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第31話 ヴァルター侯爵家完全ざまぁ
第31話 ヴァルター侯爵家完全ざまぁ
発表は、最初の三十分は静かだった。
リアナは理論書に沿って話した。魔法陣設計における魔力損失の原因。従来の解決策とその限界。父とカサレス前辺境伯が着目した理論の核心。そしてリアナ自身がアーシェルで積み上げた検証結果。
広間の空気が変わったのは、検証データを示したときだった。
「魔力損失の改善率、平均三十二パーセント。特定の石材との組み合わせでは、最大四十七パーセントの改善を確認しています」
どよめきが起きた。
研究員たちが顔を見合わせた。数字の意味がわかる人間には、これがどれだけ異常な数値かわかった。従来の改善策が、精度を上げても数パーセントの改善にとどまっていたからだ。
端の方で、ヴァルター侯爵家の人間たちが動いた。
質疑の時間になった。
最初に手を挙げたのは、侯爵家の研究員だった。四十代の男で、協会内での発言力があると、ボッシュから事前に聞いていた。
「ヴェイル氏に伺います。この理論、検証はアーシェルの一工房で行ったものですね」
「そうです」
「再現性の担保はどうなっていますか。一工房での結果が、普遍的に通用するという根拠は」
リアナは答えた。
「検証は六ヶ月間、百三十七回行いました。石材の産地を変え、設計規模を変え、施工者を変えて実施しています。結果は記録書の第四章に全件記載しています。再現性については、数値をご確認ください」
男が少し黙った。想定より詳細な答えが来たからだ。
別の手が挙がった。今度は三十代の女性研究員だった。
「理論の核心部分ですが、これは十年ほど前に発表されたマーレン理論と類似点が多い。独自研究とは言えないのではないですか」
広間がざわついた。リアナは動じなかった。
「マーレン理論との類似点は、補助式の構造の一部です。しかし、マーレン理論は魔力の流れの均一化を目的としており、損失の根本原因には触れていません。本理論は損失の発生点を特定し、設計段階で排除する全く別のアプローチです。類似点と同一性は別の話です」
女性研究員が黙った。
質問が続いた。五人、六人。全員がヴァルター侯爵家の関係者だとわかった。質問の角度が似ていた。準備してきた言いがかりを、順番に出しているだけだった。
リアナはすべてに答えた。
焦らなかった。怒らなかった。ただ、根拠を持って、一つずつ答えた。百三十七回の検証が、今ここで意味を持った。
七人目の質問が終わったとき、広間が静かになった。
ヴァルター侯爵家の人間たちが、これ以上何も出せないでいた。
そのとき、ゴードンが立ち上がった。
広間の視線が集まった。白髪の老人が、木箱を持って演台の横に立った。
「ボッシュ研究員。発言を許可してもらえるか」
ボッシュが頷いた。
「ゴードン・ファレルです。かつてこの協会に籍を置いていました」
広間がざわめいた。古い研究員の何人かが、顔色を変えた。
「三十年前、私はある設計理論を開発しました。しかし発表の直前、その理論がヴァルター侯爵家によって写し取られ、別の研究員の名前で発表されました。私が協会に訴えたとき、証拠不十分として握りつぶされました」
静まり返っていた。
「今日、木箱の中にある記録をお見せします。開発当時の設計図、計算記録、日付入りの草稿。これと、当時ヴァルター侯爵家から発表された理論を比較すれば、どちらが先かは明らかです」
端の方で、ヴァルター侯爵家の人間の一人が立ち上がった。
「言いがかりだ。三十年前の話を今さら——」
「今さら、ではありません」
ボッシュが静かに言った。
「ヴェイル氏の父、ランドル・ヴェイルの研究も、侯爵家によって盗まれています。三十七冊のノートは現在も侯爵家が保有している。同じことが、三十年の間に二度起きています。これは偶然ではありません」
広間が完全に静まり返った。
ヴァルター侯爵家の人間たちが、互いを見た。何か言おうとした者もいた。でも、言葉が出なかった。ゴードンの木箱がある。ボッシュの発言がある。何より、リアナの百二十ページの理論書がある。
全部、本物だった。
「協会として、調査委員会を設置します」
ボッシュが広間全体に告げた。
「ヴァルター侯爵家による研究盗用の疑いについて、正式な調査を行います。結果が出るまでの間、侯爵家の研究員による協会内での発言権を一時停止します」
「待て、それは——」
「議事規則第十二条に基づく措置です。異議があれば、正式な手続きを経てください」
ヴァルター侯爵家の人間が黙った。
広間に、静かな空気が満ちた。嵐のあとのような静けさだった。
リアナは演台の上で、広間を見渡した。
研究員たちが、リアナを見ていた。品定めではなかった。確認していた。この人間が本物かどうかを。
リアナは前を向いたまま、立っていた。
終わったのではなかった。調査委員会が動く。ヴァルター侯爵家がどう対応するかはまだわからない。でも、今日ここで、流れが変わった。
演台を下りると、ゴードンが待っていた。
何も言わなかった。ただ、木箱を持ち直して、頷いた。
リアナも頷いた。
それで十分だった。
ルシアンが近づいてきた。広間の外、廊下に出てから、短く言った。
「よくやった」
口癖でも、慰めでもなかった。ただ、事実として言っていた。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
リアナは少し、息をついた。
廊下の窓から、王都の空が見えた。青かった。雲がなかった。
