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第22話「通達前」
第22話「通達前」
午後。
デスクに座っていると、内線が鳴った。
短い呼び出し音。
それだけで、背中が強張る。
「……はい」
受話器を取る。
『人事です。少しお時間いいですか』
事務的な声。
感情はない。
でも——逃げ場もない。
「……はい」
喉が乾く。
『今から、会議室Bに来てください』
それだけ。
通話はすぐに切れた。
数秒、動けなかった。
受話器を持ったまま。
頭が、うまく回らない。
でも——
行くしかない。
ゆっくりと立ち上がる。
周りの視線を、感じる。
誰も見ていないふりをしている。
でも、分かる。
全部、見られている。
足が、少し重い。
会議室Bの前に立つ。
ドアに手をかける。
一瞬、止まる。
逃げたい、と思う。
でも——逃げられない。
ゆっくりと、ドアを開ける。
「失礼します」
中には、三人いた。
人事の担当者。
昨日の上司。
そして——もう一人。
見慣れない顔。
たぶん、上の立場の人間。
「座ってください」
人事が淡々と告げる。
感情はない。
ただの手続きみたいに。
椅子に座る。
視線が集まる。
逃げ場は、どこにもない。
数秒の沈黙。
やがて、人事が口を開いた。
「現在、社内で一部の噂が広がっています」
前置き。
でも、内容は分かっている。
「それに関して、事実確認をさせていただきます」
丁寧な言い方。
でも——
実質は、尋問。
「……はい」
声が、少しだけ震える。
「特定の社員との関係についてです」
はっきりとした言葉。
もう、濁さない。
「業務外での不適切な関係があったかどうか」
核心。
真正面から来る。
逃げ道はない。
「……ありません」
反射的に答える。
昨日と同じ。
同じ言葉。
でも——
通用しない気がした。
人事はすぐには反応しなかった。
代わりに、隣の人物が口を開く。
「では、この資料は?」
テーブルに置かれる。
数枚の紙。
写真。
時系列。
簡単なまとめ。
——全部、揃っている。
「……っ」
息が詰まる。
視線が、動かない。
「説明をお願いします」
静かな声。
でも、圧がある。
「……その……」
言葉が出ない。
頭が回らない。
「仕事の相談で……」
絞り出す。
昨日と同じ言い訳。
でも——
「業務外の時間に?」
すぐに、遮られる。
冷静に。
「場所も含めて、不自然ですが」
淡々とした指摘。
逃げ道を、潰していく。
「……」
何も言えない。
言い返せない。
沈黙。
長い沈黙。
空気が、重い。
「現時点では」
人事が口を開く。
区切るように。
「事実関係を精査中です」
決定ではない。
でも——
安心でもない。
「ただし」
一瞬、間を置く。
「今後の対応については、検討段階に入っています」
その一言。
すべてを、示している。
処分。
異動。
降格。
言葉にはしない。
でも、意味は分かる。
「……はい」
それしか言えない。
「詳細は、改めて通達します」
終わりの合図。
でも——
終わりじゃない。
これから、始まる。
「今日は以上です」
人事が書類をまとめる。
視線はもう、こちらに向いていない。
用は済んだ、という態度。
夫はゆっくりと立ち上がる。
足が、少し震えている。
「……失礼します」
声が、かすれる。
ドアを開ける。
外に出る。
空気が、重い。
廊下を歩く。
何も考えられない。
ただ——
終わりに向かっていることだけが、はっきりしている。
席に戻る。
周りの空気は、変わらない。
でも——
もう違う。
さっきまでとは、完全に違う。
これは、噂じゃない。
手続きだ。
処理だ。
自分が、その対象になっている。
スマホを見る。
何も通知はない。
でも——
それでいいはずがない。
何もかもが、遅れてやってくる。
確実に。
逃げ場は、ない。
夫はゆっくりと椅子に座る。
視線が、落ちる。
そして——
小さく、呟いた。
