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意志を継ぐもの

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「じゃあ、行ってきます。」
「ああ、気をつけてな。」
「無理はしないでね。」
 自分は今、駅で両親に見送られていた。
 あのあと自分は道中にいた敵を無力化しつつ坑道を脱出した。
 家についてからは意識を取り戻した両親に事情を説明した。
 両親はあのフェンが持っていたスタンガンと呼ばれるもので無力化されたとのことだ。
 家を訪ねられたときに油断した隙をつかれたらしい。
 最初に応接した母が襲われ、母を人質に取られ、父もスタンガンを食らったらしい。
「村の事は任せてくれ。俺たちが何とかする。お前はお前のなすべき事をしろ。」
「ありがとう、父さん。」
 自分の父は村一番の実力者だ。
 村の中での影響力は強い。
 ここの事はまかせても大丈夫だろう。
 次は不意打ちは食らわないとも言っていたし大丈夫だろう。
 自分は首都へと行き、クレアさんの研究所に行き奴等の事を調べるつもりだ。
 クレアさんの助手(仮)としてすべき事をしよう。
 復讐というわけではないが奴等の犯罪は見逃せないからな。
「ロイ。そういえばクレアさんが泊まってた部屋にこんなものがあったの。」
 そう言うと母は手紙を差し出してきた。
 手紙には『ロイ(未来の助手)君へ』と書かれていた。
 恐らく、いや確実にクレアさんからの手紙だろう。
 こうなることを予測して書いていたのだろうか。
「ありがとう。母さん。汽車の中でゆっくり読むよ。」
 すると、汽車の汽笛が鳴った。
「あ、もう出るみたいだ。じゃあ、行くね。ちゃんと手紙出したり、いつになるかは分からないけどたまには顔を出すようにするから。」
 特に計画を立てていた訳ではないので、どうなるかは分からない。
 ただ、奴等がクレアさんがいない内に研究所にある様々な情報を処分する可能性を考えて急いでの出発となったのだ。
「ああ、頑張れよ。」
「体に気をつけてね。」
 母は少し過保護なところがある。
 とはいえ、心配してもらって悪い気分ではない。
 踵を返し、汽車に乗る。
 席に座り、窓ガラスの外を覗くと両親が手を振っていた。
 手を振り返すと間もなく汽車が進み始めた。
 すぐに両親も見えなくなり、気が付けば村ももう見えなくなっていた。
 そして、母からもらったクレアさんからの手紙を読む。
『こんにちは、ロイ君。いや、こんばんは、かな?まあ、そんなことはどうでもいい。この手紙を読んでいるということは、私はもう君の側には居ないのだろう。どうだい?異世界の作品ではよくある台詞らしい。一回やってみたかったんだ。これ。もうこれだけで手紙終わっていいかな?うん良いね。満足した。じゃあね。』
 手紙はここで終わっていた。
 訳ではなく2枚目があった。
 やはりクレアさんはクレアさんだな。
『まあ、ふざけるのは程々にして本題に入ろう。さっきも言ったが今、君の側には私は居ないんだろう。今後は君の好きに生きたまえ。だが、もし君にその気があるのなら研究所のことは君に任せたい。あそこを継いでくれるものが今いなくてね。君になら任せられる。君はまだまだ未熟な所はあるが、磨けば光るものがあるのは確かだ。自信を持つといい。さて、もし君が研究所を受け継いでくれるというのなら最初は何をすれば良いのか分からないだろう。それに、今後様々な事で行き詰まる事があるかもしれない。そんなときは旧市街のサン・ジョルジュという飲食店に行くと良い。あそこの店主は情報通だ。裏では情報屋として活躍もしている。君の助けになるだろう。じゃあ、元気でね。クレア・ゼイルより。』
 手紙はここで終わっていた。
 研究所を継ぐということは考えていなかったがクレアさんが言うのならいいかもしれない。
 まぁ、今後どうなっていくかは分からないが、せいぜい頑張ってみるとしよう。
 クレアさんの名前に傷がつかないように。

