「婚約破棄されたので、辺境伯と結婚しました。元婚約者が夫の騎士団に入ってきたのは、私のせいではありません」

まさき

文字の大きさ
16 / 20

第16話「王都の夜会」

第16話「王都の夜会」

 翌々日、夜会があった。
 王都に来るたびに一度は出るのだとダリウスが言った。出なければ噂になる。出れば済む。そういうものだと。
 ミレイは辺境に置いてきたので、屋敷の侍女に手伝ってもらって支度をした。持ってきた中で一番きちんとした服を着て、母から借りた耳飾りをつけた。鏡を見た。辺境にいる時とは違う顔をしていた。
 居間に降りると、ダリウスが待っていた。
 私を見て、一瞬止まった。
「……準備ができたか」
「はい。おかしいですか」
「おかしくない」
 それだけ言って、先に歩き出した。耳が少し赤かった。

 夜会の会場は、王都の中心にある貴族の屋敷だった。
 広い。人が多い。音楽が流れている。辺境の城の静けさとは別の世界だった。
 ダリウスは私の隣を歩いた。人の間を進むとき、自然に少し前に出て、道を作るように歩いた。意識してやっているのか、習慣なのか、わからなかった。
 何人かに挨拶をした。ダリウスを知っている人たちで、私を見て少し驚いた顔をする人が多かった。辺境伯が妻を連れてきたのが珍しいのだろうと思った。
「アッシュフォード伯爵、随分お早いお着きで」
 声をかけてきたのは、五十代くらいの男性だった。穏やかそうな顔をしていたが、目は笑っていなかった。
「クレイン侯爵」ダリウスが答えた。「ご無沙汰しています」
「こちらが奥方ですか。初めてお目にかかります、ランベール男爵令嬢でしたか」
 男爵令嬢、という言い方だった。今は伯爵夫人だが、出自を強調した言い方だった。
「ルイーゼと申します」
「辺境は、お体に堪えませんか。前の奥方は、随分お辛そうでしたが」
 私は少し間を置いた。
「おかげさまで、合っているようです」
「そうですか。辺境は大変なところですから、無理をなさらず」
 心配しているのではなかった。値踏みしている。それがわかったが、特に気にならなかった。
「ご心配ありがとうございます。夫もよくしてくれていますので」
 クレイン侯爵は少し眉を動かした。それから笑顔を作った。
「それは何より。伯爵も、随分お顔が柔らかくなられた」
「そうですか」
「以前はもっと、近寄りがたい方でしたから」
 ダリウスは何も言わなかった。私の隣に立ったまま、黙っていた。
 クレイン侯爵が去った後、私は小声でダリウスに言った。
「近寄りがたかったんですか」
「今も近寄りがたいと思っているが」
「私は近寄りやすいと思います」
「……お前だけだ」

 夜会の半ばで、見知った顔に会った。
 エルダ・ベルモント侯爵令嬢だった。
 三年ぶりだった。美しい人だった。背が高く、金の髪を高く結い上げて、水色のドレスを着ていた。周りに数人の取り巻きがいた。
 エルダがこちらに気づいた。
 私を見て、それからダリウスを見た。それから、また私を見た。
「まあ」と小さく言った。「辺境伯の奥方が、ランベール男爵の娘さんとは知りませんでしたわ」
「ルイーゼと申します」
「存じています。ヴィクターの元婚約者ですわね」
 周りの数人がこちらを見た。
 私は少し間を置いた。
「元、ですね」
「今は辺境伯夫人。随分と……変わったご縁ですこと」
 嫌みだった。わかりやすい嫌みだった。
「ご縁というのは、不思議なものですね」
「そうですわね。辺境は遠くて、なかなか嫁ごうという方がいないと聞きますが」
「住めば都という言葉があります。私は気に入っています」
「それはよかった」
 エルダはそう言いながら、ダリウスを見た。
「伯爵は、辺境に引きこもっていないで、もっと王都に顔を出されればよろしいのに」
 ダリウスは黙っていた。答えないのがこの人のやり方だと、私は知っていた。
「夫は辺境の仕事を大切にしていますので」
 私が言った。エルダはこちらを向いた。
「奥方が答えるのですか」
「夫の代わりになれることは、なります」
 エルダは少し間を置いた。それから笑顔を作った。
「まあ、仲がよろしいのですね」
「おかげさまで」
 エルダの取り巻きの一人が小さく笑った。嘲笑だったが、私には関係なかった。
 エルダが去った後、ダリウスが小声で言った。
「代わりになる必要はない」
「言いたかったので」
「そうか」
 少し間があった。
「……ありがとう」
 ダリウスが礼を言うのは、珍しかった。

 夜会が終わって屋敷に戻った。
 グレンが待っていた。
「お疲れ様でした。何かありましたか」
「クレイン侯爵とベルモント令嬢と話した」
 グレンは少し顔を曇らせた。
「ベルモント令嬢が来ていましたか」
「はい」
「何か言われましたか」
「大したことは言われていません」
 グレンは私を見た。それからダリウスを見た。ダリウスは何も言わなかった。
「奥様が対応されましたか」
「少し」
 グレンはしばらく黙った。それから、ぼそりと言った。
「……よかった」
 それだけだった。でも、グレンがそう言うのには、意味があると思った。

