立ちはだかるは魔獣の王から毒親まで⁉︎ 少年剣士と翼の少女と仲間たちの、絆と成長の物語 ー鋼魂戦記(こうごんせんき)ー

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キサラギの里編

第55章 切り裂かれる静寂

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キサラギの里で、当主ジルとの交渉を終えたメタル、レイチェル、ジェノの3人は、一度ガンダラ王都へと舞い戻ると、その足でスカーフェイスの元へと向かった。

「ティルの治療はキサラギの里で、オーバーテクノロジーのレプリカを使って行うことが条件か。今のティルを動かすのは心配だが、やむを得ないな。」

医務室で、スカーフェイスは溜息をついて、黒衣を揺らした。

「実の娘がこんなに大変な目に遭っているのに、色々と条件を引き出して、『商談』だなんて。あの時は私も、ティルのためにと思って提案を出しましたけど、やっぱりあのお母さんのこと、苦手かもです。」

レイチェルは、今回の成り行きに心の底からは腹落ちしていないようで、伏目がちにこぼしている。

「あの当主にも、里をまとめる者としての立場がある。私情に任せて例外を作れば、里の統率が損なわれるだけじゃなく、周りの者がティルを見る目も厳しくなったかもしれない。当主の腹の内の全ては分からないが、やむを得ないだろう。むしろ、私情に任せて話が錯綜するより、スムーズだったかも知れないな。」

ジェノは、当主ジルの立場に理解を示しつつ、現状を前向きに捉えようとしている。

「使わせてもらえるのはレプリカか。ティルのお父さん、優しそうだったけど、どこか少し頼りないというか。本物じゃなくて大丈夫かな?」

メタルも、話が前に進んで良かったと思う一方で、まだ引っかかっている点を口にした。

しかし、スカーフェイスの見解は意外なものだった。

「むしろ好都合かもしれないぞ。本物のオーバーテクノロジーを使うと、かえって制御が難しく、思わぬ結果を招くかもしれない。例えば、効き目が強すぎて、ティルの魂を完全に抜き出してしまい、戻せなくなるとかな。」

腹の奥がヒュッと冷やされるような一言だ。
メタルとレイチェルは思わず肩をすくめる。

「・・・!レプリカの方が安全かも知れないってことか。」

「その父親も、妥協案を出しただけじゃなく、ティルの身を案じていたのかも知れないぞ?」

「だといいんですけど。」

バンの肩を持つスカーフェイスに、レイチェルは口を尖らせて、じっとりとした視線を投げた。

ティルの治療は、交渉の翌日に早速行われることになった。

軍の救急車両へと、寝台に乗せられたティルが運ばれていく。
顔は青白く、長く続いた寝たきり生活のために、検査着の裾から覗く手足は、枯れ枝のように細く乾いている。
生気にあふれて躍動していた『飛行少女』の見る影もない姿。

「ティル・・・!大丈夫だから。必ず、助けるから。」

目を閉ざしたままのティルを見つめ、メタルは、いたたまれない気持ちが溢れ出しそうになるのを、拳を固く握りしめて耐えながら、同じ車両に乗り込む。
護衛として同伴することになったレイチェルとジェノも、神妙な顔つきだった。

「目が覚めたら、いっぱいお話しましょうね。もっとティルのこと、聞きたいです。」

レイチェルは、関節のこわばった手をさするようにぎゅっと包み込んだ。

・・・

今回、キサラギの里には、メタル達3人の他に、スカーフェイスも同行することが決まっていた。

「偵察と交渉は、国王の指示どおり、お前達に任せたが、治療の現場には立ち合わせてもらう。これは、主治医としての責務だ。」

心強い限りだ。
空輸任務で自分達を翻弄し、猛威を振るった特別強化機兵、マッハネオグライダーの姿を思い返す。
実際の所、万が一治療中に、エクトプラズマーや特別強化機兵が襲って来たら、メタル達だけでは自分達の身を守るのに精一杯だと思われた。
ジルを筆頭に、キサラギの里の忍達の強さが折り紙つきなのは肌で感じていたが、やはりS級戦士の出撃は、一際頼もしい。

なお、シェリーもティルのことを気にかけ続けていたが、今回の治療への立ち会いは、見送られていた。
王国北部の『防衛ラインゼロ』で、直属部隊を率いて魔獣と交戦中だったガルドから、増援の要請を受けて、シェリーも出撃することになったためだった。

