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16.夢のような現実
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「はあ、美味しかった!」
今までにない、ツルペタのお肌をテカらせながらベッドに寝そべる。
食事が終わり、王城勤めの侍女にもひけを取らないあの早業で、またもやピカピカにされたサキ。
ロキートはこの後片づけることがあるからと、今日はもう休めと豪華な部屋に送られた。
(なんだろう…。日本でずっと仕事一筋で。あれだけ充実していたのに。今が一番幸せかもしれない…。)
いや、それも少しの間だ。心地良いぬるま湯に慣れてしまわないよう、気を引き締めなければ。
また明後日の方向に心を入れ替えている。
ロキートの行動も、聖女に対しての誠意。2年という時を共にしてきた情からくるものだと結論付けていた。
ーー後者に関しては、ある意味正しい。ただし、全く予想が掠ってもいない感情が理由である。
「はあ…なんか…眠い…。」
寝る時間は嫌いだ。忘れた頃に、夢が思い出させてくるから。
傷を、なぞってくるから。背中に鈍痛が走る。
(だめ…限界…。)
抗えない睡魔。久しく経験していなかった優しい微睡みが、サキの意識を優しく包み込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はあ…。やっちまった。」
一方その頃。ロキートは今日一日の己を振り返っていた。衝動的に宮廷魔術師を辞め、神殿に断りも入れず。
誰が聞いても短絡的と酷評せざるを得ない。わざわざ不利になる状況下で、周囲に恋仲だと錯覚までさせた。もちろん計算済みである。
普段の彼ならば、決して踏まないリスクと賭け。反省はする。しかし後悔は全くなかった。
(…何度今日をやり直したとしても、きっと同じ選択をする。)
バカバカしい。恋情など、刹那の衝動に過ぎない。季節と同じように移り変わる不確かなものに突き動かされるなんて。
ーー今までのロキートならば、そう吐き捨てただろう。
『ごめんね、ロキート…。』
ずっと忘れていた、床に伏せ謝る女性の顔が脳裏を過ぎる。
そんな母を憐れに思う反面、完全に許すこともできなかった、子供の自分。
「今なら、母さんの気持ちも分かる気がするよ。…ほんっと、今更だけどな。」
今になって理解しても、二度と解り合うことは出来ないのに。一抹の寂しさがロキートの背に覆いかぶさった。
コンコン。
「当主様。少しよろしいですか?」
「入れ。」
ロジェが、手に持つ資料を手渡してきた。それに軽く目を通すと、なるほど。直近の予算と計画を大幅に変更した草案だった。
主に、隠密な調査などを担当する影に対する運営費。各種備品と警備体制の強化。女性に対するマナー講師の雇用費、護衛の選抜資料などなど。
命令されずとも、己の判断でここまで的確にロキートが求めるものを用意する。流石の手腕だった。
「これを元に詳細を練ってくれ。」
「畏まりました。そのように。…そして、当主様の耳に入れておきたいことがございまして…。」
「どうした?」
言いにくそうに口ごもるロジェ。この男が必要と判断した情報を言い淀むなんて。
「その…今日、聖女様のお世話を担当させた、リリエの話なのですが…。」
「…なにか不祥事でも?」
確信を持ちつつも、さり気なく聖女であることを確認するロジェ。それに対して、なにも否定しない。
ただし、サキに何かしたのではという邪推が働き、剣呑な眼差しになっていた。ロジェは肝を冷やす。
「いえ、そうではなく…。その、聖女様のお身体に関しまして…すべて塞がってはいるものの、無数の傷跡があったと…。」
「……。」
小さくなる瞳孔。その報告が鼓膜の奥を刺激する。ドクンッと波打った後、無理やり何かをひきちぎったような鈍い振動を感じた。
「…そうか。それについては暫く触れずにいてくれ。」
「仰せのままに。」
穏やかにさえ感じる、平坦な声音。感情の抜け落ちた表情。
今の彼が何を思っているのか。見た目の物静かさに騙される不出来な輩は、ここにはいない。
「そうだロジェ。まだ報告していなかったが、本日をもって宮廷魔術師の名を返上してきた。これからは家にいることも増えるだろうから、そのつもりで。」
「はい?…ああいえ、わかりました。」
驚きのあまり聞き返してしまったが、何かを物申せる空気ではない。
それに、元々箔付けのために就いていた職に過ぎない。わざわざつつく必要もないだろう。そう頭で処理した。
「今日はもう下がっていい。」
「畏まりました。おやすみなさいませ。」
とにかく、今は一人になりたい。そんなニュアンスを敏感に感じ取ったロジェは、大人しく退室した。
足音が遠ざかった直後。ふ~っと肺の空気を出し切る。
「…どこのクズ野郎だ。」
ーー彼女を傷つけたのは。
きっとそれは、一生顔を合わすこともない人間なのだろう。
姿を思い浮かべられないまま、ふわふわと漂う空気を脳内で思い切り殴る。
