスはアンジェリカを抱きしめていた。
ひっ、とアンジェリカが驚きのあまり奇声を上げる。
次には真っ赤になってマリウスの腕から逃れようともがき始めた。
「だめ、だめです、マリウス様、いけません! こんなところ、マリウス様の想い人に見られでもしたら大変なことに――――」
「見られても構わない。なぜならアンジェ、わたしの想い人は君なのだから」
「え……?」
「好きだ、アンジェ。婚約の撤回の話は忘れて欲しい。わたしは君と結婚したい、本当はずっとそう思っていた」
きょとん、とした目でマリウスを見たアンジェリカ、すぐにまた大声で泣き始めた。
「そんな、し、信じられませんっ!!!! わたくしに気を使う必要はないですから、どうぞ愛する方とお幸せになって下さいませ!! マリウス様の幸せこそが、ぐすっ、わたくしの幸せなのですから!」
聞いていたマリウスは嬉しそうに頬を染めた。そしてアンジェリカを抱きしめたまま、その頭を優しく撫でた。
やがてアンジェリカが腕の中で落ち着きを取り戻すと、自分がどうしてアンジェリカに婚約の撤回を提案したのか、マリウスはその理由を話し始めた。
嫌われていると思っていた。だからこそ婚約を白紙に戻し、アンジェリカには好きな人と結ばれて欲しいと思った。自分の悲しみよりも、アンジェリカの幸せの方が大切だったから。絶対に幸せになって欲しかったから。だから離れる決心をしたのだ。
マリウスの話を聞いている内に落ち着きを取り戻したアンジェリカは、瞳に涙を浮かべたまま恥ずかしそうに微笑んだ。
「なんだかわたくしたち、似た者同士だったみたいですわね。考えたのは同じこと。相手の幸せを願うあまり、マリウス様は婚約の撤回を決意し、わたくしはそれを了承したのですわ。本当は二人とも、そんなことを望んではいなかったのに」
「そうだな」
アンジェリカは俯いて肩を落した。
「わたくしが変に淑女ぶっていたせいで、マリウス様に嫌な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ありません」
「いや、悪いのはわたしの方だ。政略的な婚約だし、いずれ君と結婚することは決まっているのだからと、自分の気持ちを伝えることを怠ってしまっていた。そのせいで君に誤解を与え、寂しい思いをさせることになった。本当にすまなかった」
その端正な顔を歪めて頭を下げるマリウスに、アンジェリカは慌てて首を振る。
「とんでもない、マリウス様は悪くありません! この世に存在していただけるだけで有難いくらいのお方です!! 見た目が美しいだけでなく頭脳優秀で、それでありながら真面目に努力する勤勉さもお持ちです。誰にでも優しくて親切で、高い身分であるにも関わらず礼儀正しくもあり、また器が大きくて頼りがいもあります。もう存在自体が尊いです。好きです、大好きです。同じ時代に生まれることができた奇跡を神に感謝したいです! そんなあなた様といつか結婚できるなんて夢みたい。わたくしは世界一の幸せ者ですわ!!!!!」
と、そこまで一気にしゃべったところで、はっとアンジェリカは我に返った。
真っ赤になった顔を両手で隠す。
「わ、わたくしったら、一方的に自分ばかりが話してしまって、淑女として恥ずかしいことをしてしまいました。申し訳ございません!」
嫌われていないだろうかと、アンジェリカは不安に思いながら視線を上に恐る恐る向けた。
そこに見えたのは、真っ赤な顔でなにかを堪えるように手で口元を押さえるマリウスの横顔だった。
「マリウス様……?」
「はあ、どうしよう、アンジェ。そもそも君を好きなのに、こんな熱烈な言葉を貰ってしまっては、我慢できなくなってしまう」
「? わたくし、ただ事実を申し上げただけですけれど?」
「うん、そういうところだよね。ああ、今すぐ手を出せないことが辛い。よし、父上にお願いして結婚を早める許しをもらおう。アカデミーを卒業したらできる限り早く結婚する。アンジェ、かまわない?」
アンジェリカは喜びに打ち震えながら、何度も首を縦に振ったのだった。
その後の二人はアカデミーを無事に卒業すると、三ヵ月後には晴れて正式な夫婦となった。
多くの知人たちから祝いの言葉をかけられる中で、二人は深い愛情のこもった目で互いを見つめ合い、とても幸せそうな笑顔を見せていたという。
政略結婚で結ばれたとはとても思えない。
社交界でそう噂されるほど、仲睦まじい二人はすぐに子宝にも恵まれ、幸せに暮らしたとのことである。
end
けれど、悪くない。
それどころか、今みたいに心中を包み隠さず見せてくれるアンジェリカが、マリウスにはとても可愛く見えて、愛おしく思えて……。