魔獣の支配領域と接する北部の前線には、砦を守る常駐の部隊に加えて、S級戦士(軍の医療体制の根幹を支えるスカーフェイスを除く)も時折交代しながら定期的に出向くことになっていた。
少し前に北部前線に出撃していたバルトスとギーメルと交代する形で、現在はガルドが出向いていたが、ここに来て、魔獣側から想定以上の攻勢にさらされたとの一報が入り、次の当番だったシェリーが、前倒しで応援に駆けつけることになったのだった。その間、バルトスとメイカは、他の事案に備えつつ、王都の守護に当たる。

「あのガルドから増援の依頼が来るなんて、ただ事じゃない。今は北部の前線に行かなきゃいけない。ティルのこと、頼んだよ。」

「あのガルドさんが、苦戦している⁉︎」

メタルは、鋼魂精鋭隊の入隊試験で主審を務めていた、迷彩服に身を包んだ豪傑の姿を思い起こす。往年の経験に裏打ちされているであろう豪快な高笑い。

ガルドとは小さい頃から師弟関係にあったジェノも、にわかに複雑な面持ちを浮かべるが、それは一瞬の残影としてすぐに沈む。

「・・・それぞれの持ち場でベストを尽くす。それだけのことだ。」

言葉は短かったが、それは師であるガルド、そしてシェリーに対する信頼に裏打ちされていた。

「・・・そうだね。」

シェリーもまた、短く返す。
本当は、自分もキサラギの里に同行して、見守りたい気持ちでいっぱいだったが、王国内に、魔獣の支配領域に生息する危険度の高いモンスターを、易々と侵入させるわけには行かない。
後ろ髪を引かれる思いに駆られながらも、メタル達に託し、使命感を胸に、北部の前線へと赴いたのだった。

・・・

ティルの治療は、キサラギ本家の中で行われることになった。
案内役の忍に導かれて最短ルートで『神隠しの森』を抜け、キサラギの里に到着すると、ティルはキサラギ本家の屋敷、父親のバンの研究室へと運ばれた。

「っ!・・・ティル。」

痛ましい姿で戻って来た娘の姿に、バンは思わず声を漏らしてうつむいたが、すぐに視線を上げると、オーバーテクノロジー『黒き十字架』のレプリカを増幅装置にセットする。その目は研鑽を積んだ技術者、そして、1人の父親のものでもあり、粛々と機材の配線をつないでいく手つきに、一切の迷いはなかった。

そんな様子を見守りながら、当主ジルは口を開かない。瞳を閉ざしたまま研究室の片隅に佇み、バンが組み立てた機器の立ち上がる音を、耳の奥でただ感じていた。

スカーフェイスは、特別に研究室の中に入り、その一角に居座る。
里の機密上、治療行為には参加せず、詳細は目に触れないだけの距離は保ちつつ、万が一ティルに何かあればすぐに対処できる位置で待機することになった。

「もどかしいものだな。」

スカーフェイスは独りごちる。

脳裏には、かつて魔獣の襲撃で命を奪われた、妻と子供達の姿が浮かぶ。
運命の歯車が狂ったあの日をきっかけに目覚めた、魂気使いとしての力と、治癒能力。大切な命が2度と自分の手からこぼれ落ちないように、との思いで作り上げた『リペアボディ』は、破格の肉体修復力を誇るが、穴も多い。
スカーフェイス自身や、人体のブラックボックスである脳、そして魂に関わる不調も対象外なのであったが、老化や衰弱などの、肉体に自然に起こる変化を戻すことも、不可能だった。
これ以上、治癒能力の使用条件を緩和するには、直接的な戦闘能力を大きく犠牲にする必要がある。
しかし、大切な者を守り抜くには戦闘力も失うわけにはいかない。
スカーフェイスは、治療者と戦士の狭間で、常に揺れ動いていた。

メタル、レイチェル、ジェノの3人は、キサラギ本家の屋敷周辺で見張りをしていた。
万が一の敵襲に備えてのことだった。

静かに時が過ぎていく。
キサラギ本家の外で、里の日常はいつも通りに流れる。
往来に混ざる忍服姿。
工作任務の売り込みに出かける使者。
訓練を終えた後も、的当て遊びに興じる子供たち。

寝台に横たわったティルは、なおも動かない。

いつしか日が落ち、里にさらなる静けさに包まれるかと思ったその時、森の一角で天を刺すような閃光が立ち上がると、空気が変わった。
森を包んでいた隠蔽術が、消え去った。

「(これは⁉︎隠蔽術式の源である、キサラギ家の墓に、何かあったのか?」

本家の研究室に佇んでいたジルが、肌で異変を感じ取る。

里に緊急事態を告げる警鐘が鳴り響き、夜の静寂を切り裂いた。








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