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3章: 幽子先輩と、僕の話

3-5 もう彼女とは縁を切る

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「ふふふ・・・ふふふ・・・」



「チッ・・・。楽しそうですね。」



彼女から漏れ出る笑いが不愉快で、思わず舌打ちが出てしまう。



取り敢えず、僕達2人は今入り口に向かって歩いている。歩いたところで入り口に近づくわけでは無いが、とにかく歩いて情報を収集しなくては何も始まらない。

歩きながら僕は1人思考していた。

これは完全な超常現象に他ならない。誰に話したって信じてもらえない話だろう。


だが、そんな摩訶不思議な超常現象を引き起こすものに、僕は一つだけ心当たりがあった。


それは能力者の存在である。このトンネルに入る前、このトンネル付近の草は誰かによって手入れされている形跡があった。つまり、このトンネルは誰かに管理されているということだ。そして、この花岸トンネルは、壁に描かれた落書きの数が物語っているように、訪れる人間の数が多い。つまりその訪問者達を狙ったトンネルの管理者かつ能力者が今回の現象の原因、という可能性が最も高い。

というか、そうでなくてはむしろ困る。

本当にこのトンネルが彼岸につながるトンネルであるなら、僕達ができる事など、念仏を唱える事ぐらいしかないのだから。



と、いうことでまずはこのトンネルの管理者が誰であるかを、ネットで調べようとしてスマホを取り出す。そしてブラウザを開こうとしたが、その試みは不可能だとすぐに気づいた。携帯が圏外になっているのだ。これではネットはおろか、電話で助けを呼ぶこともできない。



「アハハ、こういうのってやっぱ定番だよね~」



横で呑気そうに声を上げて笑う幽子先輩。

また僕はイラッとした。貴女はこの状況を理解できてないのか、とまくしたてようとしたが、それはやめておいた。彼女はこの状況を理解した上で楽しんでいる。まさに馬耳東風だろう。無意味だ。それに今彼女はいつも以上にテンションが高い。こういう超常現象の類に遭遇した事は初めてだからだろう。先ほどから彼女の顔は笑顔になりっぱなしだ。こんな人には何を言っても通じない。



現状、手がかりはゼロに等しい。僕は何の変化もないトンネルの天井を仰ぐ。薄暗い寂れた灰色が、ただただ続くだけ。

歩いても歩いても、同じ空間が続くだけ。先にある入り口は一向に近づいてこない。まるでルームランナーの上をひたすら歩いているような気分になる。



「ーー同じ空間が続くだけ・・・」



ふと僕は横の壁を懐中電灯で照らした。



見覚えのある、「呪われている」「来るな」と赤いスプレーで描かれた落書きが、照らした懐中電灯の光を受ける。



なるほど、まず一つ分かった事がある。この空間は永遠に長く伸びているというわけではない。僕達はこの空間を、メビウスの輪のようにループしているのだ。

そして、これが能力者の引き起こしたものだと仮定して、だとしたらこの能力者の目的は何なのだろうか?

色々な可能性は考えられるが、1番有力な目的は「何もせずただ侵入者の反応を楽しむだけ」ではないだろうか。

その理由として、まずこの花岸トンネルに入って行方不明者が出たという話は聞いたことが無いし、もし仮に能力者が訪問者を殺すことが目的なら、必ず何かしらの痕跡が残る筈だ。だが先ほどから壁や地面を注意深く観察していても、血飛沫一つ壁にはついておらず、力尽きた者の遺骨や衣服等が地面に落ちていることもない。誰かがこのトンネルに入った形跡は、壁に描かれたこの落書きぐらいのものである。

つまり考えられる結論として「犯人の動機がどうあれ、僕達は暫く歩いていれば勝手に外に出られるようになる」という事だ。そしてこのループするトンネルから抜け出した者達がそれを周囲に話し、この花岸トンネルの怪談は出来上がった。そもそも入った者が帰ってこれなくなるのなら、このトンネルの怪談も広まらない。

勿論これは希望的観測であり一種の気休めだが、誰もこのトンネル内で死んだ形跡がないことから、あながちこの可能性は低くないだろう、と僕は考えた。

そう思うと、少し心の不安が晴れた気がした。とにかくここは閉鎖空間だ。心も閉鎖的になっていては、解決できることも解決できなくなってしまう。なるべくポジティブに物事を考えなくてはなるまい。ネガティブな事を考えたって、僕達ができる抵抗などたかが知れている。



そんな事を考え、なるべく前向きに徹しようと気合を入れ直していた時、前を歩く先輩が唐突に口を開いた。



「あぁ~そう言えば言い忘れてたんだけどさ、このトンネルに入った人って何人か行方不明になってるらしいよ?まあ噂程度だと思ってあんまり事実確認しなかった情報だけど。」



「・・・」



「いや~これって結構まずいよねぇ。私たちもニュースに上がっちゃうかもよ?照れるなぁ(笑)」



前言撤回である。誰も行方不明になっていないという前提が崩された今しがた、彼女のもたらした情報により僕達の命が危険にさらされる可能性が急浮上してきた。

トンネル内に死の痕跡がないのは確かだが、もしかしたら犯人がしっかり証拠隠滅をしているだけかもしれない。それか、犯人の能力により痕跡が残らないようになっているか。

また僕の思考はネガティブなものへと変わってしまった。

先輩に、何故それをもっと早く言わない、とは言いたかったがそれも言わなかった。言ったところで今更どうにもならないし、何故言わなかったかも大体予想がつく。

大方、それを言えば僕が付いてこないかも知れないとでも思ったのだろう。

僕は憎たらしく笑う彼女の背中を睨みつけた。



だが彼女への怒りよりもまずは脱出が最優先だ。

そして一つ言える確かな事は、ここを出た後もう僕は彼女との縁を切るということだけだ。
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