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第一部 三年間、笑い続けた妻の話
第三十二章 夜中のチャイム
第三十二章 夜中のチャイム
やり直すと決めた夜から、三日が経っていた。
誠との間に、少しずつ会話が戻ってきた。たわいもない話だった。テレビの話、食事の話、天気の話。でもそれだけで、食卓が少し温かくなった。
その夜、私と誠は並んでソファに座っていた。
誠が録画していたドラマを見ていた。誠が「これ面白いらしい」と言って、私も「じゃあ見ようか」と答えた。それだけのことだった。でも並んでテレビを見るのが、こんなに久しぶりだとは思わなかった。
ドラマが終わって、もう寝ようかと立ち上がったとき、玄関のチャイムが鳴った。
夜の十一時過ぎだった。
誠と顔を見合わせた。こんな時間に来る人の心当たりがなかった。誠が立ち上がって、インターホンを確認した。
表情が固まった。
「誰?」
私が聞いた。
「……麗奈だ」
胸の奥で、何かが冷えた。
「出る?」
「出る」誠は迷わなかった。「澄花も一緒に来てくれるか」
私は頷いた。
玄関のドアを開けると、麗奈が立っていた。コートを着て、髪が少し乱れていた。目が赤かった。泣いていたのか、それとも飲んでいたのか、わからなかった。
「誠くん、少し話せない?」
麗奈は誠を見た。そして私を見て、少し表情が揺れた。
「二人でいるのね」
「ああ」誠は言った。「澄花と、やり直すことにした」
麗奈はしばらく黙っていた。
「……そう」
「麗奈、もう終わりにしようと言っただろ。俺も本気だった」
「わかってる」麗奈の声が、少し震えた。「わかってるけど、一度だけ言わせて」
「麗奈」
「私、誠くんのこと、ずっと好きだった。中学の頃から。ずっと、諦めようとして、でも諦められなくて」
誠は黙っていた。私も黙っていた。
「澄花さん」
麗奈が私を見た。
「ごめんなさい。あなたの夫婦の間に入って、ごめんなさい」
私は麗奈を見た。
目が赤かった。唇が震えていた。計算された笑顔じゃなかった。初めて、素の麗奈を見た気がした。
「……謝ってくれてありがとう」
私は答えた。
「でも、もう来ないで」
麗奈は小さく頷いた。
誠を最後にもう一度見て、それから視線を落とした。
「幸せにしてあげてね、誠くん」
それだけ言って、麗奈は背を向けた。廊下を歩いていく後ろ姿が、どこか小さく見えた。
エレベーターのドアが閉まった。
私と誠は、しばらく玄関に立ったままでいた。
「澄花」
「うん」
「ごめん」
「謝らなくていい」私は言った。「終わったから」
部屋に戻って、ソファに並んで座った。
テレビはついていなかった。でも沈黙は重くなかった。
誠が静かに言った。
「怖くなかったか?」
「怖かった」私は正直に答えた。「でも、ちゃんと言えた」
誠は私の手に、そっと自分の手を重ねた。
私は手を引かなかった。
窓の外に、六月の夜が広がっていた。
やり直すと決めた夜から、三日が経っていた。
誠との間に、少しずつ会話が戻ってきた。たわいもない話だった。テレビの話、食事の話、天気の話。でもそれだけで、食卓が少し温かくなった。
その夜、私と誠は並んでソファに座っていた。
誠が録画していたドラマを見ていた。誠が「これ面白いらしい」と言って、私も「じゃあ見ようか」と答えた。それだけのことだった。でも並んでテレビを見るのが、こんなに久しぶりだとは思わなかった。
ドラマが終わって、もう寝ようかと立ち上がったとき、玄関のチャイムが鳴った。
夜の十一時過ぎだった。
誠と顔を見合わせた。こんな時間に来る人の心当たりがなかった。誠が立ち上がって、インターホンを確認した。
表情が固まった。
「誰?」
私が聞いた。
「……麗奈だ」
胸の奥で、何かが冷えた。
「出る?」
「出る」誠は迷わなかった。「澄花も一緒に来てくれるか」
私は頷いた。
玄関のドアを開けると、麗奈が立っていた。コートを着て、髪が少し乱れていた。目が赤かった。泣いていたのか、それとも飲んでいたのか、わからなかった。
「誠くん、少し話せない?」
麗奈は誠を見た。そして私を見て、少し表情が揺れた。
「二人でいるのね」
「ああ」誠は言った。「澄花と、やり直すことにした」
麗奈はしばらく黙っていた。
「……そう」
「麗奈、もう終わりにしようと言っただろ。俺も本気だった」
「わかってる」麗奈の声が、少し震えた。「わかってるけど、一度だけ言わせて」
「麗奈」
「私、誠くんのこと、ずっと好きだった。中学の頃から。ずっと、諦めようとして、でも諦められなくて」
誠は黙っていた。私も黙っていた。
「澄花さん」
麗奈が私を見た。
「ごめんなさい。あなたの夫婦の間に入って、ごめんなさい」
私は麗奈を見た。
目が赤かった。唇が震えていた。計算された笑顔じゃなかった。初めて、素の麗奈を見た気がした。
「……謝ってくれてありがとう」
私は答えた。
「でも、もう来ないで」
麗奈は小さく頷いた。
誠を最後にもう一度見て、それから視線を落とした。
「幸せにしてあげてね、誠くん」
それだけ言って、麗奈は背を向けた。廊下を歩いていく後ろ姿が、どこか小さく見えた。
エレベーターのドアが閉まった。
私と誠は、しばらく玄関に立ったままでいた。
「澄花」
「うん」
「ごめん」
「謝らなくていい」私は言った。「終わったから」
部屋に戻って、ソファに並んで座った。
テレビはついていなかった。でも沈黙は重くなかった。
誠が静かに言った。
「怖くなかったか?」
「怖かった」私は正直に答えた。「でも、ちゃんと言えた」
誠は私の手に、そっと自分の手を重ねた。
私は手を引かなかった。
窓の外に、六月の夜が広がっていた。
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