結婚式当日に婚約破棄されましたが、あなたの会社を支えていたのが私だったと気づくのが遅すぎましたね

まさき

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第十二話「永瀬の母は、息子の会社が傾いていることを知りました

第十二話「永瀬の母は、息子の会社が傾いていることを知りました」

十一月になった。
 
木々が色づいて、街が赤と黄色に染まる季節だった。
 
私は出張から帰ったばかりだった。
 
桐谷さんのプロジェクトで訪れた地方の企業が、初めて大きな受注を取った。私が提案した販路開拓の施策が、形になった瞬間だった。
 
支援先の社長が、「霧島さんのおかげだ」と言ってくれた。
 
自分の名前で、自分の仕事が結果を出した。
 
それだけのことだったが、帰りの新幹線の中でしばらく窓の外を眺めた。
 
悪くない気持ちだった。
 
マンションに戻って荷物を解いていると、また見慣れない番号から着信が来た。
 
今度は番号を見た瞬間にわかった。
 
先月、メッセージを送ってきた番号だった。
 
永瀬礼子。誠司の母親だ。
 
私は着信を見つめた。
 
先月、私は「無関係です」と返信した。それでもまた連絡が来た。
 
画面が暗くなった。
 
しばらくして、メッセージが来た。
 
『霧島さん、先月はご返信いただきありがとうございました。突然で申し訳ありません。一度だけ、直接お目にかかれないでしょうか。お詫びと、お礼を申し上げたくて』
 
お詫びと、お礼。
 
先月はお詫びだけだった。今回はお礼も加わっている。
 
私はメッセージを読んで、少し考えた。
 
会う必要があるか。
 
ない。
 
でも、この人が「お礼」という言葉を使った意味が、少し気になった。
 
五年間、永瀬礼子という人を見てきた。この人は感情より体裁を優先する人だ。そういう人が「お礼」と言う時は、何か具体的な理由がある。
 
私は返信した。
 
『一時間だけなら、お時間をいただけます』
 
送信してから、少し驚いた。
 
なぜ会うと返信したのか、自分でも少し意外だった。
 
しばらく考えて、答えが出た。
 
終わりを見届けたかったのだと思う。
 
五年間関わってきた。その終わりを、きちんと自分の目で確認したかった。それだけだった。
 
三日後、都内のホテルのラウンジで永瀬礼子と会った。
 
彼女は、四月に電話で話した時より、明らかに老けていた。
 
六十代の、品のある女性だった。いつも身なりを整えていた人だが、今日は少し疲れが顔に出ていた。
 
「来てくださってありがとうございます」
 
彼女は座るなり、深く頭を下げた。
 
「先日のお式のこと、本当に申し訳ございませんでした」
 
私は静かに受け取った。
 
「お気持ちだけいただきます」
 
「あの時、私は……誠司が菜々子ちゃんを選んだことに、安心していました。正直に申し上げると、そうでした」
 
永瀬礼子は、テーブルに視線を落としながら言った。
 
「霧島さんのことを、軽く見ていたわけではありません。ただ、霧島さんは優秀すぎて……誠司の隣には、少し眩しすぎると思っていたんです」
 
眩しすぎる。
 
その言葉を、私は静かに聞いた。
 
「でも、あなたがいなくなってから、わかりました」
 
彼女は顔を上げた。
 
「会社が、こんなにも霧島さんの上に乗っていたなんて、知りませんでした。融資のことも、取引先のことも、誠司が全部自分でやっていると思っていました。それが……全部、あなただったんですね」
 
「そうです」
 
私は短く答えた。
 
嫌みではなかった。ただ、事実だったから。
 
「申し訳ありませんでした」
 
永瀬礼子は、また頭を下げた。
 
今度は長かった。
 
私はしばらく、その様子を見ていた。
 
この人は今、本当に申し訳ないと思っているのだろう。あの式の日の安堵とは、違う表情だった。
 
「顔を上げてください」
 
私は言った。
 
「永瀬さん、ひとつだけ聞いてもいいですか」
 
「はい」
 
「誠司さんは、今どうしていますか」
 
永瀬礼子は、少し表情を変えた。
 
「……毎日、会社に行っています。でも、最近は帰りが早くて。以前は深夜まで残っていたのに、今は夕方には帰ってきます」
 
「菜々子さんは」
 
「先月から、出社していません」
 
私は静かに聞いた。
 
菜々子が出社していない。
 
田中さんが辞めて、菜々子も出社しなくなった。
 
誠司が夕方に帰ってくる。
 
それは、会社に誰もいなくなりつつある、ということだった。
 
「霧島さん」
 
永瀬礼子が、静かに言った。
 
「息子を、助けていただくことは……できませんか」
 
私は少し間を置いた。
 
来ると思っていた言葉だった。
 
お詫びとお礼を言いに来たのは、そのためだったのかもしれない。
 
「できません」
 
私は静かに、しかしはっきりと言った。
 
「永瀬さん、私はあの日、永瀬建材とも、誠司さんとも、縁を切りました。お詫びを受け取ることと、戻ることは、別の話です」
 
永瀬礼子は、何も言わなかった。
 
ただ、目を伏せた。
 
「誠司さんには、誠司さんの道があります。それを見つけるのは、私の仕事ではありません」
 
「……そうですね」
 
彼女は小さく頷いた。
 
「わかりました。虫のいいことを申しました」
 
「いいえ」
 
私は言った。
 
「親として当然のことです。ただ、私にはできないというだけです」
 
ラウンジを出ると、十一月の風が吹いていた。
 
冷たかった。でも、清々しかった。
 
永瀬礼子の顔が、少しだけ頭に残った。
 
あの人は今、何を思っているだろう。
 
息子を選んで、菜々子ちゃんを選んで、私を手放した結果が、今だ。
 
誰かのせいではない。
 
選んだのは、彼女自身だった。
 
私は歩き始めた。
 
手帳の中には、来週の仕事が並んでいた。
 
自分の名前で動く仕事が、確かな重さで、待っていた。
 
秋の風が、静かに背中を押した。
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