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プロローグ 母の思い

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 ここはエシルス大陸。
 私はエシルス大陸最大の勢力を持つシャムス帝国皇帝の娘であり、帝国の北方にあるエルドニア王国の次期国王、アロンの元へと嫁いだフレン・シャムスである。
 王国と帝国の友好関係構築のために嫁がされた私だが、待遇は決して良くはなかった。
 帝国でも側女の子供として虐められてきた私だが、王国に来ると、アロンは既に正室を抱えていたが外交関係上正室は側室となり、私は正室になった。
 そのせいで王国での立場も決して強くはなく、正直生きているのも嫌になった。
 しかし、そんな私にも嬉しいことがあった。
 子供が出来たのだ。
 私には歳の離れた仲の良い弟がいたが、王国に嫁いでからはなかなか会えずにいた。
 だから私は子供に愛情をこれまでにない位注いで育てた。
 しかし、跡継ぎを元正室の子供のアーロンに継がせたいアロンは刺客を放って私の息子アルフレッドを殺そうとしてきた。
 まぁ、私が全て返り討ちにしたんだけど。
 そして幾度となく命を狙ってくる事を国王に相談したところ、アルフレッドを領主にして、アロンの元から遠ざける事になった。
 私はアロンの近くにいて、動きを牽制する。
 アルの近くにいられないのは寂しいけどアルのためだと思い我慢する。
 しかし、数年が経過した頃急報が入ってきた。
「アルが高熱で死にそう!?」
「い、いえ、死にそうかどうかは分かりませんが、かなり危険な状態と聞いています。」
 私の帝国からの従者であるセラからの報告を受ける。
 セラは孤児で私が保護した子だ。
 かなり優秀な子で帝国の竜騎兵団の副長にまで上り詰めた。
 今は色々あって私の従者となっている。
「今すぐ向かうわよ!」
「い、今すぐですか!?」
 そのまま部屋を出ていく。
 セラも戸惑いつつもついてきた。

「フレン様!?何故こちらに!?」
「かわいい息子が大変だというのに駆けつけない親がいますか!?」
 王城からアルの領地までは通常3日の距離だが、馬を飛ばし、1日半で来た。
 対応してきたのはアルの側近であるセインという若者で、アルには昔から尽くしてくれている。
「フ、フレン様!?」
 セインをスルーし、そのまま奥へと入っていく。
 アルなら恐らくアルの部屋にいるだろう。
 そのまま迷うことなく進んでいく。
「アル!」
「フレン様!?」
 ドアを開け、部屋へと入っていく。
 部屋の中にはベッドで眠るアルと医者、そしてセインの父親であるセイルズがいた。
 アルにはセイルズがつきっきりで看病していたようだ。
 医者もいるが、特に何も出来てない様子である。
「アルはどうなの!?」
「は、今は落ち着いています。この状態が続くようならもう大丈夫でしょう。ですが、急に悪化しないとも言い切れません。」
 医者が答える。
「原因は不明なの?」
「申し訳ありません。全く検討もつきません。」
 ヤブ医者め。
 いや、彼はできる限りのことはしてくれたはず。
 この気持ちは奥にしまって置こう。
「先生。ありがとうございます。アルの事を見てくれて。」
「いえ、私は大したことは、では、私は一旦失礼しますね。」
 医者は部屋を出て行った。
「では、フレン様、何がありましたらお呼びください。すぐに参ります。」
 セイルズも部屋を出て行く。
 親子の時間のために気を使ってくれたのだろう。
 アルの手を握る。
 アルが元気なら思い切り抱きつきたい位だがそれは元気になってからにしよう。
 顔色はいい。
 最愛の息子を失ってしまったら私はどうにかなってしまうだろう。
 出来ることなら変わってあげたいくらいだ。

