​『支配者の美学―女たちの「誠意」を査定する男―』

まさき

文字の大きさ
18 / 24
精神の隷属(マインド・ディミネーション)

第6話:【バイオリニスト】―孤高の旋律を切り裂く、不協和音の査定(前編)―

第6話:【バイオリニスト】―孤高の旋律を切り裂く、不協和音の査定(前編)―

【前編:黄金のホールと、才能の維持費】

都心の超一等地に建つ、荘厳なコンサートホールの楽屋。
扉の厚い防音壁を抜けて微かに漏れ聞こえるのは、つい先ほどまで数千人の聴衆を熱狂の渦に叩き落としていた、峻烈でいて繊細なバイオリンの旋律だ。アンコールを終え、興奮の余韻が残るその密室へ、僕はノックもせずに足を踏み入れた。

部屋の中央、豪華なカウチに腰掛けたその女は、まるで女王のように傲岸な態度で愛器を磨いていた。
世界的なコンクールを史上最年少で制覇し、今や「天上の調べ」と称賛される天才バイオリニスト。スポットライトを浴び続けたその瞳は高く、並の男など視界にすら入れないといった、凍てつくような美しさを湛えている。

「……何の用かしら。サインならマネージャーを通してちょうだい。今は私の『神聖な時間』なの。無粋な人間に入り込まれると、旋律が濁るわ」

彼女は僕を一瞥もせず、氷のように冷たい声で言い放った。その指先は、世界に数本しか現存しない名器を、まるで恋人を愛撫するかのように滑らせている。

「旋律が濁る、ですか。その旋律を維持するために、我が社がどれほどの裏金……失礼、スポンサー料を各方面にばら撒き、君の『清廉なイメージ』を買い支えているか、ご存知ないようで」

僕の言葉に、彼女の手がぴたりと止まる。鋭い視線がようやく僕を捉えた。
「……何のこと? 私は実力だけでこの場所に立っているわ。下卑た金の計算など、私の芸術には関係のないことよ」

「実力? 確かに指先の技術は一流だ。だが、君が今抱いているその三億円のバイオリン……。あれを海外の秘密オークションで競り落とし、無償で君に貸与している財団の正体を考えたことは?」

僕はゆっくりと彼女の背後に回り込み、その白磁のような耳元で冷徹な事実を囁く。
「あれは我が社の完全子会社、つまりダミーだよ。僕がその契約書を一枚破り捨てれば、明日からその名器は君の手を離れ、倉庫の闇に消える。さらに言えば、来月から始まる世界ツアー……主要なホールの支配人や有力な評論家たちは、すべて我が社の接待漬けだ。僕が指一本動かせば、君の『神聖な舞台』は一夜にして消滅し、残るのは三億円の賠償金と、無残に地に落ちた『元・天才』の肩書きだけだ」

彼女の頬が屈辱で赤く染まり、呼吸が次第に荒くなっていくのがわかる。
「……私を脅すつもり? 芸術を金で汚すなんて、最低だわ。ファンが黙っていない……っ」

「ファン? 彼らが愛しているのは、僕たちが作り上げた『高貴な天才』という偶像だ。例えば……君が夜な夜な、パトロンである政界の長老の寝室に通い、その地位を安売りしている不適切な写真。これが世に出れば、その偶像はどうなるかな? 君の奏でる音楽が、その汚らわしい真実に耐えられるとは思えない」

僕は震え始めた彼女の華奢な肩を、逃げ場を塞ぐように強く掴んだ。
「……何を、させたいの。金? それとも……」

「簡単なことだ。まずは君のその高貴な指先が、僕の支配に対してどこまで忠実か……僕自身の肉体で、直接確かめさせてもらおう。……さあ、査定の時間だ」

僕は彼女を、壁一面に広がる大きな鏡の前へと力任せに押しやった。
最高級のシルクドレスを纏う「芸術の女王」と、それを無慈悲に捕食しようとする冷徹な男。鏡に映るその残酷な対照図が、彼女のプライドが完全に崩壊する序曲を奏で始めていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

スパダリな義理兄と❤︎♡甘い恋物語♡❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
IT関係の会社を起業しているエリートで見た目も極上にカッコイイ母の再婚相手の息子に恋をした。妹でなくわたしを女として見て

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。