おとぎ話の造形屋

蜂須賀漆

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(15)賢者の石⑤

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ざわつきの中、短髪で中年の参加者が挙手して発言を求めた。

「すいません。それって技術流出になりませんかね」
「ええと、取り扱いにはもちろん十分注意した上で、情報は警護にしか使わないそうです」
「いまいち信じらんないな。そのリストから警護しないといけない奴をどうやって選ぶんですか」
「それはすいません、国の人が今日来ていないのでちょっと分かりかねます」
「分かりかねますじゃないよ、そこ大事なとこですよね」

そうだそうだと怒気交じりの野次が飛び、組合の職員がたじろぐ。
この場の誰もが、警護にしか使わないという国の主張を全く信じていなかった。
むしろ、誰がどんな魔法を使えるかを国に集めて監視するのが目的ではないか、あるいは、国に都合の良い魔法を使う人物を選別して、その者に国の助力をさせようというのが魂胆なのではないか、ざわつきの中にそんな懸念の声が混ざる。
職人の魔法の内容は、職業上の秘密に属する。
秘匿する範囲に個人差はあるが、誰でもこれだけは教えられないという核の部分を持っていた。
それなのに、その部分をも差し出してリストにさせろという要求に、誰が素直に従うというのか。

国の説明者の姿が会場にないのは、炎上するのが分かっていたからなのだろうが、都合の悪い質問に答えて槍玉に上がるのは避けたい、組合は何も知らないから余計な口を滑らせる心配はない、そんな根性を読み取れて、油はさらに注がれた。

「そんなの従えない、絶対反対!」
「国にそう言って突き返せよ、俺達ぁ知ったこっちゃねえ」
「ですがあの、もうやるって決まってしまったことのようなので、言っても効果があるかどうか……」
「はあ?何勝手に決めてんだあいつら、俺らがいつOK出したってんだ!」

眉を顰めていた最年長の傍らで、腕組みにずっと貧乏揺すりをしていたバーミアのベテラン、導火線の非常に短いことで有名な彼が立ち上がって、「おい!」と前方に座っている組合上層部を指さした。

「あんたらはどう考えてんだ組合!職人を守るのがあんたらの仕事だろうが。俺らが飯の食い上げになるかってのに、あんたらは何も考えずにはいはいって国の言いなりかよ、誰の、何のための組合だ!それともあんたら何か、国の犬にでも成り下がったのか!?」

上層部が慌てて始めた弁明は、会場に弾けた怒号によって遮られた。
一部が立ち上がって前方の上層部に詰め寄っていく光景があった。
ベテランもその1人で、確か副会長である人の襟首を掴んで怒鳴り付けている。
バーミアの最年長も立って、知り合いらしい数人の輪に混ざっていき、深刻な顔で話し合っている。
付き合っていられるかと退出していく者の姿もある中で、途中からメモの手を止めていたカレンは、独り椅子から立ち上がれなくなっていた。
これからは、今まで通りの仕事ができなくなるかもしれないのだ、とカレンは呆然とした。
もう決まったことだと組合は言っていた。
どういう手順でリスト作りがされるかは明らかではなかったが、いずれ職人は手の内を暴かれる。
カレンは別に、魔法のかけ方そのものは秘密にしていないが、仕事の過程を一切誰にも漏らさない職人の方が多い。
開示を拒んだ職人に対し、国がペナルティを科すつもりなら、廃業者が続出するだろう。

それに誰かが言っていたが、リストの使い方も信用できるものではない。
賢者の石の精製に当たって、協力を要請する職人の目星をつけるのにはすぐに使われるだろう。
要請を断った者は、何らかの形で強制する措置を今準備しているかもしれない。
警護に使うと宣言しているのを逆手に取って、危険な技術を持つと認定し、監視対象にすることも、あり得ないわけではない。

このような激しい反発は、バーミアの組合だけで運動されたのではないことを、カレンは祈った。
もう決まったと言っているが、国中の組合が結束すれば覆るかもしれない。
国がこのまま、この理不尽な要求を押し通せば、職人数は先細り、ものづくりは衰退し、結局のところ国力が下がることにならないか。
まさか錬金術が、その分をも補う起死回生の一手であると、全てを託しているのだろうか。
賢者の石と錬金術さえ成功すれば、それを成し遂げた者だけを囲っておけば、その他の職人はいてもいなくても構わないという意図なのか。
それに、将来賢者の石を精製できてしまったその職人は、素材屋の店主の言う通り、金を生み出し続けるため、そして技術の流出を防ぐために、一生庇護という名の軟禁下に置かれるのだろう。

(私はものづくりを続けて行けるのだろうか)

生まれた頃から住んでいる国が、国民として、職人としてはさらに生きづらい場所に変わり、居場所を削がれていく。
カレンは、未だ収拾が付かず怒号が止まない会場で身震いした。
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