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第五話 昆虫食
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ママは昔から流行り物が大好きだよね、ってパパが前に言ってた。
がさ、がさ。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…ごくん。
ぱしん。
「あのね、ようちゃん。これからは昆虫食、コオロギを食べるのが当たり前になるの」
ぼくはママのほうを向かないよう、机に向かったまま開いた本に顔を向けている。
時折、ぱしんとぼくが太ももを叩く音以外は、ママの食べる音だけが響いていた。
「例えばね。都市部を含むラオス全体の調査では96.8%が昆虫を食べた経験があって、半数が月1回以上食べているっていうのよ。ラオスですらそれだけ食べられてるのだから、もっと大勢が住んでて、もっとグルメの日本でならもっと食べられるはずよね。ううん、食べられなきゃおかしいわ」
がさ、がさ。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…ごくん。
ぼくはラオスというのが何なのかはよく分かんない。それが日本とどう繋がるかなんてもっと分かんない。
ぱしっ。
「何よりもね、コオロギなら牛や豚を一匹育て上げる分で大量に食べられる分が取れるのよ。これから食料難になる時代に、昆虫食は今後必須なのよ。分かるわよね、ようちゃん」
わかんない。
ぼくはそんなに沢山食べないもん。
「あ、もしかして健康を心配してるのかしら? そういえば聖書にはコオロギ食べちゃダメだからって話信じてる人もいるんですって。バカよねぇ、宗教なんて嘘っぱちしか書いてないのにねぇ。あんなもの、心が弱い人がすがりつくためのきれいごとしか書いてないのに」
がさ、がさ。
ぱちゅっ、ぶちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…。
「それよりも、これ。お隣の奥さんに紹介してもらった、C国の漢方と混ぜたお薬、こっちの方がよっぽどありがたいわよ。服用してからずっと体調も良いし」
ぱしん…あっ。
叩いた手を戻すときに、うっかり本を引っ掛けてしまった。
そのせいで落ちてしまった本を拾おうとして…つい、ぼくは振り返ってしまった。
「大体、他の虫だって人間は食べてきてるのにねぇ。うちのおばあちゃんだって昔からイナゴ食べてきたんだし、コオロギだけダメなんて変よねえ。そういうところが宗教はダメなところなのよ」
…ダメじゃない。変じゃない。
でもぼくは口にしない。
それどころじゃなかったから。
ママの目、右側の目とあってしまった。
左の目は、袋から逃げようと飛び跳ねるコオロギにずっと向いているのに。
ぱしっ。
ママは顔を動かすことなく、斜め前をはねていたコオロギを舌だけで捕まえるとすばやく口に放り込む。
いつからそんなにも舌が長くなったんだろう。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…。
「ねえ…ようちゃんも、そう思うでしょ?」
分からない、分からないよママ。
答えを口にしたお父さんは、この前から帰ってこないから。
その日からお母さんは、逃げ出したコオロギを潰したぼくの足を、コオロギと同じ目で見るようになったから。
ぼくはただ、震えることしかできない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ22ニチ19ジ
がさ、がさ。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…ごくん。
ぱしん。
「あのね、ようちゃん。これからは昆虫食、コオロギを食べるのが当たり前になるの」
ぼくはママのほうを向かないよう、机に向かったまま開いた本に顔を向けている。
時折、ぱしんとぼくが太ももを叩く音以外は、ママの食べる音だけが響いていた。
「例えばね。都市部を含むラオス全体の調査では96.8%が昆虫を食べた経験があって、半数が月1回以上食べているっていうのよ。ラオスですらそれだけ食べられてるのだから、もっと大勢が住んでて、もっとグルメの日本でならもっと食べられるはずよね。ううん、食べられなきゃおかしいわ」
がさ、がさ。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…ごくん。
ぼくはラオスというのが何なのかはよく分かんない。それが日本とどう繋がるかなんてもっと分かんない。
ぱしっ。
「何よりもね、コオロギなら牛や豚を一匹育て上げる分で大量に食べられる分が取れるのよ。これから食料難になる時代に、昆虫食は今後必須なのよ。分かるわよね、ようちゃん」
わかんない。
ぼくはそんなに沢山食べないもん。
「あ、もしかして健康を心配してるのかしら? そういえば聖書にはコオロギ食べちゃダメだからって話信じてる人もいるんですって。バカよねぇ、宗教なんて嘘っぱちしか書いてないのにねぇ。あんなもの、心が弱い人がすがりつくためのきれいごとしか書いてないのに」
がさ、がさ。
ぱちゅっ、ぶちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…。
「それよりも、これ。お隣の奥さんに紹介してもらった、C国の漢方と混ぜたお薬、こっちの方がよっぽどありがたいわよ。服用してからずっと体調も良いし」
ぱしん…あっ。
叩いた手を戻すときに、うっかり本を引っ掛けてしまった。
そのせいで落ちてしまった本を拾おうとして…つい、ぼくは振り返ってしまった。
「大体、他の虫だって人間は食べてきてるのにねぇ。うちのおばあちゃんだって昔からイナゴ食べてきたんだし、コオロギだけダメなんて変よねえ。そういうところが宗教はダメなところなのよ」
…ダメじゃない。変じゃない。
でもぼくは口にしない。
それどころじゃなかったから。
ママの目、右側の目とあってしまった。
左の目は、袋から逃げようと飛び跳ねるコオロギにずっと向いているのに。
ぱしっ。
ママは顔を動かすことなく、斜め前をはねていたコオロギを舌だけで捕まえるとすばやく口に放り込む。
いつからそんなにも舌が長くなったんだろう。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…。
「ねえ…ようちゃんも、そう思うでしょ?」
分からない、分からないよママ。
答えを口にしたお父さんは、この前から帰ってこないから。
その日からお母さんは、逃げ出したコオロギを潰したぼくの足を、コオロギと同じ目で見るようになったから。
ぼくはただ、震えることしかできない。
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ツギハ22ニチ19ジ
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