保育園からずっと大切にしていた義妹に、大切な人の形見を壊されてもう遅い

シリアス

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1話 義妹との出会い

陽太は、いつもと同じように保育園の隅にいた。色あせたブロックが乱雑に積まれた遊び場の片隅、誰も近づかない場所。5歳の小さな体は、膝を抱えて縮こまっていた。朝、母親に叩かれた頬がまだジンジン疼く。家に帰れば、また怒鳴られるか、殴られるか。陽太の小さな世界は、怖いものと痛いものでできていた。
「お前、なんでいつもそんな汚い服着てんの!? 恥ずかしいんだから!」
母親の声が、陽太の頭の中で響く。朝、陽太が水をかけてしまったコップを手に持ったまま、母親は叫んだ。陽太は謝ろうとしたけど、言葉は喉に詰まった。母親の手が振り下ろされ、陽太の頬が熱くなった。そのまま、母親は陽太を保育園に連れて行き、車から降ろすとすぐに走り去った。
陽太はブロックのそばで、じっと地面を見つめた。保育園の他の子たちは、笑い合いながら走り回っている。陽太の服は、洗濯されてないからシミだらけ。髪はボサボサで、いつも「変な子」と囁かれる。誰も陽太に近づかない。陽太も、誰もに近づかない。
「ねえ、なんでひとりなの?」
突然、目の前に女の子が立っていた。陽太と同じくらいの歳、髪はボサボサで、服はヨレヨレだった。膝には擦り傷がいくつもあって、まるで陽太の鏡みたいだった。でも、彼女の目はキラキラと光っていて、陽太の心の奥を覗き込むようだった。陽太はびっくりして顔を上げた。こんな風に話しかけられたのは、初めてだった。
「…別に」
陽太は目を逸らし、小さな声で答えた。誰かと話すのは怖かった。話せば、きっと笑われるか、怒られるかだ。保育園の他の子たちは、陽太が「気持ち悪い」と言って、遠くでクスクス笑う。陽太はいつも、目を伏せてやり過ごした。
女の子は気にせず、ドスンと陽太の隣に座った。埃っぽい地面にスカートが擦れる音がした。
「あたし、結衣! 昨日、ここの保育園に来たの!」
結衣の声は明るかったけど、どこか震えていた。陽太はチラッと彼女を見た。結衣の服は、陽太と同じくらい古びていて、袖には小さな穴があった。でも、彼女は笑っていた。陽太には、その笑顔が不思議だった。
「家、なんか…大変なの。あんたも?」
結衣の言葉に、陽太の心がドキッと跳ねた。家が大変。陽太には、その言葉が痛いほど分かった。母親の怒鳴り声、父親のいない部屋、冷たい床。陽太は、いつも胸の奥にしまっていた気持ちが、ぽろっとこぼれそうになった。
「…うん。ママ、いつも怒ってる。パパは…いない」
陽太の声は震えていた。こんなことを口に出すのは初めてだった。いつも、誰にも言わない。言ったら、もっと怒られるかもしれない。でも、結衣の目は、陽太を責める目じゃなかった。まるで、陽太の痛みを一緒に感じてくれるみたいだった。
結衣はニコッと笑った。
「そっか! じゃあ、あたしたち、仲間だね!」
その笑顔に、陽太の胸がぎゅっと熱くなった。仲間。そんな言葉、陽太は知らなかった。保育園でいつも笑い合う子たちには、仲間がいる。でも、陽太にはいなかった。なのに、結衣はそんな簡単に「仲間」と言った。
「仲間…って、なに?」
陽太が小さい声で聞くと、結衣は目を丸くした。
「え、知らないの? 仲間って、一緒にいる人! 辛いときも、楽しいときも、そばにいるの!」
結衣は立ち上がり、陽太の手をぐいっと引っ張った。陽太は慌てて立ち上がった。結衣の手は小さくて、ちょっと冷たかった。でも、握られると、なんだか安心した。陽太は、こんな気持ちも初めてだった。
「ほら、立って! ブロックで何か作ろうよ!」
結衣の声に、陽太はドキドキしながら頷いた。ブロックの山に近づき、結衣が「城を作る!」と言って、どんどんブロックを重ねていく。陽太は、結衣の勢いに圧倒されながら、そっと赤いブロックを手に取った。
「これ…いる?」
陽太が小さな声で言うと、結衣はパッと笑った。
「いるいる! 陽太、センスいいね!」
陽太は顔を真っ赤にした。センスいい、なんて言われたのも初めてだった。いつも「汚い」「気持ち悪い」と言われるだけなのに。陽太の頬が、ほんの少し熱くなった。
ブロックの城は、すぐに崩れた。結衣が大きすぎるブロックを乗せたせいだ。
「あー! やっちゃった!」
結衣が笑いながら叫ぶと、陽太もつられてクスクス笑った。笑うなんて、どれくらいぶりだろう。陽太の胸が、ふわっと軽くなった。結衣は、崩れたブロックを拾いながら、陽太を見た。
「陽太、笑った! 初めて見た! すっごくいい笑顔!」
陽太はドキッとして、慌てて目を伏せた。
「そ、そんなこと…ないよ…」
結衣はケラケラ笑った。
「あるって! 陽太、もっと笑えばいいのに! あたし、陽太の笑顔、好きだよ!」
陽太の心が、ぎゅっと締め付けられた。好きだよ。陽太は、そんな言葉を聞いたことがなかった。母親はいつも怒ってる。父親はもう何ヶ月も帰ってこない。陽太は、いつもひとりだった。でも、結衣は違う。結衣は、陽太を「好き」と言ってくれた。
