​『支配者の美学―女たちの「誠意」を査定する男―』

まさき

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​基盤の解体(ファウンデーション・リセット)

第3話:【保育園の先生】―慈愛の聖母を汚す、秘密の個人面談―【前編:パステルカラーの仮面と、八百万の代償】

第3話:【保育園の先生】―慈愛の聖母を汚す、秘密の個人面談―

【前編:パステルカラーの仮面と、八百万の代償】

「……本日も、お忙しい中ありがとうございます。監査担当の方をお迎えできて、光栄です」

僕を迎え入れたのは、この保育園の顔とも言える主任教諭の女だった。
場所は、我が社が福利厚生の目玉として運営する「企業内保育園」。都心の喧騒を眼下に見下ろす、大手商社ビルの最上階に位置するその場所は、子供たちの笑い声とパステルカラーの装飾に包まれた、ビル内唯一の「聖域」のように見えた。

彼女は、ふんわりとしたピンクのエプロンを身に纏い、見ているだけで心が洗われるような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。保護者であるエリート社員たちからは「理想の先生」と絶大な信頼を寄せられ、子供たちからは「第二のお母さん」のように慕われている、いわば現代の聖母だ。

だが、僕の持っているタブレット端末の奥深くには、その微笑みの裏側に隠された、あまりにも醜悪な「数字の綻び」が記録されていた。

「……いえ、これも仕事ですから。ですが、少し気になる不整合(エラー)がありましてね。……先生、他のスタッフを外して、二人きりで『個人面談』をさせていただけますか?」

僕の言葉に、彼女の肩が微かに揺れた。商社の「鉄の規律」を体現したような僕の三つ揃いのスーツと、一切の感情を排した声が、彼女の無意識下の罪悪感を刺激したのだろう。
「ええ、もちろんです。……こちらへどうぞ」

案内されたのは、園児たちが去った後の静かな相談室。
そこには低い椅子と、丸みを帯びた小さな机が並んでいる。僕のような大人の男が座るにはあまりにも不釣り合いで、幼稚な空間。だが、そのミスマッチさが、かえって僕という「侵略者」の威圧感を際立たせていた。

「それで、監査室の方が気になる点とは何でしょうか? 運営費はすべて帳簿通り、適正に処理されているはずですが……」

「先生、単刀直入に言いましょう。僕たち商社の人間は、数字が吐く嘘を見逃さない。……正確に言えば、あなたが園の備品購入費として管理している予備費から、特定の海外ギャンブルサイトへ定期的な送金が行われている形跡があります。……過去三年間で、総額八百万。違いますか?」

彼女の顔から、まるで魔法が解けたように色が失われた。数秒前まで浮かべていた聖母の微笑みは、見る影もなく崩れ落ちている。
「……それは……何かの間違いでは……」

「間違いではありませんよ。僕はあなたの私生活もすべて『査定』済みだ。……先生、あなたは重度のギャンブル依存症だ。夜な夜な、子供たちには見せられないような形相で画面の数字に縋り付き、足りなくなれば園の金に手を出し、さらには複数の消費者金融からも多額の借金をしている……。親の愛を知らない子供たちに愛を注ぐ一方で、自分は欲の泥沼に沈んでいる……。皮肉なものですね」

彼女の呼吸が激しくなり、パステルカラーのエプロンが大きく波打った。
「……お願いします。これだけは、本社の監査室に報告しないでください。……首になったら、私はもう生きていけません……子供たちとも、会えなくなってしまう……!」

彼女は椅子から滑り落ちるようにして僕の足元に膝をつき、必死に懇願した。その姿には、先ほどまでの威厳ある主任教諭の面影は微塵もない。

「報告するかどうかは、僕の裁量次第です。……ですが、商社という組織は、対価のない譲歩を認めない。……先生。あなたは、純真な子供たちに『正直に生きなさい』と教えている。なら、僕の前でも、その隠し持っている『汚れた本能』を正直に晒してもらおうか」

僕は彼女の顎をすくい上げ、震える瞳を覗き込んだ。
「……そのエプロンを脱ぎ、この机の上に上がりなさい。……子供たちには決して見せられない、借金まみれの『醜い女』としての真実を、僕が直々に監査(査定)してあげる。……それが、あなたの犯した罪を、商社の利益として還元するための第一歩だ」

彼女は涙を浮かべながら、震える手でエプロンの紐に指をかけた。
高層ビルの最上階、夕焼けが差し込む相談室で、慈愛の聖母が、商社の死神の前にその身を投げ出そうとしていた。

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