気が付くと、マリウスはアンジェリカを抱きしめていた。
ひっ、とアンジェリカが驚きのあまり奇声を上げる。
次には真っ赤になってマリウスの腕から逃れようともがき始めた。
「だめ、だめです、マリウス様、いけません! こんなところ、マリウス様の想い人に見られでもしたら大変なことに――――」
「見られても構わない。なぜならアンジェ、わたしの想い人は君なのだから」
「え……?」
「好きだ、アンジェ。婚約の撤回の話は忘れて欲しい。わたしは君と結婚したい、本当はずっとそう思っていた」
きょとん、とした目でマリウスを見たアンジェリカ、すぐにまた大声で泣き始めた。
「そんな、し、信じられませんっ!!!! わたくしに気を使う必要はないですから、どうぞ愛する方とお幸せになって下さいませ!! マリウス様の幸せこそが、ぐすっ、わたくしの幸せなのですから!」
聞いていたマリウスは嬉しそうに頬を染めた。そしてアンジェリカを抱きしめたまま、その頭を優しく撫でた。
やがてアンジェリカが腕の中で落ち着きを取り戻すと、自分がどうしてアンジェリカに婚約の撤回を提案したのか、マリウスはその理由を話し始めた。
嫌われていると思っていた。だからこそ婚約を白紙に戻し、アンジェリカには好きな人と結ばれて欲しいと思った。自分の悲しみよりも、アンジェリカの幸せの方が大切だったから。絶対に幸せになって欲しかったから。だから離れる決心をしたのだ。
マリウスの話を聞いている内に落ち着きを取り戻したアンジェリカは、瞳に涙を浮かべたまま恥ずかしそうに微笑んだ。
「なんだかわたくしたち、似た者同士だったみたいですわね。考えたのは同じこと。相手の幸せを願うあまり、マリウス様は婚約の撤回を決意し、わたくしはそれを了承したのですわ。本当は二人とも、そんなことを望んではいなかったのに」
「そうだな」
アンジェリカは俯いて肩を落した。
「わたくしが変に淑女ぶっていたせいで、マリウス様に嫌な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ありません」
「いや、悪いのはわたしの方だ。政略的な婚約だし、いずれ君と結婚することは決まっているのだからと、自分の気持ちを伝えることを怠ってしまっていた。そのせいで君に誤解を与え、寂しい思いをさせることになった。本当にすまなかった」
その端正な顔を歪めて頭を下げるマリウスに、アンジェリカは慌てて首を振る。
「とんでもない、マリウス様は悪くありません! この世に存在していただけるだけで有難いくらいのお方です!! 見た目が美しいだけでなく頭脳優秀で、それでありながら真面目に努力する勤勉さもお持ちです。誰にでも優しくて親切で、高い身分であるにも関わらず礼儀正しくもあり、また器が大きくて頼りがいもあります。もう存在自体が尊いです。好きです、大好きです。同じ時代に生まれることができた奇跡を神に感謝したいです! そんなあなた様といつか結婚できるなんて夢みたい。わたくしは世界一の幸せ者ですわ!!!!!」
と、そこまで一気にしゃべったところで、はっとアンジェリカは我に返った。
真っ赤になった顔を両手で隠す。
「わ、わたくしったら、一方的に自分ばかりが話してしまって、淑女として恥ずかしいことをしてしまいました。申し訳ございません!」
嫌われていないだろうかと、アンジェリカは不安に思いながら視線を上に恐る恐る向けた。
そこに見えたのは、真っ赤な顔でなにかを堪えるように手で口元を押さえるマリウスの横顔だった。
「マリウス様……?」
「はあ、どうしよう、アンジェ。そもそも君を好きなのに、こんな熱烈な言葉を貰ってしまっては、我慢できなくなってしまう」
「? わたくし、ただ事実を申し上げただけですけれど?」
「うん、そういうところだよね。ああ、今すぐ手を出せないことが辛い。よし、父上にお願いして結婚を早める許しをもらおう。アカデミーを卒業したらできる限り早く結婚する。アンジェ、かまわない?」
アンジェリカは喜びに打ち震えながら、何度も首を縦に振ったのだった。
その後の二人はアカデミーを無事に卒業すると、三ヵ月後には晴れて正式な夫婦となった。
多くの知人たちから祝いの言葉をかけられる中で、二人は深い愛情のこもった目で互いを見つめ合い、とても幸せそうな笑顔を見せていたという。
政略結婚で結ばれたとはとても思えない。
社交界でそう噂されるほど、仲睦まじい二人はすぐに子宝にも恵まれ、幸せに暮らしたとのことである。
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