家に帰ると、陽太は冷たい床に座った。テーブルの上には何もない。母親はソファでタバコを吸いながら、テレビを見つめていた。部屋は薄暗く、タバコの煙がモヤモヤと漂っている。
「ママ…ご飯、ある?」
陽太の小さな声に、母親が睨んだ。
「は? ご飯? お前が稼いでこいよ! 役立たず!」
母親が立ち上がり、陽太に近づく。陽太は縮こまり、目をぎゅっと閉じた。叩かれると思った瞬間、母親はタバコを床に投げ、部屋を出て行った。ドアがバタンと閉まる音が、陽太の耳に響いた。
陽太は震えながら、膝を抱えた。腹がぐうっと鳴った。でも、陽太は思った。
「結衣…明日、笑っててくれるかな…」
陽太の小さな手が、ポケットの中のブロックを握りしめた。結衣と一緒に積んだ赤いブロック。陽太は、それを大事に持って帰っていた。結衣の笑顔を思い出すと、胸が温かくなった。陽太は、そっと呟いた。
「結衣が笑ってれば、俺、なんでもできるよ…」
結衣も、同じ夜、別の家で膝を抱えていた。彼女の家は、陽太の家より少しだけ広いけど、冷たさは同じだった。母親は新しい男とリビングで話している。結衣は、部屋の隅で毛布にくるまっていた。
「結衣、邪魔すんなよ。いいな?」
母親の声が、リビングから聞こえる。結衣は小さく頷いたけど、誰も見ていない。新しい男の笑い声が、結衣の耳に刺さる。結衣の父親は、去年、突然いなくなった。それ以来、母親はいつもイライラしている。結衣が何か言うと、すぐに叩かれる。
「ママ…怒らないで…」
結衣は小さな声で呟いた。でも、誰も聞いていない。結衣の目が、うるっとした。母親の笑い声が遠くで響く。新しい男と楽しそうに話す声。結衣には、その笑顔が遠いものだった。
結衣は、ポケットから小さな石を取り出した。保育園の遊び場で拾った、キラキラ光る石。陽太と一緒に探したものだ。結衣は、その石を握りしめた。
「陽太…明日、また会えるよね…」
結衣の心は、怖さと寂しさでいっぱいだった。母親の怒鳴り声、新しい男の目、冷たい部屋。でも、陽太のことを思うと、胸が少しだけ温かくなった。陽太は、結衣を笑わせてくれる。陽太は、結衣を「仲間」と言ってくれる。
「あたし、陽太のこと…大好きだよ…」
結衣の小さな呟きは、誰もいない部屋に消えた。でも、その言葉は、結衣の心を強くした。陽太がいるなら、怖くても頑張れる。結衣は、そう思った。
次の日、陽太は少しだけ早く保育園に行った。結衣が来るのを、ブロックのそばで待った。陽太の服は、昨日と同じ汚れたシャツ。母親は、洗濯なんてしてくれない。でも、陽太は気にしなかった。結衣が来る。それだけで、陽太の心はドキドキしていた。
「陽太! おはよ!」
結衣が走ってくるのが見えた。陽太の顔が、パッと明るくなった。結衣は、昨日と同じボサボサの髪、ヨレヨレの服。でも、彼女の笑顔は、陽太の全てだった。
「おはよ、結衣!」
陽太は、初めて自分から笑顔で答えた。結衣は、陽太の隣にドスンと座った。
「ねえ、今日、もっと高い城作ろうよ! 昨日、崩れちゃったからさ!」
結衣の声に、陽太は頷いた。
「うん! 今度は、絶対崩れないようにする!」
陽太の声は、いつもより少し大きかった。結衣は、目をキラキラさせて笑った。
「陽太、かっこいい! 絶対、すっごい城になるよ!」
陽太の胸が、ぎゅっと熱くなった。かっこいい。陽太は、そんな言葉も初めてだった。陽太は、結衣の笑顔を見ながら、思った。
「結衣が笑っててくれるなら、俺、なんでもできる…」
保育園の先生が、遠くから二人を見ていた。陽太が笑っているのを見て、先生は少し驚いた。陽太は、いつもひとりで、誰とも話さない子だった。なのに、結衣と一緒にいると、陽太は別人のように笑う。
「陽太くん、よかったね…仲間ができたんだ…」
先生の呟きは、陽太には届かない。でも、陽太の心は、結衣の笑顔でいっぱいだった。二人は、ブロックを積みながら、笑い合った。
「陽太、ここにお姫様の部屋作ろう!」
結衣が、赤いブロックを高く掲げる。
「うん! じゃあ、俺、王子様の部屋作る!」
陽太が、青いブロックを手に取る。
「えー! 陽太、絶対王子様だよ! あたしのお城、守ってね!」
結衣が笑うと、陽太の顔が真っ赤になった。
「そ、そんな…俺、弱いし…」
陽太の声は小さくなるけど、結衣はケラケラ笑った。
「弱くても、優しい王子様! あたし、陽太の仲間だから、ずっと一緒にいるよ!」
陽太の目が、うるっとした。でも、陽太はそれを隠して、ブロックを積み上げた。
「うん…結衣、ずっと一緒だよ…」
陽太の小さな決意は、まだ誰にも知られていなかった。でも、その決意が、陽太のこれからの人生を大きく変えることになる。結衣の笑顔は、陽太の光だった。どんなに辛くても、結衣が笑ってくれるなら、陽太は頑張れる。そう、陽太は信じていた。
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