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(15)賢者の石⑭
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カレンが生まれた土地、実家のあるポルトカリは、バーミアからの直行便はなく、一度州都に出て、そこから馬車で移動する。
バーミアからポルトカリまでは、馬車便の接続がうまく行けば2時間半の道程であり、決して遠くない。
遠くないのに今まで帰っていなかった自分の無精から、今カレンは攻撃されている。
どうすればいいか、どうなるだろうかと悩むことは数多くあったが、馬車に揺られて何もしなくても良い間にも、解決法を現実的に考えることはできず、意識は不安の上を漂っているだけだった。
ポルトカリの小さな駅は、建物こそは変わっていなかったが、駅からの眺めは薄れた記憶と照らし合わせても前と違っていると気付かせるのに十分だった。
そこには確か小物を売っている店があったはず、あそこには2階建てがなかっただろうか、そう思いながらまるで余所者のように通りを歩き始めた。何年ぶりに帰って来たのだっけ、と暗算をしてみたが、10数年、の数年部分がやり直すたびに異なる数字になって、最後には諦めた。
住民の入れ替わりはバーミアでもしばしば起こることであり、劇的な事件では決してないのだが、思い出をモザイク状にするには十分な出来事で、一度不鮮明になればもはや復元できない。
同窓生も、町に残っている者、離れた者とさまざまなのだろうと思いながら、ずっと帰らなかったカレンが今更心を寄せるのは分不相応な気にもなり、カレンは次第に俯きがちになっていった。
擦れ違う人にもそう思われているような気がして、きょろきょろとはしながらも、余計に下を向きながらさすがに忘れてはいない家路を辿る。
同じスタフィー州内の町であるのに、随分と遠いところから帰って来た気分で、カレンは駅から15分ほど歩いていった。
両親とローズの住む実家は、町内の主要道路から1本入った道路沿いの、家が立ち並ぶ区画にあった。
外観は何も変わるところがないのを少し離れたところから眺めて、カレンは鼻の奥がつんとした。
帰って来たという感慨と同時に、こうなる前に帰って来るべきだったという無駄な後悔が押し寄せる。
人通りの少ない場所で佇んでいるのは大分不審者じみているのに、カレンはその場からなかなか動けずにいたが、唐突に家の窓が開き、顔を出した母に「あら、何してるの」と声をかけられて心拍が跳ねた。
「ちょっと見てた。この前はごめん、でした」
同時に押されるように足も前に出て、ついでに言葉も零れる。
「この前?」
小走りで家の門を潜り、訝し気な母に「熱出した時、来てもらって」と伝えると、「ああ何、そんなこと」と母は顔を引っ込め、少しして玄関が押し開けられた。
「はいおかえり。お昼は?食べたの?」
「た、だいま」
熱のない目で見た、10数年経った母は、顔と首の皺が隠れなくなっていたが、話し方は何も変わったところはなく、この町で実家だけがカレンの時間軸に沿って存在しているように感じられた。
家の中も、物の配置が多少変わっているだけで、壁床も家具も昔と同じ顔をカレンに向けてくれていた。
「お父さんとローズは?」
「お父さんは買い物。ローズはお仕事」
「え、ローズって仕事してるの」
「あら手紙に書かなかったっけ。してるわよ、一応ね。25歳を過ぎた人がいつまでも遊んでるわけにはいかないでしょ」
妹のローズは、バーミアのカレンのところに押しかけて来ても用件とそれに関係する話しかしないと徹底しているため、仕事の話は完全に初耳だった。
ローズは結局、魔法不使用者として、仕事も魔法を使わずに済む、レストランのホールスタッフの仕事を選んだという。
まだ熱意を失っていない踊りの費用と時間が何よりも大事、という意気込みでパートタイムにしているらしいが、自分に都合良く生きたい性質が社会の波とぶつかり、本人曰く試練を受けているそうだ。
働いてはいるがずっと一人親方で来たカレンは、顧客との摩擦はあったが、組織内での苦労というのは体験したことがない。
カレンにするような、とにかく諦めない手を変え品を変えの要求が、うまく活きる場所ならいいだろうが、とカレンは旗色が妹にとって良く変わるように内心で祈った。
リビングに入った母が、そういえばと振り返った。
「あんた、今日泊まらないの?帰るの?」
手紙で帰ると知らせていたはずだが、配達をカレンが追い抜いてしまったのだろうかと少し慌て、また怯みながら「帰ろうと思ってるんだけど」と答える。
「あれ、返事って届いてなかった?」
「届いてたけど。とんぼ返りじゃない。何、そんなに忙しいの」
「忙しいは忙しいよ」
カレンは、実家を訪れた理由を再度意識の中心に据えた。
そうだ、忙しいのだ、魔法使いになるために生活の全て注ぎ、最短最速で試験を通過しなければならないのだ。
そのために、1分1秒も無駄にできない。
