有り触れた悲劇に終止符を 1

遠月 詩葉

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23.透明な傷

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「…ごめんなさい。」

俯き、反省の色を全身から放ち始める。ロキートはたじろぐが、まだ言わなければならないことがあると己を叱咤し、見た目はそのままのオーラを保ちながら口を開いた。

「二つ目。貴族の中では、男に金銭事情を聞くのはマナー違反だ。甲斐性なしなのかと疑うことになるからな。」
「はい?で、でも借金…!」
「三つ目。」

反射的に顔を上げ反論するサキに、わざと被せて遮る。

「俺がそんな、お前…明日生きれるかさえ分かんねえような奴に負債を被らせるクズ野郎に見えるかよ。」
「え…?」
「最初に言ったよな?お前ひとりくらい面倒見れるって。だのにお前ときたら、勝手にどんどん勘違いしやがって…。」
「…ん?え?」

(どういうことだろう…?)

補足するが、サキはふざけているわけではない。本当に理解できていないだけなのである。
義務教育時代、彼女はこう言われて育ってきた。
『働く年になったら今までお前に消えた金と迷惑料を一生かけてでも返せ』と。

更に付け加えると、そう叫ぶ父親自身、本当に払わせようなんて思っていなかった。
ただ、まともな精神状態ではなかった男は、こう考える。
“少しでも自分という存在を有難いと実感させなければ”と。
言ってることも、思考回路も支離滅裂。だがそれを真実だと思ってしまう病気を患っていた彼は、ある種の万能感に酔いしれていた。
そんな言葉を言われ続けた子供の心が、どうなるかなんて関係ない。そもそも男にとって、子供とは他者の自我ではないからだ。
だからーーサキが本当に毎月、決して少なくはない額を入金するなんて、本当に思いもしなかったのである。

(返すのが、普通じゃないの?)

血の繋がっていない父親に、見事数年で己にかかった費用を完済したサキは、ロキートの言うことが理解できない。
そして未だに呑み込めていない彼女の様子に、ロキート自身も違和感を覚え始める。

「…とにかく!お前は何も心配しなくていいし払う必要もない!わかったな?」
「え…払う必要はあるんじゃないの…?」
「だ・か・らぁっ!…とりあえず、こっちの世界での親戚…いや、家族みたいな感じで考えてくれ…。」

勢い任せに告白しかけるものの、今は堪えて例えを言う。意外と奥手なロキートである。

「…う~ん…?」
「……あれ、サキ家族いるって言ってたよな?向こうの世界に。」

不安になってきたので確認を取る。旅をし始めた頃に、軽くそういう話を聞いた覚えがあった。

「え、うん。」
「じゃあなんでそんなぽやぽやしてんだよ。親に頼るような気持ちでいいんだよ。」

ほんとは全然良くないが。誰が悲しくて好きな相手に『親だと思え』なんて言うだろう。

「…いや、普通に返すでしょ、それ。」

折れないサキ。仕方ないのだ。だって本当に一般論が分からないのだから。

「そりゃ成人してればそうだろうが、そうじゃなくてだな…今お前はまともに働き口も探せない状態。言わば子供と変わらない。そんな奴に金返せって言う親がどこにんだよ。」
「え?」
「…え?」

ポカンと口を開けるその様相に、ツクリと冷たいものが心臓に刺さる気配がする。

「私…返したもん…子供時代にかかったお金…。」
「…は?」
「そもそも、働けない状態で家帰ってどうなるのよ!良くてもそのまま追い出されるだけじゃん!」
「……。」

ロキートの瞳孔がまたもや狭まる。しかし納得いかず反論に必死なサキは気づかない。

「そりゃあさ、世の中には恵まれてる家庭だってあるよ?でも全員がそういう環境なわけじゃないんだって!」
「…ほう、恵まれてるって例えば?」

努めて冷静に、そう返す。

「え?例えば…お菓子とか化粧品とか頼めば買ってもらえたり…?怒らずに話を聞いてくれたり?」
「逆に聞くが、なんで会話しようとして怒られるんだ?」
「それは…。生まれちゃ、いけなかったから…。」
「…なんて?」

無表情に、ポツリと零した彼女の言葉を聞き逃したわけではない。しかし、反射的に問い直す。信じられなかったから。

「生まれちゃいけなかったって、死んでほしかったって、そんな子供だったから…。」
「……。」

肌を刺す沈黙。いたたまれなくなり、サキが口を開こうとした直前。

「わっ!?ちょ、またぁ!?」

お姫様だっこ、再び。慌てて身をよじるが、がっちりホールドされていて抜け出せない。

「おろしてよ!恥ずかしい!いきなりどうしたの!?」
「うるせえ。」

平坦で、どす黒い。地の這うような声。サキは思わずビクリと肩を揺らす。

「ご、ごめんなさい…。」

先程とは意味合いの違う謝罪。反省からではなく、怒られないための言葉だった。
それは手に取るように分かったが、腸が煮えくり返っているロキートに取り繕う余裕などない。
怯えさせている事を理解しながらも、どうにも出来なかった。

「あ、当主様…如何、されましたか…?」
「帰る。転移石。」
「は、は!」

転移石とは、転移魔術をどこでも使えるようにするための触媒だ。但しゲートと違い、近場にしか飛べないのに加え高額。そんなホイホイ使うようなものではない。
が、疑問を口にすることは出来ない。ロキートの目に、一筋の光すら灯っていなかったから。

「…。」

昨日に比べ、腕の中の彼女は重かった。それに硬くて、小さい。ズキズキと痛む胸を置き去りに、無言のまま一行は家へと直帰する。
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