ロキートの怒りは、どんどん膨らむだけだった。
今までにない、ツルペタのお肌をテカらせながらベッドに寝そべる。
食事が終わり、王城勤めの侍女にもひけを取らないあの早業で、またもやピカピカにされたサキ。
ロキートはこの後片づけることがあるからと、今日はもう休めと豪華な部屋に送られた。
(なんだろう…。日本でずっと仕事一筋で。あれだけ充実していたのに。今が一番幸せかもしれない…。)
いや、それも少しの間だ。心地良いぬるま湯に慣れてしまわないよう、気を引き締めなければ。
また明後日の方向に心を入れ替えている。
ロキートの行動も、聖女に対しての誠意。2年という時を共にしてきた情からくるものだと結論付けていた。
ーー後者に関しては、ある意味正しい。ただし、全く予想が掠ってもいない感情が理由である。
「はあ…なんか…眠い…。」
寝る時間は嫌いだ。忘れた頃に、夢が思い出させてくるから。
傷を、なぞってくるから。背中に鈍痛が走る。
(だめ…限界…。)
抗えない睡魔。久しく経験していなかった優しい微睡みが、サキの意識を優しく包み込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はあ…。やっちまった。」
一方その頃。ロキートは今日一日の己を振り返っていた。衝動的に宮廷魔術師を辞め、神殿に断りも入れず。
誰が聞いても短絡的と酷評せざるを得ない。わざわざ不利になる状況下で、周囲に恋仲だと錯覚までさせた。もちろん計算済みである。
普段の彼ならば、決して踏まないリスクと賭け。反省はする。しかし後悔は全くなかった。
(…何度今日をやり直したとしても、きっと同じ選択をする。)
バカバカしい。恋情など、刹那の衝動に過ぎない。季節と同じように移り変わる不確かなものに突き動かされるなんて。
ーー今までのロキートならば、そう吐き捨てただろう。
『ごめんね、ロキート…。』
ずっと忘れていた、床に伏せ謝る女性の顔が脳裏を過ぎる。
そんな母を憐れに思う反面、完全に許すこともできなかった、子供の自分。
「今なら、母さんの気持ちも分かる気がするよ。…ほんっと、今更だけどな。」
今になって理解しても、二度と解り合うことは出来ないのに。一抹の寂しさがロキートの背に覆いかぶさった。
コンコン。
「当主様。少しよろしいですか?」
「入れ。」
ロジェが、手に持つ資料を手渡してきた。それに軽く目を通すと、なるほど。直近の予算と計画を大幅に変更した草案だった。
主に、隠密な調査などを担当する影に対する運営費。各種備品と警備体制の強化。女性に対するマナー講師の雇用費、護衛の選抜資料などなど。
命令されずとも、己の判断でここまで的確にロキートが求めるものを用意する。流石の手腕だった。
「これを元に詳細を練ってくれ。」
「畏まりました。そのように。…そして、当主様の耳に入れておきたいことがございまして…。」
「どうした?」
言いにくそうに口ごもるロジェ。この男が必要と判断した情報を言い淀むなんて。
「その…今日、聖女様のお世話を担当させた、リリエの話なのですが…。」
「…なにか不祥事でも?」
確信を持ちつつも、さり気なく聖女であることを確認するロジェ。それに対して、なにも否定しない。
ただし、サキに何かしたのではという邪推が働き、剣呑な眼差しになっていた。ロジェは肝を冷やす。
「いえ、そうではなく…。その、聖女様のお身体に関しまして…すべて塞がってはいるものの、無数の傷跡があったと…。」
「……。」
小さくなる瞳孔。その報告が鼓膜の奥を刺激する。ドクンッと波打った後、無理やり何かをひきちぎったような鈍い振動を感じた。
「…そうか。それについては暫く触れずにいてくれ。」
「仰せのままに。」
穏やかにさえ感じる、平坦な声音。感情の抜け落ちた表情。
今の彼が何を思っているのか。見た目の物静かさに騙される不出来な輩は、ここにはいない。
「そうだロジェ。まだ報告していなかったが、本日をもって宮廷魔術師の名を返上してきた。これからは家にいることも増えるだろうから、そのつもりで。」
「はい?…ああいえ、わかりました。」
驚きのあまり聞き返してしまったが、何かを物申せる空気ではない。
それに、元々箔付けのために就いていた職に過ぎない。わざわざつつく必要もないだろう。そう頭で処理した。
「今日はもう下がっていい。」
「畏まりました。おやすみなさいませ。」
とにかく、今は一人になりたい。そんなニュアンスを敏感に感じ取ったロジェは、大人しく退室した。
足音が遠ざかった直後。ふ~っと肺の空気を出し切る。
「…どこのクズ野郎だ。」
ーー彼女を傷つけたのは。
きっとそれは、一生顔を合わすこともない人間なのだろう。
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ロキートの怒りは、どんどん膨らむだけだった。
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