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第一部 三年間、笑い続けた妻の話
第三十三章 麗奈の化けの皮
第三十三章 麗奈の化けの皮
麗奈が来た翌週、会社で噂が広まった。
田中さんが教えてくれた。昼休み、二人で近くのカフェに入ったとき、田中さんが少し声を落として言った。
「橘さん、聞いた? 誠くんの会社の話」
「何?」
「誠くんの同僚の女性、会社で問題になってるらしくて」
「……どんな問題?」
「既婚者に近づいて、家庭を壊そうとしてたって。しかも一人じゃないって話で」
私はコーヒーカップを置いた。
「誰から聞いたの?」
「山田さん。橘さんの旦那さんの同期の。私の友達なんだけど」
山田さんと田中さんが友人だった。あのとき奈緒に連絡が届いたのも、そういうことだったのか、と私は静かに思った。
「その女性って」
「麗奈さんって人。橘さん、知ってる?」
「……少し」
田中さんは私の顔を見て、何かを察したようだった。それ以上は聞かなかった。
「大変だったね」
それだけ言って、話題を変えてくれた。
夜、山田さんから誠に連絡が来た。誠がリビングで電話を取った。珍しく、スピーカーにしていなかった。でも通話が終わったあと、誠が話してくれた。
「麗奈のこと、会社で問題になってる」
「知ってる。田中さんから聞いた」
誠は少し驚いた顔をした。
「山田が言うには、麗奈は俺だけじゃなかったらしい。前の職場でも、同じようなことをしてたって」
「そう」
「澄花、怒らないのか」
「怒ってる」私は正直に答えた。「でも、もう終わったことだから」
誠は黙った。
「俺が弱かった。麗奈がどういう人かより、俺が流されたのが問題だった」
「そうだね」
否定しなかった。麗奈が悪かったのは確かだ。でも誠が流されなければ、こうはならなかった。両方が本当だった。
「澄花」
「うん」
「俺、情けなかった」
「うん」
「それでも、やり直させてくれるか」
「もうやり直すって決めたでしょ」
私は言った。
「今更撤回しない」
誠は小さく笑った。
久しぶりに見る、力の抜けた笑顔だった。子供みたいな、あの頃の笑顔に少し似ていた。
翌日、山田さんから誠に追加の連絡が来た。
麗奈が異動を申し出たらしかった。会社に居づらくなったのか、それとも自分から決めたのか、理由はわからなかった。でも誠の職場から、麗奈がいなくなることだけは確かだった。
「よかった?」
誠が聞いた。
「正直に言うと、よかった」
「そうだな」誠も頷いた。「俺も、よかった」
その夜、二人で夕食を食べた。
誠が「うまい」と言った。私が「ありがとう」と返した。
あの夜と同じ言葉だった。でも今夜は、その言葉が空虚じゃなかった。
誠の「うまい」が、ちゃんと聞こえた。
麗奈が来た翌週、会社で噂が広まった。
田中さんが教えてくれた。昼休み、二人で近くのカフェに入ったとき、田中さんが少し声を落として言った。
「橘さん、聞いた? 誠くんの会社の話」
「何?」
「誠くんの同僚の女性、会社で問題になってるらしくて」
「……どんな問題?」
「既婚者に近づいて、家庭を壊そうとしてたって。しかも一人じゃないって話で」
私はコーヒーカップを置いた。
「誰から聞いたの?」
「山田さん。橘さんの旦那さんの同期の。私の友達なんだけど」
山田さんと田中さんが友人だった。あのとき奈緒に連絡が届いたのも、そういうことだったのか、と私は静かに思った。
「その女性って」
「麗奈さんって人。橘さん、知ってる?」
「……少し」
田中さんは私の顔を見て、何かを察したようだった。それ以上は聞かなかった。
「大変だったね」
それだけ言って、話題を変えてくれた。
夜、山田さんから誠に連絡が来た。誠がリビングで電話を取った。珍しく、スピーカーにしていなかった。でも通話が終わったあと、誠が話してくれた。
「麗奈のこと、会社で問題になってる」
「知ってる。田中さんから聞いた」
誠は少し驚いた顔をした。
「山田が言うには、麗奈は俺だけじゃなかったらしい。前の職場でも、同じようなことをしてたって」
「そう」
「澄花、怒らないのか」
「怒ってる」私は正直に答えた。「でも、もう終わったことだから」
誠は黙った。
「俺が弱かった。麗奈がどういう人かより、俺が流されたのが問題だった」
「そうだね」
否定しなかった。麗奈が悪かったのは確かだ。でも誠が流されなければ、こうはならなかった。両方が本当だった。
「澄花」
「うん」
「俺、情けなかった」
「うん」
「それでも、やり直させてくれるか」
「もうやり直すって決めたでしょ」
私は言った。
「今更撤回しない」
誠は小さく笑った。
久しぶりに見る、力の抜けた笑顔だった。子供みたいな、あの頃の笑顔に少し似ていた。
翌日、山田さんから誠に追加の連絡が来た。
麗奈が異動を申し出たらしかった。会社に居づらくなったのか、それとも自分から決めたのか、理由はわからなかった。でも誠の職場から、麗奈がいなくなることだけは確かだった。
「よかった?」
誠が聞いた。
「正直に言うと、よかった」
「そうだな」誠も頷いた。「俺も、よかった」
その夜、二人で夕食を食べた。
誠が「うまい」と言った。私が「ありがとう」と返した。
あの夜と同じ言葉だった。でも今夜は、その言葉が空虚じゃなかった。
誠の「うまい」が、ちゃんと聞こえた。
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