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(15)賢者の石③
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賢者の石を作れないかという問い合わせがぽつぽつと入り始めたのは、それからしばらくしてからだった。
最初のうちは、今まで依頼を受けたことのない者からの通知が続き、知らない人からの依頼自体は慣れているものの、どうしたことだろうと思いながら断りの返信を送っていた。
問い合わせは、カレンだけではなく職人街の魔法利用者にも続々と届いているそうで、魔法を使える職人に手当たり次第送られているようだった。
国が宣言したのに機を得て、先回りし儲けのチャンスを狙おうとする商魂逞しさに、カレンは呑気に呆れていた。
それが、次第に取引歴がある者や、名前を聞いたことのある大きめの会社や組織が混ざり始めて、簡単には考えていられなくなった。
その中にはピオネル社も含まれていた。
意外なことに、便箋上の差出人は社長ではなくレオンだった。
無沙汰への詫びと近況を問う常套句に続いて、単刀直入に、最近流行りの賢者の石の製作について知見をお持ちではないか、と言葉は丁寧だが荒んだ書体で書かれており、その下に、社長名ではないことの詫びと、正式依頼ではなく、製作可否を尋ねる段階なため、社員が面識ある職人に手分けして尋ねているものですと締められていた。
彼の書体は初めて見るが、なるほど書き疲れてところどころ乱雑になっているような気配もあった。
今回は手が疲れるだけで済んでいるものの、彼は完全にバーミア係にされたのね、とレオンを憐れみながら、カレンは断りの定型文に、お疲れ様ですと書き添えて返信をした。
ピオネル社が動いているということは、例の元請けが今回も号令をかけたということだ。
元請けは非常に大きな会社で、日頃から、玉手箱や舞台の時のように並々ならぬ相手の案件を多く扱っているのだろうが、まさか国から依頼を受けているのか、と想像してカレンは少し気味が悪くなった。
もしそうなら、あれほど勝算の低いものに、国が口先さけで終わらせず本気で動いているという意味を表す。
もしかすると、ここまでの問い合わせ主達も、国の依頼を受けた者がいるのではないか、でなければこんなに多くが手を出そうとしているのは異様だった。
状況をさらに不穏にしたのは、オリバーが仲介して来た依頼の手紙であった。
内容はやはり賢者の石を作れるかどうかの照会で、他のものと特段違った点はなかったが、仲介人の署名の下にオリバーの字で
"くれぐれも注意されたし"
とメッセージが小さく書かれていた。
カレンは眉を顰めて意味を考えた。
オリバーが依頼文をブロックせずにカレンへ転送してきたという状況は鏡の時と同じだが、もし依頼主が手強いという意図なら、先日と同じく"遺憾"と書いてくるのではないか、敢えて違う言葉を選んで誤解の可能性をはらませる必要はない。
だとするとこれは別な種類の警告だろうかと、カレンは頭を悩ませる。
思い付くとすれば、職人の仲介を生業としているオリバーは、賢者の石の依頼ラッシュを当然知っているはずで、ゆえに賢者の石に関する依頼全般について警戒しろ、ということだろうか。
オリバーがマットを贈ってくれた時のように、彼自身の手紙を封入して来ないのは、警告の程度が緩いのか、それとも形跡を最低限にするためなのか、どちらなのかは分かり兼ねた。
もう少しはっきり書いてくれればいいのにと思う一方で、状況が書くことを許さなかったとするなら、と自分で立てた仮説にカレンは寒いものを覚えた。
スタフィー州の、州都ではないバーミアではまだ起こっていない深刻な状況が、動きが格段に迅速な首都では既に進行しているのではないか、そんな想像をせずにはいられなかった。
今のところ、カレンは問い合わせに断りの返信を書いているくらいで、それ以外の行動はしていないし、する必要性も生じていない。
問い合わせや依頼を超えた次の段階として、オリバーは何を予想しているのだろう。
くれぐれも、というオリバーの筆跡は、杞憂だと保留しておけない強い調子を帯びているように見えてならなかった。
