幼馴染の騎士団長が、離縁した次の日から離してくれません 〜三年間そばにいてくれた彼は、ずっと本気だったようです〜

まさき

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第4話「ルーカスの屋敷へ」

ルーカスの屋敷での朝は、静かだった。
侯爵家では、朝から使用人たちの足音や扉の開閉音が絶えなかった。広すぎる屋敷に人だけが多く、それでもどこか殺伐としていた。ここは違う。必要なものが、必要なだけある。そんな落ち着きがあった。
クレアは窓辺に座り、庭の白い花を眺めながら温かい茶を飲んだ。三年ぶりに、朝をゆっくり過ごしている気がした。
 
「眠れましたか」
食堂へ向かうと、ルーカスがすでに席についていた。
「ええ、よく眠れたわ。久しぶりに」
「それはよかった」
短いやり取りだったが、不思議と居心地が悪くなかった。沈黙が苦にならない相手だと、昔から思っていた。
 
朝食は質素だったが、温かかった。
パンとスープと、季節の野菜を焼いたもの。侯爵家の豪奢な食卓とは比べものにならないが、クレアには十分だった。むしろ、こちらの方が好きかもしれない。
「料理人は一人なの?」
「はい。老夫婦に任せています」
「二人で切り盛りしているの?」
「私が質素な方なので、困っていないようです」
クレアはスープを一口飲んだ。素朴な味だった。体に沁みるような、温かさがあった。
 
食後、ルーカスは騎士団へ向かう支度を始めた。
制服に着替え、剣を腰に帯びる。その所作はよどみなく、長年の習慣が染みついているのがわかった。クレアは食堂の入り口から、なんとなくその様子を眺めた。
「見ていていいですよ」
気づかれていた。クレアは少し赤くなった。
「べつに、見ていたわけじゃ」
「昔も、剣の稽古をするといつも遠くから眺めていましたね」
「……覚えているの、そんなこと」
「ええ、まあ」
短い答えだった。クレアはそれ以上聞かなかった。
 
ルーカスは外套を羽織りながら言った。
「今日は屋敷を自由に使ってください。家令のバルトが何でも案内します。リナさんも来ているので、退屈はしないでしょう」
「……世話になりすぎているわね」
「気にしないでください」
「気にするわよ」
クレアはまっすぐルーカスを見た。
「ちゃんと、お返しがしたい」
ルーカスは少し間を置いた。それから、静かに言った。
「それがお返しになるなら、ここにいてください」
「……それだけでいいの?」
「今は、それで十分です」
 
ルーカスが出て行った後、クレアはしばらく玄関ホールに立っていた。
今は、という言葉が少し引っかかった。深く考えないようにした。でも、悪い気はしなかった。
リナが廊下の奥から駆けてきた。
「奥様! 今日は屋敷の中を見て回りましょう。広くて素敵なんですよ、庭も裏手にもう一つあって――」
「リナ、奥様はもうやめて」
「え?」
「クレアでいいわ。ここでは肩書きはいらない」
リナはぱちぱちと瞬きをして、それからにっこりと笑った。
「じゃあ、クレア様! 早く行きましょう」
 
その日、クレアは屋敷のすみずみを歩いた。
書庫には古い地図や植物の図鑑が並んでいた。温室には小さなハーブが育っていた。裏庭には古い石のベンチがあり、そこからは王都の屋根並みが見渡せた。
「ルーカス様、植物がお好きなんですって」
リナが嬉しそうに言った。
「意外ね」
「でしょう? 家令のバルトさんが教えてくれました。騎士団の仕事が休みの日は、よくここで本を読んでいるって」
クレアは石のベンチに腰を下ろした。王都の景色を眺めながら、ふと思った。
この人のことを、何も知らなかった。幼い頃から知っているつもりで、実は何も。
 
夕方、ルーカスが戻ってきた。
玄関で出迎えたクレアを見て、ルーカスはわずかに目を細めた。
「どうでした」
「温室のハーブ、少し手入れさせてもらったわ。植物、好きなの?」
「ええ。触れていると、落ち着く」
「意外」
「よく言われます」
クレアは少し笑った。ルーカスも、かすかに口元を緩めた。
それだけのことだったが、クレアの胸はなぜか、じんわりと温かくなった。
 
次回「三年間の告白」
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