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しおりを挟む死にたい。
私、来栖アキはそう願ってる。
そう思い出したのはいつのからか。そんなのはもう覚えてない。
……なんて、本当はわかっているのに自分に言い訳をしてることが滑稽に思える。
「死にたい」なんてネットに書こうものならメンヘラとか、かまってちゃんとか。そんなコメントがつくだろう。
だから書き込もうなんて思わないし、そんなことをしてもこの気持ちが消えないのは自分が一番わかってる。
自殺なんてしたら、両親が悲しむだろうなとは思う。
だから自殺、という手段よりは不治の病にかかるとか、不慮の事故に巻き込まれるとか。ソレが一番理想的だと思っている。
けど、生まれてからずっと体は健康だし、そんな場面に遭遇したことはない。
……別に、毎秒、毎分、毎時、毎日そんなことを思ってるわけじゃない。
学校に行って、部活して、友達とくだらない会話を楽しんで。ふとした時にそんな思いが湧いてくる。
ソレでいうと、今日は駄目な日だった。
だから、廃ビルに忍び込んだ。
十四階建ての、元々何が入ってたかわからない廃ビル。
人通りがないと言い切ってしまっても過言ではない路地に面していて、鍵はとっくの昔に役割を終えている。
エレベーターはあるけど、電気が通ってるはずもなく埃と落書きだらけの階段を登り、屋上に登ってきた。
屋上から眺める景色は、とても綺麗だった。
地上が明るすぎて星なんかは見えないけど、空にはぼんやりと浮かぶ月。
地上は白や赤、青、オレンジ色に輝いている。
そんな景色を見て、ふと笑みをこぼす。
「最期にみるものとしては悪くないな」
しばらくの間、夜景を堪能する。
ぼーっと夜景を眺めていると頭の中に今までのことが蘇る。
両親の顔が思い浮かんで、やっぱり帰ろうかとも思ってしまうけれど足は動かない。
それとは対照的に錆だらけの手すりをつかむ手の強さは増していく。
もうそろそろいいや。
諦観に似た思いが湧いて、腕に力を入れて地面から足を浮かす。
そのまま頭の方に重心を向けたら逆さまになって落ちる。
「お母さん、お父さん。ごめんね」
両親への謝罪を口にして、重心を傾けようとしたその時。ガシャン、と大きな音が屋上に響いた。
現実に引き戻されるようなその音を聞いて腕から力を抜いて、地面に足をつける。
その音がなんなのかはすぐにわかった。
屋上の金属製の扉が閉まる音。
ここにくる時に聞いた音。
一人だけだったこの屋上に誰かが来たことを表していた。
ここの管理人か、それとも住み着いているホームレスか。
言い訳を考えないといけないな、なんて思いながら振り向こうとした時。
お腹に誰かの手が回ってきて、力強く後ろに引っ張られる。
思わぬことに体が揺れてそのまま後ろに尻餅をつく形で倒れた。
痛くないのはきっと引っ張った誰かが下敷きになってるから。
「何、をしようとしてたの?」
それはなんとなく聞き覚えのある息切れをした女の声だった。
退こうと思って腰を上げようとするが女の力が思っている以上に強くて退くことができない。
言い訳しないとな、と思いながらも少し面倒だった。
「……夜景見てただけ。退くから離して」
お粗末な言い訳だ。
夜景を見るにしたって、都内にはもっといい展望台がたくさんある。
わざわざこんな廃ビルに忍び込んでするものでもない。
けれど女の腕は徐々に力が抜けていき、お腹から離れていく。
立ち上がって振り返った時。
思わず息を呑んだ。
死神のような、天使のような容貌をした女だった。
腰まである真っ白に色が抜かれた髪と、髪とは対照的に真っ黒な目をしている。
風で靡いてチラリと見えた耳にはピアスが何個も開けられていた。
……そして、その女は私と同じセーラー服を着ていた。
「来栖さん、自分が何をしようとしていたかわかってるの?」
私の名前を読んでから紡がれたその言葉には隠そうともしない棘が含まれていた。
別にあの言い訳で納得したわけじゃなかったようだ。
真っ黒な目は責めるように私のことを睨みつけている。
「……別に、櫻木さんには関係ないでしょ」
