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1章:死後の不在証明

1-6 自殺者の記憶

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そうして、僕は校舎裏へと足を運んだ。人2人分程度しか通路の幅が無く、すぐ側にはフェンスが設置してあり、その向こう側には道路が通っている。方々には雑草が生え散らかっており、全く手入れはされていない様だった。

確か、病院で見たあのニュースでは丁度僕が今立っている周囲に、ブルーシートやら規制線やらが張られていた筈だ。

僕は頭上に見える屋上のフェンスを見上げ、足元を見つめる。地面はコンクリートで出来ており、そこにはうっすらと血痕が残っていた。洗浄等はしている筈だが、完璧に消す事はできなかったようだ。それが僕にとっては逆に好都合だ。



「・・・よし。」



一つ深呼吸をし、恐る恐る血痕に手を近づける。

今までこんなことは試した事がないが、やったことがないということは、もしかしたらできるかもしれないという事だ。とはいえ、やはり血痕に直接触るというのは流石に生々しくて気が進まない。目蓋を半開きにし、なるべく血痕を視界に入れない様にしながらゆっくりと僕は掌を地面に触れさせた。



触れた瞬間、腕から頭にかけて稲妻が走った。



学校の階段、埃っぽい踊り場、屋上、フェンス、眼下の景色、吹き過ぎる風、動揺、希望、羨望、覚悟。

フェンスを乗り越え、両手を広げて天を仰ぐ。吹き過ぎる屋上の風が、爽やかに汗ばんだ顔を撫でてくれた。


1歩、踏み出す。


ーーー落下と浮遊感に襲われる


窓に写る逆さの自分と目が合う。


急速に接近する地面と不安。


そして、激しい死の恐怖に視界が覆われていく。


ぐしゃり。



深海から水面に向かって一直線に急浮上するかの様に、僕の意識は記憶の追体験から覚醒した。激しく咳き込み、その場にうずくまる。眼球の奥が脈打つ様に痛む。爆発するように痛い。初めての使い方だからだろうか。今までで一番深く強烈な記憶体験であった。

一度強い覚悟を決めた人間でも、死の直前にはやはり恐怖を感じるものなのか。こればかりは生物に刻まれた根源的な避けようのない恐怖なのだろう。両手を地面につきながら、また一つ面白いものが観れたと感動を覚えた。



「クククク・・・あははは!」



今まで感じたことのない高揚感に満たされ、僕は思わず笑ってしまった。こんなに清々しい気持ちになったのはいつぶりだろうか。やはりこの能力は素晴らしい。使うたびに、僕は死の記憶に魅了されていく。

美しい。人とはこうであるべきだ。いや、こうでしかあれない。死の恐怖に怯え、もがき苦しむ姿こそ人間の魅力なのだ。



ひとしきり感慨に耽ったあと、僕は神永に電話を掛けた。電話番号を昨日の時点で教えてもらっていたのだ。



「『希望と羨望』ね。少し引っかかるわ。まぁ自殺する人間が死に救いを求める事はそこまでおかしい事でもないのかもしれないけれど。」



電話越しに神永の声が聞こえてくる。



「うーん、そうだな。能力者にマインドコントロールされている可能性もあるかな。なんというか、確信に近い希望って感じだった。まるで死後の世界の存在を知っていて、しかもその死後の世界が素晴らしいものだと確信しているかのような感じ。まぁ一瞬でその希望は恐怖に変わってたけど(笑)」



「それで、他に情報は?もしかしてそれだけ?」



神永の呆れたような声が電話越しから聞こえる。僕は眉をしかめた。



「その程度の情報で能力者を特定できる訳ないでしょ。大体能力者の仕業かどうかの確信すら持てないじゃない。」



「いやマインドコントロールする能力者の可能性を候補に挙げられただけでも良い成果だと思うんですけど...」



「はぁ・・・まあ今日はもういいわ。貴方の能力も少しは便利になったようだし、明日以降も他の犠牲者と思しき事件現場にも行ってもらうから。後でデータを送るわ。それと確実に報酬が欲しいならもっと確信に迫った情報を寄越す事ね。じゃあ。」



高圧的に、そして一方的に電話を切られた。思わず持っていたスマートフォンを近くの木に投げつけそうになったが、すんでのところで抑えた。

挙げた成果に対して正当な評価を下されないという不条理。



「なんか、神永に雇われた労働者って感じがして気分悪いな。」



そう呟き僕は校舎裏を後にした。
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