父の名前が、今日ここに刻まれた。
消えない形で。
発表は、最初の三十分は静かだった。
リアナは理論書に沿って話した。魔法陣設計における魔力損失の原因。従来の解決策とその限界。父とカサレス前辺境伯が着目した理論の核心。そしてリアナ自身がアーシェルで積み上げた検証結果。
広間の空気が変わったのは、検証データを示したときだった。
「魔力損失の改善率、平均三十二パーセント。特定の石材との組み合わせでは、最大四十七パーセントの改善を確認しています」
どよめきが起きた。
研究員たちが顔を見合わせた。数字の意味がわかる人間には、これがどれだけ異常な数値かわかった。従来の改善策が、精度を上げても数パーセントの改善にとどまっていたからだ。
端の方で、ヴァルター侯爵家の人間たちが動いた。
質疑の時間になった。
最初に手を挙げたのは、侯爵家の研究員だった。四十代の男で、協会内での発言力があると、ボッシュから事前に聞いていた。
「ヴェイル氏に伺います。この理論、検証はアーシェルの一工房で行ったものですね」
「そうです」
「再現性の担保はどうなっていますか。一工房での結果が、普遍的に通用するという根拠は」
リアナは答えた。
「検証は六ヶ月間、百三十七回行いました。石材の産地を変え、設計規模を変え、施工者を変えて実施しています。結果は記録書の第四章に全件記載しています。再現性については、数値をご確認ください」
男が少し黙った。想定より詳細な答えが来たからだ。
別の手が挙がった。今度は三十代の女性研究員だった。
「理論の核心部分ですが、これは十年ほど前に発表されたマーレン理論と類似点が多い。独自研究とは言えないのではないですか」
広間がざわついた。リアナは動じなかった。
「マーレン理論との類似点は、補助式の構造の一部です。しかし、マーレン理論は魔力の流れの均一化を目的としており、損失の根本原因には触れていません。本理論は損失の発生点を特定し、設計段階で排除する全く別のアプローチです。類似点と同一性は別の話です」
女性研究員が黙った。
質問が続いた。五人、六人。全員がヴァルター侯爵家の関係者だとわかった。質問の角度が似ていた。準備してきた言いがかりを、順番に出しているだけだった。
リアナはすべてに答えた。
焦らなかった。怒らなかった。ただ、根拠を持って、一つずつ答えた。百三十七回の検証が、今ここで意味を持った。
七人目の質問が終わったとき、広間が静かになった。
ヴァルター侯爵家の人間たちが、これ以上何も出せないでいた。
そのとき、ゴードンが立ち上がった。
広間の視線が集まった。白髪の老人が、木箱を持って演台の横に立った。
「ボッシュ研究員。発言を許可してもらえるか」
ボッシュが頷いた。
「ゴードン・ファレルです。かつてこの協会に籍を置いていました」
広間がざわめいた。古い研究員の何人かが、顔色を変えた。
「三十年前、私はある設計理論を開発しました。しかし発表の直前、その理論がヴァルター侯爵家によって写し取られ、別の研究員の名前で発表されました。私が協会に訴えたとき、証拠不十分として握りつぶされました」
静まり返っていた。
「今日、木箱の中にある記録をお見せします。開発当時の設計図、計算記録、日付入りの草稿。これと、当時ヴァルター侯爵家から発表された理論を比較すれば、どちらが先かは明らかです」
端の方で、ヴァルター侯爵家の人間の一人が立ち上がった。
「言いがかりだ。三十年前の話を今さら——」
「今さら、ではありません」
ボッシュが静かに言った。
「ヴェイル氏の父、ランドル・ヴェイルの研究も、侯爵家によって盗まれています。三十七冊のノートは現在も侯爵家が保有している。同じことが、三十年の間に二度起きています。これは偶然ではありません」
広間が完全に静まり返った。
ヴァルター侯爵家の人間たちが、互いを見た。何か言おうとした者もいた。でも、言葉が出なかった。ゴードンの木箱がある。ボッシュの発言がある。何より、リアナの百二十ページの理論書がある。
全部、本物だった。
「協会として、調査委員会を設置します」
ボッシュが広間全体に告げた。
「ヴァルター侯爵家による研究盗用の疑いについて、正式な調査を行います。結果が出るまでの間、侯爵家の研究員による協会内での発言権を一時停止します」
「待て、それは——」
「議事規則第十二条に基づく措置です。異議があれば、正式な手続きを経てください」
ヴァルター侯爵家の人間が黙った。
広間に、静かな空気が満ちた。嵐のあとのような静けさだった。
リアナは演台の上で、広間を見渡した。
研究員たちが、リアナを見ていた。品定めではなかった。確認していた。この人間が本物かどうかを。
リアナは前を向いたまま、立っていた。
終わったのではなかった。調査委員会が動く。ヴァルター侯爵家がどう対応するかはまだわからない。でも、今日ここで、流れが変わった。
演台を下りると、ゴードンが待っていた。
何も言わなかった。ただ、木箱を持ち直して、頷いた。
リアナも頷いた。
それで十分だった。
ルシアンが近づいてきた。広間の外、廊下に出てから、短く言った。
「よくやった」
口癖でも、慰めでもなかった。ただ、事実として言っていた。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
リアナは少し、息をついた。
廊下の窓から、王都の空が見えた。青かった。雲がなかった。
父の名前が、今日ここに刻まれた。
消えない形で。
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