安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

takaue.K

文字の大きさ
8 / 106

第五話 昆虫食

しおりを挟む
ママは昔から流行り物が大好きだよね、ってパパが前に言ってた。

がさ、がさ。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…ごくん。
ぱしん。

「あのね、ようちゃん。これからは昆虫食、コオロギを食べるのが当たり前になるの」

ぼくはママのほうを向かないよう、机に向かったまま開いた本に顔を向けている。
時折、ぱしんとぼくが太ももを叩く音以外は、ママの食べる音だけが響いていた。

「例えばね。都市部を含むラオス全体の調査では96.8%が昆虫を食べた経験があって、半数が月1回以上食べているっていうのよ。ラオスですらそれだけ食べられてるのだから、もっと大勢が住んでて、もっとグルメの日本でならもっと食べられるはずよね。ううん、食べられなきゃおかしいわ」

がさ、がさ。
ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…ごくん。

ぼくはラオスというのが何なのかはよく分かんない。それが日本とどう繋がるかなんてもっと分かんない。

ぱしっ。

「何よりもね、コオロギなら牛や豚を一匹育て上げる分で大量に食べられる分が取れるのよ。これから食料難になる時代に、昆虫食は今後必須なのよ。分かるわよね、ようちゃん」

わかんない。
ぼくはそんなに沢山食べないもん。

「あ、もしかして健康を心配してるのかしら? そういえば聖書にはコオロギ食べちゃダメだからって話信じてる人もいるんですって。バカよねぇ、宗教なんて嘘っぱちしか書いてないのにねぇ。あんなもの、心が弱い人がすがりつくためのきれいごとしか書いてないのに」

がさ、がさ。
ぱちゅっ、ぶちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…。

「それよりも、これ。お隣の奥さんに紹介してもらった、C国の漢方と混ぜたお薬、こっちの方がよっぽどありがたいわよ。服用してからずっと体調も良いし」

ぱしん…あっ。

叩いた手を戻すときに、うっかり本を引っ掛けてしまった。
そのせいで落ちてしまった本を拾おうとして…つい、ぼくは振り返ってしまった。

「大体、他の虫だって人間は食べてきてるのにねぇ。うちのおばあちゃんだって昔からイナゴ食べてきたんだし、コオロギだけダメなんて変よねえ。そういうところが宗教はダメなところなのよ」

…ダメじゃない。変じゃない。
でもぼくは口にしない。
それどころじゃなかったから。

ママの目、右側の目とあってしまった。
左の目は、袋から逃げようと飛び跳ねるコオロギにずっと向いているのに。

ぱしっ。

ママは顔を動かすことなく、斜め前をはねていたコオロギを舌だけで捕まえるとすばやく口に放り込む。
いつからそんなにも舌が長くなったんだろう。

ぱちゅっ。
しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ、しゃくっ…。

「ねえ…ようちゃんも、そう思うでしょ?」

分からない、分からないよママ。

答えを口にしたお父さんは、この前から帰ってこないから。
その日からお母さんは、逃げ出したコオロギを潰したぼくの足を、コオロギと同じ目で見るようになったから。

ぼくはただ、震えることしかできない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ22ニチ19ジ
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

少し怖いホラー短編集(文字数500以下)

仙 岳美
ホラー
文字数500以下のショート集です、難しく無いので気楽にどうぞ。

本当にあった不思議なストーリー

AA.A
ホラー
筆者の実体験をまとめた、本当にあった不思議な話しです。筆者は幼い頃から様々な科学では説明のつかない経験をしてきました。当時はこのような事をお話ししても気持ちが悪い、変な子、と信じてもらえなかった事が多かったので、全て自分の中に封印してきた事柄です。この場をおかりして皆様にシェア出来る事を嬉しく思います。

静かに壊れていく日常

井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖── いつも通りの朝。 いつも通りの夜。 けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。 鳴るはずのないインターホン。 いつもと違う帰り道。 知らない誰かの声。 そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。 現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。 一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。 ※表紙は生成AIで作成しております。

怪談夜話

四条 京太郎
ホラー
週に2.3話19時に短編ホラー小説を投稿します。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

夜にも奇妙な怖い話2

野花マリオ
ホラー
作品のホラーの中で好評である続編であります。 作者が体験した奇妙な怖い体験や日常的に潜む怪異や不条理を語ります。 あなたはその話を読んでどう感じるかはお任せいたします。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...