12 / 32
第12話 シリウスとの距離
しおりを挟む
(空気が重い……料理は美味しい……おも……うま……)
良いものと悪いものを同時に摂り続けること数日。一切の沈黙と気まずさにはまだ慣れないものの、目の前に出される料理を味わう余裕が出始めていた。しかし、今日はいつもと違う感覚があった。
「……」
僕に対して全く見向きもしなかったシリウスだったが、今日は時々視線を感じる。僕の事を探っているような目線だ。マナーは図書室から借りた本で学んで気をつけているから大丈夫、だと思いたい。
(連日僕が何も嫌がらせをしない事を不思議に思ってるのかな?)
ほぼ毎日のように当たり散らしていたハルトが、急に大人しくしていたら疑うのも無理は無い。というかよく今まで一緒に食事をし続けていたな、という疑問すら上がってきた。
「ハルト」
僕が思い悩んでいる所で、シリウスは僕の名前を呼んだ。重苦しい静寂をスパッと切り裂くように響いた低い美声は、僕の心臓が鷲掴みされたように全身を一気に強張らせた。どうにかシリウスのほうに顔を向けて返事をしなければと声を絞り出す。
「へっ? な、何? 兄さん」
「……以前もだったが、兄さんと呼ぶようになったのか」
「う、うん……これまでがおかしかったことに気づいたというか……」
「やはり、以前とは様子が違うようだな」
何かを飲み込んだ様子のシリウスは、ナイフとフォークを音を立てずに置く。凛とした目つきで僕と向き合い、真摯に話をしようとしてくれている。それに合わせて僕も背筋を正す。
「やはり、って?」
「セレナからの進言があったのだ。今のハルトと向き合ってみてください、と」
「セレナが、そんなことを?」
「ああ」
セレナに僕の心境を打ち明けたのは昨日のことだ。シリウスとの関係も少しずつ直していけたらいいな、と思ってはいたのだけれど、まさかその翌日にきっかけを作ってくれるとは思っていなかった。ここは大事なところだ、と襟を正すと、シリウスは一瞬だけ僕から目線を逸らし、泳がせた。
「私は」
「?」
シリウスはぽつりと、さっきまでの響く声ではなくやや自信が無いような声で話を始めた。
「……お前が私の事をどう思っているか、考える暇も無かった」
「兄さん……」
「直接聞こうにも、有意義な対話が見込めないだろうと切り捨てていた」
「……それは僕のせいです、はい」
ハルトの行いは話しても無駄だと思わせていたし、ハルト自身も耳を貸さなかっただろうから僕の非で間違いない。申し訳なさにせっかく伸ばした背筋が丸まってしまう。しかしシリウスは僕の顔をしっかりと見つめ続けている。
「だから、聞かせてほしい。話してくれないか? ……お前の気持ちを」
「……」
ハルトは、シリウスの恋路を邪魔するサブキャラである。だから極力関わらないのがお互いのためだと思っていた。しかしそれは、あくまでゲームの都合の話。今は生きている二人の、兄弟としてのコミュニケーションが必要なのだ。一度深呼吸してから、ハルトとしての気持ちを包み隠さず伝えよう。
「ずっと……何を頑張っても、全部兄さんより下だって皆から言われ続けてさ」
「……」
「だから、何もかも嫌になった。誰にも気持ちを理解してもらえないのが嫌で、周囲に当たってたんだ。……兄さんには一番強く、ね」
まだ中等部であるハルトに、この気持ちは上手く表現できなかっただろう。どう扱えばいいかわからなかっただろう。ただシリウスにがむしゃらにぶつけることしかできなかった。
「寧ろ僕は、兄さんに邪魔だと思われたから避けられたんじゃないかって……」
「そういう訳では無い。……私も自分の事ばかりで余裕が無かったから。お前と向き合うことを怠っていた」
二人は決定的にすれ違ってしまっていたのだ。ハルトは何をしても素っ気ない兄に嫌悪感を抱き、シリウスは自分に嫌がらせをする弟を避けてきた。
「その、これまで……本当にごめん」
「いや、俺も至らないところがあったのだ。こちらこそ悪かったな」
「うん。……改めて、兄弟としてやっていきたいんだけど……いいかな?」
「ああ、無論だ」
「もう、そんなに畏まらないでほしいな。兄弟なんだし」
「う、うむ……善処する」
朝食の時に必ず流れる、会話のない沈黙の時間。けれど今の静寂な時間は心地よかった。まだ完全じゃないかもしれないけど、ハルトとシリウスの確執を解かすことができた。これでサブキャラとして邪魔をしてしまう要因が減らせたのでは無いだろうか。全身の力を緩めて食事を再開しようと思ったのだが、シリウスはまた険しい表情になった。
「それはそれとして、だ」
「え、何?」
「ハルト、……一体お前の身に何があったんだ?」
「へ?」
先程までのしんみりとした空気はどこへやら、兄の質問に思わず間の抜けた声が出てしまった。
「お前がここまで大人しくなるとは、余程の事があったに違いない」
「あー、えっと、これは説明が非常に難しくて……」
そういえば、シリウスはリリアと一定以上親密な関係になるとやや心配性な一面が見受けられるようになっていたことを思い出す。その片鱗が今ここで露見していた。
「まさか、学園で理不尽な目に会ったせいで無理やり改心させられたのではないか?」
「……えぇ?」
「そうでなければ、お前がこれまでの行いを急に正せるはずがない……何をされたのかすぐに調べさせなければ」
「兄さん? 自覚無いかもだけど結構酷いこと言ってるよ?」
僕の中で完璧だと思っていたシリウスの印象が少しだけ変わった。案外、不器用なところがあったのだ。ただ、この天然さ故に元のハルトは仲良くなれなかったのかもしれないな、という結論に至った。
良いものと悪いものを同時に摂り続けること数日。一切の沈黙と気まずさにはまだ慣れないものの、目の前に出される料理を味わう余裕が出始めていた。しかし、今日はいつもと違う感覚があった。
「……」
僕に対して全く見向きもしなかったシリウスだったが、今日は時々視線を感じる。僕の事を探っているような目線だ。マナーは図書室から借りた本で学んで気をつけているから大丈夫、だと思いたい。
(連日僕が何も嫌がらせをしない事を不思議に思ってるのかな?)