 部屋に戻って支度を解いていたら、扉が叩かれた。
「ダリウスだ」
 珍しかった。夜に部屋に来たことはなかった。
「どうぞ」
 ダリウスが入ってきた。部屋の入口に立ったまま、少し間を置いた。
「今日は、疲れなかったか」
「大丈夫です」
「ベルモント令嬢のことは」
「気になっていません」
 ダリウスは黙った。
「本当に気になっていないのか」
「はい。昔の話は、昔の話です」
「ヴィクターのことも」
「もちろん」
 ダリウスはまた黙った。長い沈黙だった。
「今日、お前がベルモント令嬢に言った言葉」
「夫の代わりになれることはなります、ですか」
「ああ」
「言いすぎましたか」
「いや」ダリウスは少し間を置いた。「……嬉しかった」
 私は少し驚いた。
「素直に言えるようになりましたね」
「お前のせいだ」
「そうですか」
「そうだ」
 ダリウスは扉の前に立ったまま、こちらを見ていた。
「明日は報告の場がある。その前に父親の伝手の薬師に会うんだったな」
「はい。午前中に」
「終わったら、どこか連れていってやる」
「王都を、ですか」
「辺境にいると、外に出る機会がない。せっかく来たんだから」
 私は少し考えた。
「行きたいところがあります」
「どこだ」
「本屋です。辺境では手に入りにくい専門書があって」
 ダリウスは少し黙った。
「……本屋か」
「だめですか」
「だめではない。ただ、もっと別のところを言うかと思っていた」
「宝飾品や服より本の方が役に立ちますから」
 ダリウスは小さく息を吐いた。困った顔の、笑う前の顔だった。
「わかった。本屋に行こう」
「ありがとうございます」
 ダリウスは頷いて、扉を開けた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 扉が閉まった。
 私はしばらく、閉まった扉を見ていた。
 嬉しかった、とダリウスが言った。辺境を出て、王都に来て、夜会という場所で、それでもこの人は少しずつ正直になっている。
 窓の外に、王都の夜景が見えた。
 辺境の夜とは違う。星より灯りが多い。でも、悪くなかった。
第16話 了
感想 1

あなたにおすすめの小説

皇帝の命令で、側室となった私の運命

佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。 自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。 「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」 「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」 その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。 魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。

夫も実家も捨てたはずの私を、どうして今さら取り戻せると思ったのですか?

なつめ
恋愛
夫にも実家にも、都合よく使われるだけの人生だった。 社交の場では笑顔を求められ、屋敷では働きを当然のように搾り取られ、愛も敬意もないまま「役に立つ妻」「物分かりのいい娘」として消費され続けたユーディト。 けれど彼女は、ある日すべてを捨てる。 白い結婚の夫も、彼女を便利な道具としか見なかった実家も。 離縁後、北の辺境で静かに生き直し始めた彼女の前に、今さら元夫と実家が現れる。 壊れかけた家の立て直しも、隠していた不正の後始末も、全部ユーディトに押しつけるために。 だから彼女は微笑んで言うのだ。 「夫も実家も捨てたはずの私を、どうして今さら取り戻せると思ったのですか?」 これは、もう誰の都合にも従わないと決めた女が、失った尊厳を取り戻し、やがて寡黙な辺境伯に真っ直ぐ愛されて幸せになる物語。

『婚約破棄してくださって、心から感謝いたしますわ 〜殿下は生理的に無理でしたので、第二王子殿下と幸せになります〜

富士山麓
恋愛
公爵令嬢ナタリア・アイゼンシュタインは、卒業夜会の場で王太子から婚約破棄を言い渡される。 隣に立っていたのは、“真実の愛”だと庇われる男爵令嬢。 大勢の貴族たちが固唾を呑んで見守る中、ナタリアは泣き崩れるどころか、にこやかにこう言い放った。 「婚約破棄してくださって、心から感謝いたしますわ」 実はナタリアにとって、その婚約は我慢と気苦労の連続だった。 王太子の未熟さを陰で支え、完璧な婚約者を演じ続けてきた彼女は、婚約破棄をきっかけにようやく本音で生きることを決める。 すると次第に明らかになっていく。 王太子の周囲がうまく回っていたのは、誰のおかげだったのか。 “可愛らしい新しい婚約者”では務まらないものが、どれほど多かったのか。 そして、そんなナタリアの本当の価値に気づいたのは、皮肉屋で食えない第二王子カイルヴェルトだった――。 毒舌だけれど筋が通っていて、容赦がないのに凛として美しい。 婚約破棄から始まるのは、泣いて耐えるだけの恋ではない。 言葉でも生き方でも勝ち切る公爵令嬢が、失った婚約の先で本当の幸せをつかむ、痛快ざまあ恋愛物語。

『結婚前に恋がしたいんだ』、婚約者は妹を選び私を捨てた

恋せよ恋
恋愛
「結婚前に、身を焦がすような恋がしたいんだ」 信じていた婚約者の“恋愛”を許した結果、 彼は私の実の妹と「真実の愛」に落ちました。 優秀だった私は病人に仕立て上げられ、修道院へ。 不貞を恋と呼ぶのなら、私は二度と誰も愛さない。 家を追われ、絶望の底で彼女を救い上げたのは……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。 ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。 庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。 全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。 なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。