「フレン様。」
「……ん?あぁ寝ちゃってたか。」
 強行軍でここまで来た疲れが一気に来たのか、気付いたらアルの手を握ったまま寝ていた。
 セラの声で目が覚めた。
 アルの様子は相変わらずである。
 もう既に、日は落ちている。
「アルフレッド様、大丈夫そうですね。」
「ええ、良かったわ。」
 アルの手を離し、立ち上がって伸びをする。
「そういえば、アルが成人したらセラと結婚させようかなって話は?どうなの?」
「またその話ですか?冗談はいい加減にしてください。あ、そういえば王城より文が届きましたよ。」
 セラが文を取り出してきた。
「もう。冗談じゃないのに。」
 文を開き内容を読む。
 内容は緊急事態が起きたので城へ戻るようにというアロンからの文であった。
「息子が倒れてるっていうのに……。」
「フレン様?」
 文をしまう。
「帰るのは明日にしましょう。流石にちょっとキツイわ。」
「そうですね。私も流石に疲れました。」
 部屋を出ると外にはセインがいた。
「今日は止まっていくわ。部屋はあるかしら?」
「もちろんでございます。」
 セインについていき、部屋へと案内される。
 案内された部屋にはベッドが2つある。
「申し訳ありませんが、セラ殿とは相部屋になります。」
「大丈夫よ。いつもだから。」
 セラは身の回りの世話を任せているので、一番そばにいなければならないということで同じ部屋で寝る事を許可している。
 とても異例のことである。
「では、失礼します。」
 セインは部屋を出ようとする。
「あ、セイン!」
「はい?」
 いい忘れていたことを思い出し、セインを呼び止める。
「いつもアルに仕えてくれてありがとうね。」
 セインは少しキョトンとした顔をしたが、すぐにいつも通りの顔に戻った。
「いえ、若はとても優しいお方で私共もいつも助けられております。では。」
 今度こそ部屋を出るセイン。
 恐らく、アルの元へ戻ったのだろう。
「じゃおやすみなさい。セラも早く寝なさいね。」
「もう。私はもう子供ではないんですよ。」
 そのまま、ベッドへ飛び込む。
 セラは小さい頃から世話しているので、ついつい子供扱いしてしまう。
 疲れが溜まっていたのか気付けば寝ていた。

「では、お気を付けて。」
 セインに見送られて城を後にする。
 帰りは急ぐことなく、ゆっくりと進むことにする。
 途中で王城へと向かう商隊と出会い、共に王都へ向かうことになった。
 こちらは2人だけなので旅人という設定で。
 そしてその晩事態は起こった。
「フレン様!起きてください!」
「何?まだ朝じゃないでしょ?」
 テントの中でセラと2人で寝ていたのだが、セラに起こされた。
 最初こそ何が起こっているかよくわからなかったが次第に頭がはっきりしてきて辺りが騒がしいことが分かった。
「敵?」
「はい。それも恐らく帝国の暗部、陽炎部隊です。」
 暗殺を専門とする特殊な部隊、陽炎部隊。
 噂でしか聞いたことがなかったが、手練れだと聞いている。
 すると天幕へ商隊の男が飛び込んでくる。
「た、助けて……。」
 よく見ると背中には剣が刺さっており、もう助からないだろう。
 いや、既に息はしていない。
「セラ。刀を。」
「はい。」
 セラから刀を受け取り、抜き放つ。
 なぜ帝国がこの様なところで活動しているのか、そしてなぜこの様な商隊を襲ったのか。
 いや、恐らく狙いは私だろう。
 皇帝の差し金かどうかは分からないが、そんな盗賊紛いのことをする部隊ではない。
 隣を見るとセラも槍を構えている。
「さぁ、セラ。行くわよ!」
「はい!」
 一気に天幕を飛び出す。
 外の状況は最悪であった。
 そこらじゅうに死体が転がっており、商隊の護衛を受けた冒険者も既に首と胴は繋がっていなかった。
 辺りはフードを被り、黒い革鎧をまとったものたちが10数名いる。
「た、助けてぇ!」
 声の方を見ると商隊の女性が半分服を脱がされ乱暴されそうになっていた。
 そして気が付くと隣にいたはずのセラは居なかった。
「……死ね。」
 そして襲われていた女性の方を見るとそこにはセラがおり、敵を既に殺していた。
 やはりセラはその生い立ちのせいかそういった場面に相対すると少し理性を失うようだ。
 現に背後から攻撃されそうになっている。
「ま、そんなの見逃すはず無いんだけどね。」
 そして私はその敵の首をすかさずはねる。
「あ、ありがとうございます!」
 気がつけば周囲にいた敵が全て集まってきていた。
「狙いは私でしょう?私だけを狙いなさい。私1人で相手してあげるわ。」
「フレン様!?」
 すると敵は狙い通り目標をこちらへ変えた。
「ふふ。久しぶりねこんな窮地。楽しそう!」