ほぼ毎日のように当たり散らしていたハルトが、急に大人しくしていたら疑うのも無理は無い。というかよく今まで一緒に食事をし続けていたな、という疑問すら上がってきた。
「ハルト」
僕が思い悩んでいる所で、シリウスは僕の名前を呼んだ。重苦しい静寂をスパッと切り裂くように響いた低い美声は、僕の心臓が鷲掴みされたように全身を一気に強張らせた。どうにかシリウスのほうに顔を向けて返事をしなければと声を絞り出す。
「へっ? な、何? 兄さん」
「……以前もだったが、兄さんと呼ぶようになったのか」
「う、うん……これまでがおかしかったことに気づいたというか……」
「やはり、以前とは様子が違うようだな」
何かを飲み込んだ様子のシリウスは、ナイフとフォークを音を立てずに置く。凛とした目つきで僕と向き合い、真摯に話をしようとしてくれている。それに合わせて僕も背筋を正す。
「やはり、って?」
「セレナからの進言があったのだ。今のハルトと向き合ってみてください、と」
「セレナが、そんなことを?」
「ああ」
セレナに僕の心境を打ち明けたのは昨日のことだ。シリウスとの関係も少しずつ直していけたらいいな、と思ってはいたのだけれど、まさかその翌日にきっかけを作ってくれるとは思っていなかった。ここは大事なところだ、と襟を正すと、シリウスは一瞬だけ僕から目線を逸らし、泳がせた。
「私は」
「?」
シリウスはぽつりと、さっきまでの響く声ではなくやや自信が無いような声で話を始めた。
「……お前が私の事をどう思っているか、考える暇も無かった」
「兄さん……」
「直接聞こうにも、有意義な対話が見込めないだろうと切り捨てていた」
「……それは僕のせいです、はい」
ハルトの行いは話しても無駄だと思わせていたし、ハルト自身も耳を貸さなかっただろうから僕の非で間違いない。申し訳なさにせっかく伸ばした背筋が丸まってしまう。しかしシリウスは僕の顔をしっかりと見つめ続けている。
「だから、聞かせてほしい。話してくれないか? ……お前の気持ちを」
「……」
ハルトは、シリウスの恋路を邪魔するサブキャラである。だから極力関わらないのがお互いのためだと思っていた。しかしそれは、あくまでゲームの都合の話。今は生きている二人の、兄弟としてのコミュニケーションが必要なのだ。一度深呼吸してから、ハルトとしての気持ちを包み隠さず伝えよう。
「ずっと……何を頑張っても、全部兄さんより下だって皆から言われ続けてさ」
「……」
「だから、何もかも嫌になった。誰にも気持ちを理解してもらえないのが嫌で、周囲に当たってたんだ。……兄さんには一番強く、ね」
まだ中等部であるハルトに、この気持ちは上手く表現できなかっただろう。どう扱えばいいかわからなかっただろう。ただシリウスにがむしゃらにぶつけることしかできなかった。
「寧ろ僕は、兄さんに邪魔だと思われたから避けられたんじゃないかって……」
「そういう訳では無い。……私も自分の事ばかりで余裕が無かったから。お前と向き合うことを怠っていた」
二人は決定的にすれ違ってしまっていたのだ。ハルトは何をしても素っ気ない兄に嫌悪感を抱き、シリウスは自分に嫌がらせをする弟を避けてきた。
「その、これまで……本当にごめん」
「いや、俺も至らないところがあったのだ。こちらこそ悪かったな」
「うん。……改めて、兄弟としてやっていきたいんだけど……いいかな?」
「ああ、無論だ」
「もう、そんなに畏まらないでほしいな。兄弟なんだし」
「う、うむ……善処する」
朝食の時に必ず流れる、会話のない沈黙の時間。けれど今の静寂な時間は心地よかった。まだ完全じゃないかもしれないけど、ハルトとシリウスの確執を解かすことができた。これでサブキャラとして邪魔をしてしまう要因が減らせたのでは無いだろうか。全身の力を緩めて食事を再開しようと思ったのだが、シリウスはまた険しい表情になった。
「それはそれとして、だ」
「え、何?」
「ハルト、……一体お前の身に何があったんだ?」
「へ?」
先程までのしんみりとした空気はどこへやら、兄の質問に思わず間の抜けた声が出てしまった。
「お前がここまで大人しくなるとは、余程の事があったに違いない」
「あー、えっと、これは説明が非常に難しくて……」
そういえば、シリウスはリリアと一定以上親密な関係になるとやや心配性な一面が見受けられるようになっていたことを思い出す。その片鱗が今ここで露見していた。
「まさか、学園で理不尽な目に会ったせいで無理やり改心させられたのではないか?」
「……えぇ?」
「そうでなければ、お前がこれまでの行いを急に正せるはずがない……何をされたのかすぐに調べさせなければ」
「兄さん? 自覚無いかもだけど結構酷いこと言ってるよ?」
僕の中で完璧だと思っていたシリウスの印象が少しだけ変わった。案外、不器用なところがあったのだ。ただ、この天然さ故に元のハルトは仲良くなれなかったのかもしれないな、という結論に至った。
0
あなたにおすすめの小説
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる