『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~

まさき

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第16話 「はじめて、ちゃんと伝える」

 第16話 「はじめて、ちゃんと伝える

 その日は、空気が少しだけやわらかかった。
 
 
 歩き慣れた道なのに、なぜか違って見える。
 
 
 理由は、はっきりしていた。
 
 
 隣にいる人が変わった――いや。
 
 
 変わったのは、きっと自分のほうだ。
 
 
「今日は、少し遠回りしましょうか」
 
 
 彼の何気ない言葉に、私は一瞬だけ考える。
 
 
 けれどすぐに、小さく頷いていた。
 
 
「……はい」
 
 
 娘は嬉しそうに先へ駆けていく。
 
 
 その後ろを、二人で歩く。
 
 
 並んでいる距離が、ほんの少しだけ近い。
 
 
 その距離が、やけに意識される。
 
 
 胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
 
 
「……あの」
 
 
 彼が、少しだけ声を落とした。
 
 
「少しだけ、いいですか」
 
 
 足が止まる。
 
 
 空気が、わずかに変わる。
 
 
「はい」
 
 
 自然と、彼のほうを向いていた。
 
 
 彼もまた、ゆっくりとこちらに向き直る。
 
 
 少しだけ、緊張した表情。
 
 
 でも、逃げてはいない。
 
 
 まっすぐに、向き合おうとしている。
 
 
「僕は……」
 
 
 一度、言葉を切る。
 
 
 そして、小さく息を吸う。
 
 
「あなたのことが、好きです」
 
 
 はっきりとした言葉。
 
 
 飾りも、迷いもない。
 
 
 まっすぐな気持ち。
 
 
 その言葉が、胸の奥に深く落ちていく。
 
 
 心臓が、強く跳ねる。
 
 
 でも――逃げたいとは思わなかった。
 
 
 むしろ、その言葉を聞けてよかったとすら思う。
 
 
 私は、ゆっくりと息を整える。
 
 
 そして、彼の目をしっかりと見た。
 
 
「……私も」
 
 
 一度、言葉を区切る。
 
 
 胸の奥にある気持ちを、ちゃんと形にするために。
 
 
「あなたのことが……好きだと思っています」
 
 
 はっきり「好き」と言い切るのは、少しだけ勇気が足りなかった。
 
 
 でも、それでもいいと思えた。
 
 
 今の気持ちを、偽らずに伝えることが大切だと感じたから。
 
 
 彼が、わずかに目を見開く。
 
 
 そして、すぐに柔らかく笑った。
 
 
「……それは、嬉しいです」
 
 
 その言葉に、胸の奥がふっと軽くなる。
 
 
 遠くで、娘の声が聞こえた。
 
 
「おかーさん!」
 
 
 はっとして振り向く。
 
 
 娘が、こちらを見て笑っている。
 
 
 その笑顔に、自然と私も笑顔になる。
 
 
 彼もまた、娘の方を見ていた。
 
 
 その横顔は、とても穏やかだった。
 
 
 ――ああ。
 
 
 この人となら。
 
 
 その思いが、静かに確かなものへと変わっていく。
 
 
 言葉にしたことで、距離が変わった。
 
 
 けれどそれは、怖い変化ではなかった。
 
 
 むしろ――
 
 
 やっと、ここから始まる。
 
 
 そんな感覚だった。
 
 
 自然に、また歩き出す。
 
 
 今度は、少しだけ近い距離で。
 
 
 隣にいることが、当たり前になっていく。
 
 
 その変化が、静かに嬉しかった。
 
 
 ――ああ。
 
 
 私は今。
 
 
 ちゃんと、誰かと恋をしている。
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