「……よし。」
 自分は、首都に着くと真っ先に研究所へと向かった。
 外見から荒らされた様子は無い。
 だが、奴等は痕跡を残さない手口を使う。
 油断せずに中へと入っていく。
 クレアさんの手紙に一緒に入っていた鍵で扉を開け、中に入ると真っ暗で何も見えなかった。
「確か……。」
 記憶を頼りにあの時クレアさんがしていた行動を真似る。
 初めてここに来たときクレアさんは壁についていた何かを押していた気がする。
「あっ!あった!」
 壁に何かを感じ、それを押した。
 すると瞬く間に部屋に明かりが灯る。
 これが電気なのだろう。
 首都では当たり前なのだろうか。
 それとも研究所だから使われているのか。
 何はともあれ今は中の様子を確認しよう。

 結局様子は初めて訪れた時と何も変わっていなかった。
 ひとまずは安心だ。
 だが、所長の後を継ごうにもこの部屋の何がどこにあるのか、何をしていれば良いのか全く分からない。
 取り敢えず最初に目がついた本棚を漁ってみる。
 様々な本がある。
 か、1番気になった本があった。
 本の背表紙には異世界記録と書かれている。 
 全部で30巻もある。
 とても分厚く、全部読むには一日じゃ足りないだろう。
 そこで途中から背表紙の字が変わっている事に気付く。
 20巻から先は字体はクレアさんの文字と似ているものだった。
 ここから所長はクレアさんに変わったのだろうか。
 1巻を手に取り読んでみる。
『これから異世界人から聞いた話をここに纏めていこうと思う。異世界の情報はとても価値のあるものだ。有効に活用できれば何でもできるだろう。』
 1ページ目にはそんなことが書かれていた。
 その後のページは異世界の話が綴られていた。
 内容はとても興味深いものだったが、ちゃんと読んでいると時間がいくらあっても足りない。
 ここは先代が書いたと言うことか。
 自分は1巻を棚に戻し、クレアさんが書いたであろう20巻目を取り、ページを開く。
『先代が行方不明になってから数ヶ月。同期のフェン・ローゼンも消息不明になるなど色々あったが私、クレア・ゼイルが後を継ぐこととなった。先代に習い私も異世界について調べ上げた事を記録していこうと思う。他にも長年務めている者もいるし、なぜ私なのかは納得が行かない。面倒事を押し付けられた気分だ。まあ、やるけど。』
 これが何年前にかかれたのかは分からないがやはりクレアさんらしい感じがする。
 フェンというのはあの坑道にいたフェンなのだろうか。
 この巻の時代はまだ人がたくさんいたようだ。
 更に調べればまだまだわかることがあるのだろうが、今度ゆっくりと時間を使って調べよう。
 次にクレアさんが泊まっていた部屋へとむかう。
 初めて訪れた時、所長室を見つけていたのを思い出した。
 扉が開いていたので、軽く見たがベッドがあったのでそこで寝泊まりしていたのだろう。
 部屋へと入ると、かなり散らかっていた。
 本や服、下着までもが散乱していた。
 正直見るのは失礼な気もするが、このままというわけにも行かない。
 他に部屋があるわけでもないので、泊まれるのはここだけだ。
 手持ちの金もあまり無いから宿を借りる訳にも行かない。
 最初の仕事は片付けることから始めるとしよう。
 極力下着とかは見ないようにする。
 片付けは後回しにして、所長室を出て事務所……と呼んで良いのか分からないが自分が応接された部屋を見渡す。
 複数の机が並んでいるが、只の物置と化している。
 キッチンもあるが、あの様子では使えそうも無い。
 大掃除が必要なレベルだ。
 クレアさんがお菓子を出していた扉を開けてみる。
「うわっ!冷たっ!」
 扉を開けると中から冷気が出てきた。
 中には飲み物や食料などがつまっていた。
 恐らく食料などを冷えた状態で保管しておくようの箱なのだろう。
 電気を使えばここまで出来るとは。
 異世界は凄い。
「……ふぅ。」
 一通り見て回ることが出来たので、ソファに腰を下ろす。
 取り敢えず初日は片付けて泊まれるようにするところから始めよう。
 サン・ジョルジュという店を訪ねるのは今度にしよう。
 今日一日かけて、この研究所を徹底的に綺麗にしてやる。

