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第12話「四月の末、騎士たちが来た」
第12話「四月の末、騎士たちが来た」
四月の最終週、騎士団の新入りたちが来た。
十七名、馬で城門をくぐった。長旅の埃をかぶって、それでも背筋を伸ばしていた。若い顔が多かった。グレンが仁王立ちで出迎えて、一人一人に鋭い目を向けていた。
私は城の入口の少し後ろに立っていた。出迎えは伯爵夫人の務めだから、来た。それだけだった。
十七人の顔を、順番に確認した。
七番目に、見知った顔があった。
ヴィクター・レインズ。三年ぶりだった。背は変わらない。顔も変わらない。ただ、目が少し違った。疲れているのか、緊張しているのか、王都にいた頃の軽さがなかった。
私と目が合った。
ヴィクターが止まった。ほんの一瞬、足が止まった。それからまた歩き出した。私は視線を次の人間に移した。
十七名、全員確認した。
それだけだった。
*
歓迎の挨拶は、グレンがやった。ダリウスが短く言葉を添えた。私は隣に立って、黙っていた。
解散になって、新入りたちが宿舎へ向かった。
その中の一人が、少し遅れて私の前に来た。
「ルイーゼ……様」
ヴィクターだった。声が少し掠れていた。
「レインズ騎士」
私は普通に言った。他に言いようがなかった。
「その、ここに来るとは思っていなくて」
「そうですか」
「奥様が、アッシュフォード辺境伯の」
「はい」
ヴィクターは何か言いたそうにしていた。謝りたいのか、説明したいのか、どちらかだろうと思った。どちらも、今の私には必要なかった。
「宿舎の準備はできています。何かあればカイルに聞いてください」
「あの、俺は」
「レインズ騎士」
私は少し間を置いた。
「騎士団の仕事をしに来たんですよね」
「……はい」
「では、それをしてください。私に話すことは、特にありません」
ヴィクターは黙った。反論はなかった。私は頭を下げて、その場を離れた。
怒ってもいなかった。悲しくもなかった。ただ、終わったことだと思った。三年前に終わって、今もそれは変わらない。
*
夕方の報告の場で、ダリウスが言った。
「レインズと話したか」
「少し」
「どうだった」
「特に何もありませんでした」
ダリウスは私を見た。
「本当に」
「本当です。騎士団の仕事をしに来たのだと確認しました」
「……そうか」
「ダリウス様は、見ていましたか」
少し間があった。
「たまたま見えた」
「そうですか」
私は報告の続きに移ろうとした。宿舎の完成状況、薬師候補の問い合わせ状況、工事の進捗。
「ルイーゼ」
ダリウスが遮った。
「はい」
「……顔色は悪くないな」
「大丈夫です」
「そうか」
それだけだった。でも、確認せずにいられなかったのだとわかった。この人はいつも、言葉より先に確認する。
「心配してくださってありがとうございます」
「心配というより」
「実務上の理由、ですか」
ダリウスは少し黙った。
「……もうそれは、使わない」
私は少し驚いた。
「使わないと決めたんですか」
「お前に通じないとわかった」
少し考えてから、答えた。
「通じていましたよ」
「通じた上で、毎回聞いてきただろう」
私は少し考えた。
「それは、確認したかったので」
「何を」
「ダリウス様が、どのくらい正直になれるかを」
ダリウスはしばらく私を見ていた。何か言いたそうな顔をして、やめた。それから小さく息を吐いた。
「……意地が悪いな」
「そうでしょうか」
「そうだ」
でも、怒っている声ではなかった。どちらかといえば、困った顔で笑う前の声だった。
*
その夜、ミレイが夕食の片付けをしながら言った。
「奥様、今日は大丈夫でしたか」
「何が」
「新しい騎士の中に、奥様のご存知の方がいると聞いたので」
カイルから聞いたのだろう。カイルは名簿を見ていたから、知っていた。
「大丈夫でした」
「本当に?」
「本当に」
ミレイは少し安心したような顔をした。それからまた少し心配そうな顔をした。
「伯爵様が、今日は夕食の間ずっと奥様を見ていました」
「そうですか」
「気づいていましたか」
「なんとなく」
ミレイはしばらく黙って、それから小声で言った。
「伯爵様って、奥様のことが心配なんですね」
「そうみたいです」
「もっと前から、そうだったと思います。私はずっと見ていたので」
私はミレイを見た。十六か七の侍女が、真剣な顔をしていた。
「ミレイ」
「はい」
「余計なことを言う侍女になりましたね」
ミレイが少し赤くなった。
「す、すみません」
「悪くないです」
私はそう言って、部屋に戻った。
窓から、春の夜空が見えた。星が出ていた。
ダリウスが夕食の間ずっと見ていた。ヴィクターと話した後、顔色を確認しに来た。もうそれは使わないと言った。
私は窓際に立って、少し考えた。
この半年で、何かが確かに変わっていた。領地も、城の中も、そして多分、私たちも。
それを何と呼ぶのか、まだわからなかった。でも、急いで名前をつける必要もなかった。