——終わる。
午後。
デスクに座っていると、内線が鳴った。
短い呼び出し音。
それだけで、背中が強張る。
「……はい」
受話器を取る。
『人事です。少しお時間いいですか』
事務的な声。
感情はない。
でも——逃げ場もない。
「……はい」
喉が乾く。
『今から、会議室Bに来てください』
それだけ。
通話はすぐに切れた。
数秒、動けなかった。
受話器を持ったまま。
頭が、うまく回らない。
でも——
行くしかない。
ゆっくりと立ち上がる。
周りの視線を、感じる。
誰も見ていないふりをしている。
でも、分かる。
全部、見られている。
足が、少し重い。
会議室Bの前に立つ。
ドアに手をかける。
一瞬、止まる。
逃げたい、と思う。
でも——逃げられない。
ゆっくりと、ドアを開ける。
「失礼します」
中には、三人いた。
人事の担当者。
昨日の上司。
そして——もう一人。
見慣れない顔。
たぶん、上の立場の人間。
「座ってください」
人事が淡々と告げる。
感情はない。
ただの手続きみたいに。
椅子に座る。
視線が集まる。
逃げ場は、どこにもない。
数秒の沈黙。
やがて、人事が口を開いた。
「現在、社内で一部の噂が広がっています」
前置き。
でも、内容は分かっている。
「それに関して、事実確認をさせていただきます」
丁寧な言い方。
でも——
実質は、尋問。
「……はい」
声が、少しだけ震える。
「特定の社員との関係についてです」
はっきりとした言葉。
もう、濁さない。
「業務外での不適切な関係があったかどうか」
核心。
真正面から来る。
逃げ道はない。
「……ありません」
反射的に答える。
昨日と同じ。
同じ言葉。
でも——
通用しない気がした。
人事はすぐには反応しなかった。
代わりに、隣の人物が口を開く。
「では、この資料は?」
テーブルに置かれる。
数枚の紙。
写真。
時系列。
簡単なまとめ。
——全部、揃っている。
「……っ」
息が詰まる。
視線が、動かない。
「説明をお願いします」
静かな声。
でも、圧がある。
「……その……」
言葉が出ない。
頭が回らない。
「仕事の相談で……」
絞り出す。
昨日と同じ言い訳。
でも——
「業務外の時間に?」
すぐに、遮られる。
冷静に。
「場所も含めて、不自然ですが」
淡々とした指摘。
逃げ道を、潰していく。
「……」
何も言えない。
言い返せない。
沈黙。
長い沈黙。
空気が、重い。
「現時点では」
人事が口を開く。
区切るように。
「事実関係を精査中です」
決定ではない。
でも——
安心でもない。
「ただし」
一瞬、間を置く。
「今後の対応については、検討段階に入っています」
その一言。
すべてを、示している。
処分。
異動。
降格。
言葉にはしない。
でも、意味は分かる。
「……はい」
それしか言えない。
「詳細は、改めて通達します」
終わりの合図。
でも——
終わりじゃない。
これから、始まる。
「今日は以上です」
人事が書類をまとめる。
視線はもう、こちらに向いていない。
用は済んだ、という態度。
夫はゆっくりと立ち上がる。
足が、少し震えている。
「……失礼します」
声が、かすれる。
ドアを開ける。
外に出る。
空気が、重い。
廊下を歩く。
何も考えられない。
ただ——
終わりに向かっていることだけが、はっきりしている。
席に戻る。
周りの空気は、変わらない。
でも——
もう違う。
さっきまでとは、完全に違う。
これは、噂じゃない。
手続きだ。
処理だ。
自分が、その対象になっている。
スマホを見る。
何も通知はない。
でも——
それでいいはずがない。
何もかもが、遅れてやってくる。
確実に。
逃げ場は、ない。
夫はゆっくりと椅子に座る。
視線が、落ちる。
そして——
小さく、呟いた。
——終わる。
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