「旧市街って……。」
 昨日は一日をかけて研究所を掃除した。
 長い時間をかけて大掃除をし、まるで新居かと思うほどに綺麗にした。
 クレアさんの私物については箱にまとめておいた。
 死んだ……と決めつけるのはまだ早すぎると思ったのだ。
 クレアさんならば自分が死ぬ前提の作戦は考えない。
 まあ、ただ自分が希望を持って生きたいというだけなのだが。
 いつかは認めてもらいたいと、いつかは戻ってくるかもしれないと思い続けることでだらけることなく自分に鞭を打っているのだ。
 実は生きていてどこかで見られているかもしれないという緊張感を持っているのだ。
 それに私物を捨ててしまえばクレアさんとの繋がりが無くなってしまう、本当に居なくなってしまいそうで、捨てるに捨てられなかった。
 因みに今は情報屋だと言うサン・ジョルジュという飲食店を訪れるために旧市街を訪れていたのだが……。
「広すぎる!」
 旧市街を訪れてすでに数時間。
 すぐに見つかるだろうと辺りをブラブラとしていた。
 しかし、予想以上に旧市街が広く見つけられずにいた。
 まぁ、旧市街でも田舎者の自分からしたら目新しいものばっかりで本腰入れて探してはいなかったのだが。
 だが、さすがにこのままではいけないと思い、近くの人に聞くことにした。
「あの、すいません。」
「ん?どうかしたか?」
 近くにいた頭が光っている髭の生えた老人に声をかける。
 老人にしては体格がいい気がするが、腰も曲がって杖もついている。
 昔は相当強かったのだろうか。
「サン・ジョルジュっていう店知ってます?ちょっと用事があるんですけど……。」
「ああ、その店か……。」
 老人は少し顔をそらす。
 そのそらした先にはぼろぼろになった建物があった。
 窓ガラスも全て割れている。
 あの店がそうなのだろうか。
「何かあったんですか?」
「ああ、昨日の夜中に何者かに襲われたらしくてな、今はやってないんじゃよ。」
 昨日は夜遅くまで片付けをしていた。
 もし自分が綺麗好きじゃなければ昨日の内に訪れることが出来たのだろうか。
 どちらにせよ今となっては後の祭りだ。
「店主は今どうしてるんですか?」
「実はな、行方不明なんじゃよ。」
 つまり、ここには居ないということだ。
 これ以上ここにいても時間の無駄だろう。
 既に警察の調査も入っているだろうし、収穫はあまり無いかもしれない。
 情報屋が無いというのは痛手だが、仕方がない。
 ただ、この事もいずれ対処した方が良いだろう。
 なんにせよ、一度戻った方がいいかもしれない。
 情報をもう少し集めたい所だが、店を襲ったのが奴等ならば研究所を襲う可能性もある。
 取り敢えず自分は戻ることにした。
「ありがとうございました。では、失礼します。」
「あぁ、お前さん。ちょっと待ちなさい。」
 老人に止められる。
「どうしたんです?」
「あの店に用事があるってことは何か情報が欲しいんだろう?お前さん何者だい?」
 何者かと問われる。
 正直まだあそこの所長を名乗るには未熟すぎる。
 それに恐れ多い気もする。
 なので、こう答えた。
「異世界研究所の所長の代理です!」

 あのあと念のため帰ってきたが特に異常は無かった。
 既に日も落ち始めているので電気をつける。
 やはり科学というのは素晴らしい。
「ごめんくださーい!」
 ソファに座り異世界記録を読もうとしたところドンドンと扉を叩かれる。
 あの本を毎日時間をかけてゆっくりと全巻読むつもりなのだ。
 まぁ、初日は読めなさそうだが。
 どうやら客人のようだ。
 扉を開け、出てみる。
「はい、どうかされましたか?」
 扉を開けた先には同い年くらいの少女がいた。
 長い髪を後ろで纏めている、いわゆるポニーテールというものだ。
 まぁ、美人に分類されるだろう。
 ただ、胸は無い。
 まぁ、年相応という感じだ。
「おと……あ、おじいちゃんを助けてください!」
 今、お父さんと言おうとしていなかったか?
「取り敢えず何があったか教えてくれるかい?」
「あ、はい!失礼しました!」
 こちらにきて、まだ日が経っていないというのにもう厄介なことに巻き込まれそうだ。
 ただ、この事件が奴等に繋がってくるかもしれない。
 所長代理を名乗った以上、やることはきちんとやろう。
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