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陸上
第10話:最後に笑う男
第10話:最後に笑う男
拠り所をすべて失い、僕という「優しい毒」だけを頼りに生きるようになった彼女は、ついに自ら母親との絆を断ち切った。
ある日の深夜、彼女はわずかな荷物だけを持って家を飛び出し、僕の用意した隠れ家へと逃げ込んできた。
「おじさん……もう、あの家にはいられない。私、おじさんのそばにいたい。おじさんの言うことなら、私、なんでもするから……」
僕の胸で震える彼女を、僕はただ黙って抱きしめた。
父親のような慈愛と、支配者の冷徹さを織り交ぜて。彼女が求めているのは、自分を全肯定してくれる絶対的な存在だ。それが、かつて母親が切り捨てた男であるという皮肉に、僕は暗い悦びを感じていた。
数日後。狂ったように娘を探し回っていたあの女から、僕の元に連絡が入った。
指定したのは、あのカフェだ。
「娘をどこへやったの!? あなた、あの子を誘拐したんでしょう! 警察に突き出してやるわ!」
テーブルを叩き、髪を振り乱して怒鳴るあの女。かつての女王の面影はなく、そこにはただの哀れな中年女がいた。
僕は、冷めたコーヒーを一口飲み、極めて冷静に告げた。
「警察? 呼びたければ呼べばいい。だが、彼女は自分の意志で僕を選んだんだ直。君という『怪物』から逃げるためにね」
「何を……! あなたみたいな、どこの馬の骨ともしれない男に何がわかるのよ!」
「よくわかるさ。十八年前、君が『用済み』だと笑って捨てた、あの男の気持ちならね」
あの女の顔から、血の気が一気に引いていく。
目の前の男が、自分が蔑み、記憶から消し去ったはずの「道具」であったこと。その男が今、自分の「最高傑作」であったはずの娘を、精神の深淵まで飼い慣らしている。
「あ……あ、ああ……っ!」
言葉にならない悲鳴を上げる彼女に、僕は最後の一撃を放つ。
「君の娘は、今、僕を本当の父親だと信じて生きているよ。君を拒絶し、僕を求めて。……君がどれだけ叫んでも、彼女は二度と君の元へは戻らない。君の十八年間は、すべて無駄だったんだ」
絶望に染まり、床に崩れ落ちるあの女を置き去りにして、僕は席を立った。
店を出ると、心地よい風が吹いていた。
自宅に帰れば、僕の正体を何も知らない愛する妻と、健やかに育つ実の娘が僕を待っている。
そして、あの女から奪い取ったあの少女は、これからも僕の影の中で、僕に依存しながら生きていくだけだ。
十八年。
長い、長い時間がかかったけれど。
僕が仕込んだ「凡庸」という種は、女王のプライドを内側から食い破り、最高の復讐を完成させた。
初春の光の中で、僕は今、心の底から笑っていた。
……だが、僕の指先には、まだあの忌まわしい感触がこびりついている。
陸の乾いた砂埃の匂いだけではない。
鼻腔の奥にこびりついて離れない、あの重苦しい塩素の匂いだ。
陸上の女を壊しても、僕の肺に溜まった「水」はまだ抜けていない。
あの更衣室の冷たいタイルの上で、僕の呼吸を奪い、僕を家畜として弄んだもう一人の女。
「鉄の女」と称えられ、今もどこかで優雅に息をしている水泳の女。
光溢れるリビングで、僕は愛する家族の笑い声を聞きながら、静かに次の招待状を書き始める。
復讐の宴は、まだ終わらない。
次は、あの冷たい水の底で、お前を窒息させてやる。
(完)
拠り所をすべて失い、僕という「優しい毒」だけを頼りに生きるようになった彼女は、ついに自ら母親との絆を断ち切った。
ある日の深夜、彼女はわずかな荷物だけを持って家を飛び出し、僕の用意した隠れ家へと逃げ込んできた。
「おじさん……もう、あの家にはいられない。私、おじさんのそばにいたい。おじさんの言うことなら、私、なんでもするから……」
僕の胸で震える彼女を、僕はただ黙って抱きしめた。
父親のような慈愛と、支配者の冷徹さを織り交ぜて。彼女が求めているのは、自分を全肯定してくれる絶対的な存在だ。それが、かつて母親が切り捨てた男であるという皮肉に、僕は暗い悦びを感じていた。
数日後。狂ったように娘を探し回っていたあの女から、僕の元に連絡が入った。
指定したのは、あのカフェだ。
「娘をどこへやったの!? あなた、あの子を誘拐したんでしょう! 警察に突き出してやるわ!」
テーブルを叩き、髪を振り乱して怒鳴るあの女。かつての女王の面影はなく、そこにはただの哀れな中年女がいた。
僕は、冷めたコーヒーを一口飲み、極めて冷静に告げた。
「警察? 呼びたければ呼べばいい。だが、彼女は自分の意志で僕を選んだんだ直。君という『怪物』から逃げるためにね」
「何を……! あなたみたいな、どこの馬の骨ともしれない男に何がわかるのよ!」
「よくわかるさ。十八年前、君が『用済み』だと笑って捨てた、あの男の気持ちならね」
あの女の顔から、血の気が一気に引いていく。
目の前の男が、自分が蔑み、記憶から消し去ったはずの「道具」であったこと。その男が今、自分の「最高傑作」であったはずの娘を、精神の深淵まで飼い慣らしている。
「あ……あ、ああ……っ!」
言葉にならない悲鳴を上げる彼女に、僕は最後の一撃を放つ。
「君の娘は、今、僕を本当の父親だと信じて生きているよ。君を拒絶し、僕を求めて。……君がどれだけ叫んでも、彼女は二度と君の元へは戻らない。君の十八年間は、すべて無駄だったんだ」
絶望に染まり、床に崩れ落ちるあの女を置き去りにして、僕は席を立った。
店を出ると、心地よい風が吹いていた。
自宅に帰れば、僕の正体を何も知らない愛する妻と、健やかに育つ実の娘が僕を待っている。
そして、あの女から奪い取ったあの少女は、これからも僕の影の中で、僕に依存しながら生きていくだけだ。
十八年。
長い、長い時間がかかったけれど。
僕が仕込んだ「凡庸」という種は、女王のプライドを内側から食い破り、最高の復讐を完成させた。
初春の光の中で、僕は今、心の底から笑っていた。
……だが、僕の指先には、まだあの忌まわしい感触がこびりついている。
陸の乾いた砂埃の匂いだけではない。
鼻腔の奥にこびりついて離れない、あの重苦しい塩素の匂いだ。
陸上の女を壊しても、僕の肺に溜まった「水」はまだ抜けていない。
あの更衣室の冷たいタイルの上で、僕の呼吸を奪い、僕を家畜として弄んだもう一人の女。
「鉄の女」と称えられ、今もどこかで優雅に息をしている水泳の女。
光溢れるリビングで、僕は愛する家族の笑い声を聞きながら、静かに次の招待状を書き始める。
復讐の宴は、まだ終わらない。
次は、あの冷たい水の底で、お前を窒息させてやる。
(完)
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