おとぎ話の造形屋

蜂須賀漆

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(8)姫が生まれるチューリップ⑤

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もっとも、我慢比べはオリバーの惨敗に終わった。
オリバーが勝手に試みていただけだったが、カレンの気が済むよりも、時間切れが近づく方が圧倒的に早かった。
ビゼーリとバーミア間の馬車は長距離便であり、乗っているだけでも体力を消耗する。
さすがに食事を抜かした状態で乗せるわけにはいかないし、そんなことになってはエスコート役の名折れだと、不動のカレンにそろそろ行きませんかと、初めは背中から、2度目は真横に立って声をかけた。
見開いたままの目を虚ろに動かしたカレンが、オリバーを認め、次にここがどこであるかを思い出し、眼前のチューリップとオリバーとで視線を往復させてから、目を白黒させて、もう少しで博物館内ではあるまじき大声を発するところだったようだ。
あ、だけは言ってしまってから手で口を塞ぐというコミカルなアスター嬢を、ずれないなと改めて感心しつつ、食えないとよく評される微笑みとともに「そろそろ出ましょう」と柔和に申し出た。


オリバーが豪華な昼食でも、と目星を付けていたいくつかの店には移動している余裕もなく、博物館内のカフェにて軽食で済ませることとなった。

「本当にすみません……いろいろ考えてて、うっかり……お昼ごはんの存在を忘れてました……」
「いつもは食べないのですか?」
「食べないわけではないんですが、食べるのを忘れる日が、ときどきありまして……」
「食事はきちんと取らないといけませんよ。良い仕事は良い食事からです。睡眠もですよ」
「はい……耳が痛いです……」

あの集中力の高さの犠牲になっている生活要素が、いくつもありそうだという予想は合っていたようで、ハムとチーズ入りのホットサンドを飲み込んだカレンが項垂れる。
昼食時はとっくに過ぎていたため、オリバーはクリームティーを注文し、同じものでいいと慌てるカレンにだけ無理矢理しっかりした食事を取らせた。
食べるのを忘れるだけで食が細いわけではなく、食欲自体はあるようなのは幸いだった。
優秀な職人が、根を詰めすぎて体調を崩すなどあってはならない。

「今日の展示に、学べるものは多くありました?」
「え、ああ、はい。自然はすごいですね、私達がどんなに考えても作れない奇跡を、ああやってぱっと実現させてしまうんですから。羨ましいなあ」
「ミス・アスターも作ってみたいのですか、ああいう揺りかご的なものを」

カレンは、少しだけ考えてから「いいえ」と首を振った。

「作れる技術があればすごく嬉しいですが、あれはもう神様の領域になってしまうので作りたいとは思わないです。ただ、作り方というか、どうやってああいう奇跡ができあがっているのか、魔法上だとそういう仕組みになっているのかそれがどうしても知りたくてですね……」
「じゃあ、あの長考は魔法を読み解いていたのですか?」
「読み解いていたというか、見て分かったりしないかな、って観察しながら粘ってみたんですが、見るだけじゃやっぱりダメでした。ただあの花は苗床なので、それが分かってて弄り回すのは人道に反するというか……難しいですね。やっぱりあれは私達からは切り離された知恵なのかな」

とは言いながら意外と、触れば何某かを得られるのではないか。
オリバーは俄然、若い可能性が作る、新たな未来を見てみたくなった。
技術的には作れるが手がけない、という葛藤を増やしてしまうかもしれないが、天秤は当然未来へと傾く。
オリバーは、カップに優雅に口を付けながら、

「そういえば、役目を終えた花が、プリザーブドとして売られているそうですよ」

とさりげなく伝えた。


予定の馬車に乗り込んだカレンが、無事に出発していくのを見届けてから、オリバーは停車場を後にする。
彼女の鞄の中には、オリバーに贈られ、恐縮しながら受け取ったプリザーブドの花びらが入っている。
魔法で加工しているわけではないため、植物が元から持っている魔法の要素は僅かでも残っているはずだ、というのが売り子の説明だった。
いつ研究すればいいんだろう、と眉を下げながらも非常に嬉しそうにしている彼女は、その言葉通り、これから非常に忙しくなって花びらを撫で回す時間などしばらくは作れまい。
ビゼーリへの訪問理由は礼儀上、詳細は尋ねなかったが、打ち合わせ場所から推察するに、かなり大きい興業なのだろうという推測を内心に留める。
職人として何を求められたか知る由はないが、今回も、悩み苦しみながら完成させるだろうカレンの仕事を、劇団関係なのであれば見る機会もあるだろう、とオリバーは老婆心ながら完成を心待ちにした。
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