そう告げるとさらにその目は鋭さを増した。
私はこの女を知っている。
櫻木由貴。
私と同じ高校に通うクラスメイト。
クラスメイトとは言っても、話したことは一二度あるかないか。
別に嫌いとかではなくタイプが違いすぎるから。
「関係あるよ!クラスメイトでしょ!」
そう言われて、おもわず鼻で笑ってしまった。
「クラスメイトだから、何?」
「クラスメイトが死のうとしてたら止めるでしょ!」
「君は随分と善良な人なんだね」
バカにしたように告げれば、櫻木さんは眉間に皺を寄せて腕を掴んできた。
痛みで思わず私の眉間にも皺がよる。
「……とにかく、ここから出るよ。不法侵入なんだから」
手を振り解こうとしても、まったく振り解けない。細い腕のくせにどこからそんな力が出ているのか。
次第に抵抗するのもバカらしくなって力を抜いて屋上を後にした。
廃ビルの入り口について、ようやく櫻木さんは私の腕を離す。
階段を下ってる間も気を抜くことなくよくここまで強く握れたものだと赤くなった手首をさする。
「……ここの鍵については、管理会社の人に連絡しておくから。言っとくけど、不法侵入だからね」
「わかってるよ、そんなこと」
至極真っ当なことを言われて、何も反論できない。
「それと、来栖さんがやろうとしてたこと。ご両親に伝えるから家教えて」
「は?教えるわけなくない?」
そう言われて「私の家はここです」なんて伝える人間がいるとでも思っているのだろうか。
そもそも両親に伝えられるくらいならその前に電車に飛び込む。
「じゃあ、家の近くまで送る。目を離すと何するかわからないし」
「断る。別に心配しなくても何もしない」
この言葉は本心だ。
もう今日は何かをするつもりにはなれない。
「それを信じるとでも?」
「別に信じなくていいけど、櫻木さんがそこまでする理由はないでしょ。なんで?クラスメイトだから?話したことなんて殆どないのに?他人にそこまで関わろうとするなんてよっぽど暇なんだね」
わざと嫌な言い方をすれば、櫻木さんはポカンと驚いた様な表情をした。
怒らせて放っておいてもらおうと思ったのに、予想と違う反応に首を傾げる。
「来栖さんって結構口悪いね」
「は?」
「いや、いつも本読んだりしてるからてっきりおとなしい子だと思ってた」
悪口を目の前で言われて、気になるところはそこなのか。
「でも困ったな。私は来栖さんを送っていくべきだと思うし、来栖さんは家に着いてきてほしくないとなると……」
「だから、べつに心配しなくても何もしない。普通に家に帰るから」
そう告げて背を向けようとした時。
櫻木さんは「あ!」と声をあげた。
「じゃあ遊びに行こ!カラオケオールしよ!」
「いかない」
「えー」
そもそも条例があるのにどうやって制服姿のままカラオケに入るというのか。
もう補導されてもおかしくない時間だし、とっとと帰りたかった。
文句ありげに声を上げる櫻木さんを置いて、駅のほうに向かう。
少し距離を保ったまま後ろをついてきているのはわかったけど、櫻木さんも駅に向かうんだなと思うことにして気にしないことにした。
けれど、櫻木さんはずっといた。
駅のホームも、乗り換えの駅も、最寄りも同じ。
改札を出たところで、振り返って抗議をするように睨み付ける。
「どこまで着いてくる気?」
櫻木さんは私の問いに対して首を横に振る。
「ちがうよ!私もこの駅が最寄なの!」
「……」
「本当に!」
どうやらそれは本当の様で、定期を取り出して見せてくる。
そこには私が持っている定期とおなじ駅名が書かれていた。
「……どっち口?」
「西口!」
「そう」
私は東口だから流石に違うようで安心する。
考えてみれば、小中学校は櫻木さんと同じになったことはないから同じ駅でも近所というわけではないか。
櫻木さんを置いて東口に向かって歩き始める。
「来栖さん!」
突然、大きな声で名前を呼ばれる。
遅い時間だから人はまばらだったけど、周りの人たちは驚いた様に視線を櫻木さんに向けては戻す。
「またあした!」
そう告げられたけど、無視して歩き出した。
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