「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜

まさき

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第十二話「普通の食事、というもの」

第十二話「普通の食事、というもの」
 
 
 ギルドに来て、三週間が経った。
 
 
 仕事には慣れてきた。薬草の種類もだいぶ覚えた。調合の手順も、簡単なものなら一人でできるようになった。フェルクに確認してもらうと、たいてい「問題ない」と言われる。それがこの人なりの合格だとわかってきた。
 
 
 毎日が、少しずつ変わっていく。
 屋敷にいた頃は、毎日が同じだった。今は、毎日が少しだけ違う。
 
 
 それが、リーナには不思議と嬉しかった。
 
 
  ◇
 
 
 その日の昼過ぎ、ミナが作業場に顔を出した。
 
 
「レナさん、今夜時間ある?」
 
 
「はい。特に何も」
 
 
「じゃあ一緒に夕食どう? ギルドの仲間で月に一回くらい集まって食べるんだけど、今夜がそれで。レナさんも来てよ」
 
 
 リーナは少し驚いた。
 
 
「私も、いいんですか」
 
 
「当たり前じゃない。もうギルドの仲間なんだから」
 
 
 ミナはあっさりと言った。当然のことのように。
 
 
 仲間。
 その言葉が、少し胸に引っかかった。良い意味で。
 
 
「……はい。ぜひ」
 
 
「よかった。仕事終わりに東通りの食堂に集まるから」
 
 
 ミナは笑って、また受付に戻っていった。
 
 
  ◇
 
 
 夕方、仕事が終わって、リーナはミナと一緒に東通りに向かった。
 
 
 食堂は賑やかな場所だった。木のテーブルが並んでいて、もう何人か先に来ていた。
 
 
「レナさん、紹介するね」
 
 
 ミナが順番に紹介してくれた。調合担当のベルタ、四十代のがっしりした女性。在庫管理のヨナス、二十代の眼鏡をかけた男性。薬草の仕入れを担当するエリック、五十代の日焼けした男性。
 
 
「レナさん、最近来た新人さんだよ。手先がすごく器用なの」
 
 
「ミナから聞いてるよ。よろしく」
 
 
「よろしくお願いします」
 
 
 全員が、当たり前のようにリーナを迎えた。
 初めて会う人たちなのに、なぜかよそよそしくない。
 
 
 リーナはミナの隣の席に座った。
 
 
  ◇
 
 
 料理が運ばれてきた。
 
 
 大きな皿にシチューと、厚切りのパンと、付け合わせの野菜。ワインが人数分。テーブルの真ん中にはチーズの塊が置かれた。
 
 
「じゃあ乾杯」
 
 
 エリックが音頭を取った。全員がカップを上げた。リーナも一緒に上げた。
 
 
「乾杯」
 
 
 一斉に声が揃った。
 
 
 リーナはカップを口に運びながら、テーブルを見渡した。
 みんなが笑っている。話している。笑い声が上がっている。
 
 
 食事の席に、椅子がある。
 自分の椅子が、ある。
 
 
 そんな当たり前のことが——なぜかうまく、飲み込めなかった。
 
 
  ◇
 
 
「レナさんってどこから来たの?」
 
 
 ベルタが聞いた。屈託のない口調だ。
 
 
「少し遠いところです」
 
 
「ひとりで来たの?」
 
 
「はい」
 
 
「度胸あるねえ。私なんか生まれてからずっとこの街だよ」
 
 
 ベルタが笑った。責めているわけではない。ただ感心している様子だ。
 
 
「実家には帰らないの?」
 
 
 リーナは少し間を置いた。
 
 
「帰る場所が、ないので」
 
 
 正直に言った。詳しくは言わなかったが、嘘もつかなかった。
 
 
「そっか」
 
 
 ベルタはそれだけ言って、シチューをすくった。それ以上聞かなかった。
 追及しない。掘り下げない。ただ、そっか、と言って次の話題に移る。
 
 
 リーナは、それが有難かった。
 
 
  ◇
 
 
 話が弾んでいく中、ヨナスがフェルクの話を始めた。
 
 
「フェルクさんって、昔は王都のギルドにいたんだって」
 
 
「知ってる知ってる」
 
 
 ミナが頷いた。
 
 
「なんで辞めたんだろうね。王都のギルドって、すごく大きいのに」
 
 
「本人に聞いてみれば」
 
 
「怖くて聞けないよ」
 
 
 一同が笑った。リーナも、つられて少し笑った。
 
 
「レナさんはフェルクさんと話せる?」
 
 
 ミナが聞いた。
 
 
「話せるとは思いますが……怖いという感じはしなくて」
 
 
「え、そうなの?」
 
 
「嘘をつかない人だと思うので」
 
 
 リーナが言うと、全員が少し驚いた顔をした。
 
 
「確かに」
 
 
 エリックが静かに頷いた。
 
 
「フェルクさんって、嘘はつかないよな。言いにくいことも、はっきり言う」
 
 
「だから怖いんだよ」
 
 
 ヨナスが苦笑した。また笑い声が上がった。
 
 
  ◇
 
 
 食事の終わり頃、リーナはふと気づいた。
 
 
 手のひらが、温かい。
 
 
 いつもより少し強い気がする。屋敷でカトリナやマリアと同じ部屋にいるときは、こんなふうには温かくならなかった。
 
 
 そうか、とリーナは思った。
 この力は——穏やかな場所で、穏やかな人たちのそばにいると、より強くなるのかもしれない。
 
 
 フェルクが言っていた。生命力を持つものに良い影響を与える、と。
 だとすれば、今ここにいるみんなにも——
 
 
「レナさん、顔色がいいね」
 
 
 ミナが言った。
 
 
「そうですか」
 
 
「なんか、さっきより顔が明るくなった気がして」
 
 
 リーナは少し考えてから、言った。
 
 
「楽しいからだと思います」
 
 
「え」
 
 
 ミナが目を丸くした。
 
 
「今、楽しいって言った?」
 
 
「はい」
 
 
「よかった」
 
 
 ミナは本当に嬉しそうな顔をした。
 
 
「レナさん、いつも静かだから、楽しんでくれてるかなって少し心配だったんだよ」
 
 
「楽しいです。本当に」
 
 
 リーナはそれだけ言った。
 
 
 楽しい、という言葉を、こんなにも自然に口から出したのは——いつぶりだろう。
 屋敷では、そんな言葉を使う機会がなかった。
 
 
  ◇
 
 
 食堂を出て、夜の街を歩きながら、リーナはミナと並んで宿に向かった。
 
 
「レナさん、もう宿に泊まってるの? 部屋は借りなかったの?」
 
 
「まだ探せていなくて」
 
 
「じゃあ今度一緒に探そうよ。私の住んでいる通りに空き部屋があるって聞いたから」
 
 
「ありがとうございます」
 
 
「同じ通りに住んだら、一緒に出勤できるし」
 
 
 ミナは笑いながら言った。
 
 
 リーナは夜空を見上げた。星が出ていた。
 
 
 食事の席に、自分の椅子があった。
 名前を正しく呼ばれた。
 笑い声の中にいた。
 
 
 たったそれだけのことが、今夜はひどく温かかった。
 
 
 手のひらの温かさと、胸の中の温かさが——今夜は同じ温度だった。
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