幼馴染の騎士団長が、離縁した次の日から離してくれません 〜三年間そばにいてくれた彼は、ずっと本気だったようです〜

まさき

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第1話「愛人を連れた夫、その翌朝」

目が覚めたとき、隣は空だった。
もっとも、最初からそうだったから、驚きはない。クレアは静かに身を起こし、カーテンの隙間から差し込む朝の光を見つめた。
今日も、いい天気だ。
 
侯爵家に嫁いで、三年が経つ。
夫であるダリウス・モルガンとの暮らしは、婚礼の夜から既に終わっていた。彼は妻に関心がなかった。社交の場では隣に立たせ、屋敷では存在を無視する。それがこの三年間のすべてだった。
最初は悲しかった。次第に慣れた。そしていつからか、何も感じなくなった。
 
異変があったのは、昨夜のことだ。
馬車の音で目が覚めた。深夜に帰宅するのは珍しくない。だが今回は違った。玄関ホールに響く、高い笑い声。女の声だった。
クレアは部屋を出なかった。出る必要がないと思った。けれど廊下を歩く侍女のリナが、青ざめた顔で扉を叩いてきた。
「奥様……旦那様が、女性を連れて……」
それだけで十分だった。
 
クレアは夜明けまで、静かに考えた。
泣かなかった。怒りもなかった。ただ、ひとつのことだけが頭の中でゆっくりと形になっていった。
――ああ、終わりにしよう。
 
朝になった。
クレアは丁寧に身支度を整えた。いつもと変わらぬ薄いブルーのドレス。髪は簡単にまとめる。化粧は薄く。鏡の中の自分は、三年前より少し痩せていた。
机に向かい、便箋を一枚取り出した。
書いたのは短い文章だ。長々と綴る気持ちはなかった。ただ、事実だけを記した。
――私、クレア・モルガンは、本日をもって離縁を申し出ます。
署名をして、ダリウスの執務室の前に置いた。封もしなかった。読まれなくても構わなかった。
 
荷物はほとんど持たなかった。
嫁入り道具のほとんどは侯爵家のものだ。持ち出せるのは、実家から持ってきた小さな宝石箱と、数着の私物だけ。リナが泣きながら手伝ってくれた。
「奥様、本当によろしいのですか」
「ええ」
「お一人で、どちらへ……」
「大丈夫よ」
クレアは微笑んだ。嘘ではなかった。不思議と、心は凪いでいた。
 
屋敷を出る前、一度だけ振り返った。
三年間暮らした場所だ。広くて、冷たくて、いつも静かだった。庭の薔薇だけが毎年きれいに咲いた。それだけが好きだった。
引き止める者は、誰もいなかった。
ダリウスはまだ眠っているのだろう。使用人たちは目を伏せていた。クレアは小さく息を吐いて、門へと向かった。
 
重い鉄の門が、ゆっくりと開く。
一歩、外へ出た。
春の朝の空気が、頬に触れた。冷たくて、澄んでいた。三年ぶりに、本当の外の空気を吸った気がした。
――これで、終わった。
そう思ったとき。
 
「待っていました」
低く、静かな声がした。
クレアは顔を上げた。
門の前に、一人の男が立っていた。騎士団の制服を身につけ、まっすぐにクレアを見ている。日の光の中で、その顔は変わらず、穏やかだった。
「……ルーカス」
幼い頃から知っている顔だ。伯爵家の隣の屋敷で育った、一つ年上の幼馴染。今は王国騎士団長の地位にある。
 
「この屋敷の警護を担当していたの?」
「はい。この三年間、ずっと」
あまりにも静かな答えだった。
クレアはしばらく言葉が出なかった。三年間。この屋敷の外に、ずっと彼がいた。それを知らなかった。気づかなかった。
「知らせてくれればよかったのに」
「あなたが出てくるまで、声をかけるつもりはありませんでした」
ルーカスはそう言って、わずかに表情を和らげた。
「やっと迎えに来れた」
 
その一言が、三年間凍りついていた何かを、静かに溶かしていった。
視界がじわりと滲んだ。泣かないと決めていたのに。
「……馬鹿ね」
「そうかもしれません」
「三年も、待つことないでしょう」
「あなたが決めるまで待つと、昔から決めていましたから」
 
朝の光の中で、ルーカスがそっと手を差し伸べた。
クレアはその手を見つめた。大きくて、武骨で、でも温かそうな手だった。
少しだけ迷って――その手を取った。
 
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