両親に相談をして、その結果どうなるかは分からないが、得た答えに合わせて行動しなければならない。
万が一断られたら、仕事をどこまで絞れば勉強と生活とがきりぎり両立できるかを急いで考えなければならない。
バーミアからポルトカリまでは、馬車便の接続がうまく行けば2時間半の道程であり、決して遠くない。
遠くないのに今まで帰っていなかった自分の無精から、今カレンは攻撃されている。
どうすればいいか、どうなるだろうかと悩むことは数多くあったが、馬車に揺られて何もしなくても良い間にも、解決法を現実的に考えることはできず、意識は不安の上を漂っているだけだった。
ポルトカリの小さな駅は、建物こそは変わっていなかったが、駅からの眺めは薄れた記憶と照らし合わせても前と違っていると気付かせるのに十分だった。
そこには確か小物を売っている店があったはず、あそこには2階建てがなかっただろうか、そう思いながらまるで余所者のように通りを歩き始めた。何年ぶりに帰って来たのだっけ、と暗算をしてみたが、10数年、の数年部分がやり直すたびに異なる数字になって、最後には諦めた。
住民の入れ替わりはバーミアでもしばしば起こることであり、劇的な事件では決してないのだが、思い出をモザイク状にするには十分な出来事で、一度不鮮明になればもはや復元できない。
同窓生も、町に残っている者、離れた者とさまざまなのだろうと思いながら、ずっと帰らなかったカレンが今更心を寄せるのは分不相応な気にもなり、カレンは次第に俯きがちになっていった。
擦れ違う人にもそう思われているような気がして、きょろきょろとはしながらも、余計に下を向きながらさすがに忘れてはいない家路を辿る。
同じスタフィー州内の町であるのに、随分と遠いところから帰って来た気分で、カレンは駅から15分ほど歩いていった。
両親とローズの住む実家は、町内の主要道路から1本入った道路沿いの、家が立ち並ぶ区画にあった。
外観は何も変わるところがないのを少し離れたところから眺めて、カレンは鼻の奥がつんとした。
帰って来たという感慨と同時に、こうなる前に帰って来るべきだったという無駄な後悔が押し寄せる。
人通りの少ない場所で佇んでいるのは大分不審者じみているのに、カレンはその場からなかなか動けずにいたが、唐突に家の窓が開き、顔を出した母に「あら、何してるの」と声をかけられて心拍が跳ねた。
「ちょっと見てた。この前はごめん、でした」
同時に押されるように足も前に出て、ついでに言葉も零れる。
「この前?」
小走りで家の門を潜り、訝し気な母に「熱出した時、来てもらって」と伝えると、「ああ何、そんなこと」と母は顔を引っ込め、少しして玄関が押し開けられた。
「はいおかえり。お昼は?食べたの?」
「た、だいま」
熱のない目で見た、10数年経った母は、顔と首の皺が隠れなくなっていたが、話し方は何も変わったところはなく、この町で実家だけがカレンの時間軸に沿って存在しているように感じられた。
家の中も、物の配置が多少変わっているだけで、壁床も家具も昔と同じ顔をカレンに向けてくれていた。
「お父さんとローズは?」
「お父さんは買い物。ローズはお仕事」
「え、ローズって仕事してるの」
「あら手紙に書かなかったっけ。してるわよ、一応ね。25歳を過ぎた人がいつまでも遊んでるわけにはいかないでしょ」
妹のローズは、バーミアのカレンのところに押しかけて来ても用件とそれに関係する話しかしないと徹底しているため、仕事の話は完全に初耳だった。
ローズは結局、魔法不使用者として、仕事も魔法を使わずに済む、レストランのホールスタッフの仕事を選んだという。
まだ熱意を失っていない踊りの費用と時間が何よりも大事、という意気込みでパートタイムにしているらしいが、自分に都合良く生きたい性質が社会の波とぶつかり、本人曰く試練を受けているそうだ。
働いてはいるがずっと一人親方で来たカレンは、顧客との摩擦はあったが、組織内での苦労というのは体験したことがない。
カレンにするような、とにかく諦めない手を変え品を変えの要求が、うまく活きる場所ならいいだろうが、とカレンは旗色が妹にとって良く変わるように内心で祈った。
リビングに入った母が、そういえばと振り返った。
「あんた、今日泊まらないの?帰るの?」
手紙で帰ると知らせていたはずだが、配達をカレンが追い抜いてしまったのだろうかと少し慌て、また怯みながら「帰ろうと思ってるんだけど」と答える。
「あれ、返事って届いてなかった?」
「届いてたけど。とんぼ返りじゃない。何、そんなに忙しいの」
「忙しいは忙しいよ」
カレンは、実家を訪れた理由を再度意識の中心に据えた。
そうだ、忙しいのだ、魔法使いになるために生活の全て注ぎ、最短最速で試験を通過しなければならないのだ。
そのために、1分1秒も無駄にできない。
両親に相談をして、その結果どうなるかは分からないが、得た答えに合わせて行動しなければならない。
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