この後何が起こるのだろうとカレンは返事を書くことも忘れ、しばらく紙面を睨んでいた。
最初のうちは、今まで依頼を受けたことのない者からの通知が続き、知らない人からの依頼自体は慣れているものの、どうしたことだろうと思いながら断りの返信を送っていた。
問い合わせは、カレンだけではなく職人街の魔法利用者にも続々と届いているそうで、魔法を使える職人に手当たり次第送られているようだった。
国が宣言したのに機を得て、先回りし儲けのチャンスを狙おうとする商魂逞しさに、カレンは呑気に呆れていた。
それが、次第に取引歴がある者や、名前を聞いたことのある大きめの会社や組織が混ざり始めて、簡単には考えていられなくなった。
その中にはピオネル社も含まれていた。
意外なことに、便箋上の差出人は社長ではなくレオンだった。
無沙汰への詫びと近況を問う常套句に続いて、単刀直入に、最近流行りの賢者の石の製作について知見をお持ちではないか、と言葉は丁寧だが荒んだ書体で書かれており、その下に、社長名ではないことの詫びと、正式依頼ではなく、製作可否を尋ねる段階なため、社員が面識ある職人に手分けして尋ねているものですと締められていた。
彼の書体は初めて見るが、なるほど書き疲れてところどころ乱雑になっているような気配もあった。
今回は手が疲れるだけで済んでいるものの、彼は完全にバーミア係にされたのね、とレオンを憐れみながら、カレンは断りの定型文に、お疲れ様ですと書き添えて返信をした。
ピオネル社が動いているということは、例の元請けが今回も号令をかけたということだ。
元請けは非常に大きな会社で、日頃から、玉手箱や舞台の時のように並々ならぬ相手の案件を多く扱っているのだろうが、まさか国から依頼を受けているのか、と想像してカレンは少し気味が悪くなった。
もしそうなら、あれほど勝算の低いものに、国が口先さけで終わらせず本気で動いているという意味を表す。
もしかすると、ここまでの問い合わせ主達も、国の依頼を受けた者がいるのではないか、でなければこんなに多くが手を出そうとしているのは異様だった。
状況をさらに不穏にしたのは、オリバーが仲介して来た依頼の手紙であった。
内容はやはり賢者の石を作れるかどうかの照会で、他のものと特段違った点はなかったが、仲介人の署名の下にオリバーの字で
"くれぐれも注意されたし"
とメッセージが小さく書かれていた。
カレンは眉を顰めて意味を考えた。
オリバーが依頼文をブロックせずにカレンへ転送してきたという状況は鏡の時と同じだが、もし依頼主が手強いという意図なら、先日と同じく"遺憾"と書いてくるのではないか、敢えて違う言葉を選んで誤解の可能性をはらませる必要はない。
だとするとこれは別な種類の警告だろうかと、カレンは頭を悩ませる。
思い付くとすれば、職人の仲介を生業としているオリバーは、賢者の石の依頼ラッシュを当然知っているはずで、ゆえに賢者の石に関する依頼全般について警戒しろ、ということだろうか。
オリバーがマットを贈ってくれた時のように、彼自身の手紙を封入して来ないのは、警告の程度が緩いのか、それとも形跡を最低限にするためなのか、どちらなのかは分かり兼ねた。
もう少しはっきり書いてくれればいいのにと思う一方で、状況が書くことを許さなかったとするなら、と自分で立てた仮説にカレンは寒いものを覚えた。
スタフィー州の、州都ではないバーミアではまだ起こっていない深刻な状況が、動きが格段に迅速な首都では既に進行しているのではないか、そんな想像をせずにはいられなかった。
今のところ、カレンは問い合わせに断りの返信を書いているくらいで、それ以外の行動はしていないし、する必要性も生じていない。
問い合わせや依頼を超えた次の段階として、オリバーは何を予想しているのだろう。
くれぐれも、というオリバーの筆跡は、杞憂だと保留しておけない強い調子を帯びているように見えてならなかった。
この後何が起こるのだろうとカレンは返事を書くことも忘れ、しばらく紙面を睨んでいた。
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