春の夜は、静かで温かかった。
第12話 了
四月の最終週、騎士団の新入りたちが来た。
十七名、馬で城門をくぐった。長旅の埃をかぶって、それでも背筋を伸ばしていた。若い顔が多かった。グレンが仁王立ちで出迎えて、一人一人に鋭い目を向けていた。
私は城の入口の少し後ろに立っていた。出迎えは伯爵夫人の務めだから、来た。それだけだった。
十七人の顔を、順番に確認した。
七番目に、見知った顔があった。
ヴィクター・レインズ。三年ぶりだった。背は変わらない。顔も変わらない。ただ、目が少し違った。疲れているのか、緊張しているのか、王都にいた頃の軽さがなかった。
私と目が合った。
ヴィクターが止まった。ほんの一瞬、足が止まった。それからまた歩き出した。私は視線を次の人間に移した。
十七名、全員確認した。
それだけだった。
*
歓迎の挨拶は、グレンがやった。ダリウスが短く言葉を添えた。私は隣に立って、黙っていた。
解散になって、新入りたちが宿舎へ向かった。
その中の一人が、少し遅れて私の前に来た。
「ルイーゼ……様」
ヴィクターだった。声が少し掠れていた。
「レインズ騎士」
私は普通に言った。他に言いようがなかった。
「その、ここに来るとは思っていなくて」
「そうですか」
「奥様が、アッシュフォード辺境伯の」
「はい」
ヴィクターは何か言いたそうにしていた。謝りたいのか、説明したいのか、どちらかだろうと思った。どちらも、今の私には必要なかった。
「宿舎の準備はできています。何かあればカイルに聞いてください」
「あの、俺は」
「レインズ騎士」
私は少し間を置いた。
「騎士団の仕事をしに来たんですよね」
「……はい」
「では、それをしてください。私に話すことは、特にありません」
ヴィクターは黙った。反論はなかった。私は頭を下げて、その場を離れた。
怒ってもいなかった。悲しくもなかった。ただ、終わったことだと思った。三年前に終わって、今もそれは変わらない。
*
夕方の報告の場で、ダリウスが言った。
「レインズと話したか」
「少し」
「どうだった」
「特に何もありませんでした」
ダリウスは私を見た。
「本当に」
「本当です。騎士団の仕事をしに来たのだと確認しました」
「……そうか」
「ダリウス様は、見ていましたか」
少し間があった。
「たまたま見えた」
「そうですか」
私は報告の続きに移ろうとした。宿舎の完成状況、薬師候補の問い合わせ状況、工事の進捗。
「ルイーゼ」
ダリウスが遮った。
「はい」
「……顔色は悪くないな」
「大丈夫です」
「そうか」
それだけだった。でも、確認せずにいられなかったのだとわかった。この人はいつも、言葉より先に確認する。
「心配してくださってありがとうございます」
「心配というより」
「実務上の理由、ですか」
ダリウスは少し黙った。
「……もうそれは、使わない」
私は少し驚いた。
「使わないと決めたんですか」
「お前に通じないとわかった」
少し考えてから、答えた。
「通じていましたよ」
「通じた上で、毎回聞いてきただろう」
私は少し考えた。
「それは、確認したかったので」
「何を」
「ダリウス様が、どのくらい正直になれるかを」
ダリウスはしばらく私を見ていた。何か言いたそうな顔をして、やめた。それから小さく息を吐いた。
「……意地が悪いな」
「そうでしょうか」
「そうだ」
でも、怒っている声ではなかった。どちらかといえば、困った顔で笑う前の声だった。
*
その夜、ミレイが夕食の片付けをしながら言った。
「奥様、今日は大丈夫でしたか」
「何が」
「新しい騎士の中に、奥様のご存知の方がいると聞いたので」
カイルから聞いたのだろう。カイルは名簿を見ていたから、知っていた。
「大丈夫でした」
「本当に?」
「本当に」
ミレイは少し安心したような顔をした。それからまた少し心配そうな顔をした。
「伯爵様が、今日は夕食の間ずっと奥様を見ていました」
「そうですか」
「気づいていましたか」
「なんとなく」
ミレイはしばらく黙って、それから小声で言った。
「伯爵様って、奥様のことが心配なんですね」
「そうみたいです」
「もっと前から、そうだったと思います。私はずっと見ていたので」
私はミレイを見た。十六か七の侍女が、真剣な顔をしていた。
「ミレイ」
「はい」
「余計なことを言う侍女になりましたね」
ミレイが少し赤くなった。
「す、すみません」
「悪くないです」
私はそう言って、部屋に戻った。
窓から、春の夜空が見えた。星が出ていた。
ダリウスが夕食の間ずっと見ていた。ヴィクターと話した後、顔色を確認しに来た。もうそれは使わないと言った。
私は窓際に立って、少し考えた。
この半年で、何かが確かに変わっていた。領地も、城の中も、そして多分、私たちも。
それを何と呼ぶのか、まだわからなかった。でも、急いで名前をつける必要もなかった。
春の夜は、静かで温かかった。
第12話 了
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