有り触れた悲劇に終止符を 1

遠月 詩葉

文字の大きさ
16 / 31

16.夢のような現実

しおりを挟む
「はあ、美味しかった!」

今までにない、ツルペタのお肌をテカらせながらベッドに寝そべる。
食事が終わり、王城勤めの侍女にもひけを取らないあの早業で、またもやピカピカにされたサキ。
ロキートはこの後片づけることがあるからと、今日はもう休めと豪華な部屋に送られた。

(なんだろう…。日本でずっと仕事一筋で。あれだけ充実していたのに。今が一番幸せかもしれない…。)

いや、それも少しの間だ。心地良いぬるま湯に慣れてしまわないよう、気を引き締めなければ。
また明後日の方向に心を入れ替えている。
ロキートの行動も、聖女に対しての誠意。2年という時を共にしてきた情からくるものだと結論付けていた。
ーー後者に関しては、ある意味正しい。ただし、全く予想が掠ってもいない感情が理由である。

「はあ…なんか…眠い…。」

寝る時間は嫌いだ。忘れた頃に、夢が思い出させてくるから。
傷を、なぞってくるから。背中に鈍痛が走る。

(だめ…限界…。)

抗えない睡魔。久しく経験していなかった優しい微睡みが、サキの意識を優しく包み込んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「はあ…。やっちまった。」

一方その頃。ロキートは今日一日の己を振り返っていた。衝動的に宮廷魔術師を辞め、神殿に断りも入れず。
誰が聞いても短絡的と酷評せざるを得ない。わざわざ不利になる状況下で、周囲に恋仲だと錯覚までさせた。もちろん計算済みである。
普段の彼ならば、決して踏まないリスクと賭け。反省はする。しかし後悔は全くなかった。

(…何度今日をやり直したとしても、きっと同じ選択をする。)

バカバカしい。恋情など、刹那の衝動に過ぎない。季節と同じように移り変わる不確かなものに突き動かされるなんて。
ーー今までのロキートならば、そう吐き捨てただろう。

『ごめんね、ロキート…。』

ずっと忘れていた、床に伏せ謝る女性の顔が脳裏を過ぎる。
そんな母を憐れに思う反面、完全に許すこともできなかった、子供の自分。

「今なら、母さんの気持ちも分かる気がするよ。…ほんっと、今更だけどな。」

今になって理解しても、二度と解り合うことは出来ないのに。一抹の寂しさがロキートの背に覆いかぶさった。

コンコン。

「当主様。少しよろしいですか?」
「入れ。」

ロジェが、手に持つ資料を手渡してきた。それに軽く目を通すと、なるほど。直近の予算と計画を大幅に変更した草案だった。
主に、隠密な調査などを担当する影に対する運営費。各種備品と警備体制の強化。女性に対するマナー講師の雇用費、護衛の選抜資料などなど。
命令されずとも、己の判断でここまで的確にロキートが求めるものを用意する。流石の手腕だった。

「これを元に詳細を練ってくれ。」
「畏まりました。そのように。…そして、当主様の耳に入れておきたいことがございまして…。」
「どうした?」

言いにくそうに口ごもるロジェ。この男が必要と判断した情報を言い淀むなんて。

「その…今日、聖女様のお世話を担当させた、リリエの話なのですが…。」
「…なにか不祥事でも?」

確信を持ちつつも、さり気なく聖女であることを確認するロジェ。それに対して、なにも否定しない。
ただし、サキに何かしたのではという邪推が働き、剣呑な眼差しになっていた。ロジェは肝を冷やす。

「いえ、そうではなく…。その、聖女様のお身体に関しまして…すべて塞がってはいるものの、と…。」
「……。」

小さくなる瞳孔。その報告が鼓膜の奥を刺激する。ドクンッと波打った後、無理やり何かをひきちぎったような鈍い振動を感じた。

「…そうか。それについては暫く触れずにいてくれ。」
「仰せのままに。」

穏やかにさえ感じる、平坦な声音。感情の抜け落ちた表情。
今の彼が何を思っているのか。見た目の物静かさに騙される不出来な輩は、ここにはいない。

「そうだロジェ。まだ報告していなかったが、本日をもって宮廷魔術師の名を返上してきた。これからは家にいることも増えるだろうから、そのつもりで。」
「はい?…ああいえ、わかりました。」

驚きのあまり聞き返してしまったが、何かを物申せる空気ではない。
それに、元々箔付けのために就いていた職に過ぎない。わざわざつつく必要もないだろう。そう頭で処理した。

「今日はもう下がっていい。」
「畏まりました。おやすみなさいませ。」

とにかく、今は一人になりたい。そんなニュアンスを敏感に感じ取ったロジェは、大人しく退室した。
足音が遠ざかった直後。ふ~っと肺の空気を出し切る。

「…どこのクズ野郎だ。」

ーー彼女を傷つけたのは。
きっとそれは、一生顔を合わすこともない人間なのだろう。
姿を思い浮かべられないまま、ふわふわと漂う空気を脳内で思い切り殴る。
ロキートの怒りは、どんどん膨らむだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

どちらの王妃でも問題ありません【完】

mako
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私は、聖女っていう柄じゃない

蝋梅
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

聖女だと呼び出しておいて無能ですか?〜捨てられた私は魔王様に溺愛される〜

みおな
恋愛
 学校帰りにいきなり眩い光に包まれて連れて来られたのは異世界でした。  王子はこんなちんちくりんは聖女ではないと言い放ち、私を王宮から追い出しました。  元の世界に帰る方法は、魔王の持つ帰還の指輪が必要と言われ、途方にくれた私の前に現れたのは、美形の魔王でした。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

処理中です...