 そこからの記憶はあまりない。
 来る敵を全て切り伏せ返り血を浴びながら敵を殲滅した。
 私はせめて剣術だけでも見返してやろうととにかく鍛練に励んだ。
 そのお陰もあってここまで強くなれたのだ。
 途中、セラを人質にとろうとする輩も現れたがそれはセラが難なく切り伏せていた。
 最後の方は敵が諦めたらしく、残った数名はそのまま闇に消えていった。
 奴等は馬も全て殺していたので、ここから先は徒歩で王都へ向かうしかない。
 私達は生き残った人達を連れて王都へ向かった。
 結局ついたのはアルの元を離れて4日後だった。
 そして城に着いたら思いがけない光景が待っていた。
 城には一万の兵がいたのだ。
 これから戦にいくかのように準備をしていた。
 取り敢えず私はアロンの元へとむかうことにした。

「アロン!これは一体どう言うこと!?」
「フレンか。遅いぞ。」
 アロンは自室で紅茶を飲んでいた。
「途中で帝国の暗部に狙われたわ。」
「そうか。」
 また一口飲む。
 まるで気にしていないような様子である。
 いや、もしかしたらそれもアロンの差し金かも知れない。
「……それで、あの兵はどう言うことなの?」
「……アルフレッドに謀反の疑いがある。」
 あり得ないことを言い出した。 
「あり得ないわ。見舞いにいったら本当に寝込んでいたもの。」
「数日前に目を覚ましたそうだ。お前が城を去ってからな。タイミングが良すぎないか?」
 なんとなくアロンの狙いがわかってきた。
「なんにせよあいつには謀反の疑いがある。これははっきりさせておかなくてはならない。」
「ならなぜ兵を集めるの?ちゃんと調べてからでも……。」
 紅茶をテーブルに置き、立ち上がり、窓の外から兵達の様子を見る。
「あいつには出頭するように指示を出した。もし、3日以内に返答がない場合は強制的に捕縛する。そのための兵だ。」
「3日以内!?あそこまでは3日かかるのよ!?」
 振り返りこちらを向く。
 その顔は笑っていた。
「……これであいつの命は終わったな。」
「……ふざけるな!」
 刀を抜き放ちアロンへと向ける。
「実の息子を殺すというの!?」
「あいつを息子と思ったことは無い。おい!フレンが乱心したぞ!捕らえろ!」
 すると辺りから無数の兵が現れ、囲まれる。
「お前にはおとなしくしといてもらうぞ。大事な外交の道具だからな。」
「なるほど、そこまで計画の内だった訳ね。でも残念でした。私の方が上だったみたいね。」
 すると部屋の入り口から侍女隊が突入してくる。
「フレン様!お待たせしました!」
「ナイスタイミングよ!セラ!」
 辺りの兵は直ぐに組み伏せられ無力化される。
 ある程度見越してあらかじめ私の侍女隊に準備をさせていたのだ。
「くそっ!」
「貴方は詰めが甘いのよ。本当なら殺したいところだけど今はやめておくわ。じゃあねもう永遠に会うことはないでしょう。」
 そのまま侍女を引き連れ部屋を後にする。
 今は一刻も早くアルの元へと急がなければならない。
 それにアルが目を覚ましたというのだ。
 会いに行かない母親など居ない。
(待っててね!アル!今会いに行くから!)
 そのまま私はセラ達、侍女隊30名を引き連れアルフレッドの元へと向かうのであった。
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