25 / 29
マリアの正義
しおりを挟む
阿部真理亜は如月如鏡を睨みつけながら訥々《とつとつ》と語り始めた。
「裁かれるべき人は居るのよ。でも裁かれない、いつも悪は速く善は遅い、たとえ遅れてやって来ても正当な裁きであれば、納得もできる。でも正当な裁きなんてこの国では望むべくもない。だから.......誰かがやらなくちゃならないの.......あなたがやってくれるの?如月のお嬢さん」
そう言って真理亜はまっすぐに如鏡の顔を見た。
真理亜の眼には溢れるような正義が宿っていた。
如鏡は答えた。
「私にはそんな力はない。でも.......貴方のした事も正義じゃあないわね」
「どうして?国の法律でも死刑があるでしょ?誰かの為に誰かを殺すことを国は正しい事だと法律で決めてるじゃない。国がやると正しくて、人がやると悪になるの?それは理屈に合わないわ」
横で聞いていた詩歌はちょっと感心してしまった。
確かに言われてみればそのとおりの様な気がした。
法律で悪を裁く死刑はある意味、人のために人を殺すことを正しいと国が認めてる事になりかねない。
詩歌は心の中で真理亜の言い分に反論する事が出来ないでいた。
「確かに一理あるけど、基本的な勘違いがあるように思えるわ」
「勘違い?どこに?」
「死刑は被害者の為に加害者を罰してる訳ではないのよ」
「何それ?じゃあ被害者遺族の為って言うの?」
「それも少し違うわ」
「じゃあ誰の為だって言うのよ!」
「全く関係ないその他大勢の人の為よ」
「は?何それ?そんなわけないじゃない!」
「それが、そんなわけあるの。これだけ犯罪者の人権の重んじられている国でなぜ死刑だけなくならないのか?それは、他に人が人を簡単に殺さない社会にする為の有効な手段がないからなの」
「.......なにそれ。それでも人の為に人を殺してる事に変わりないじゃない!」
「変わるわ。1人のための殺人と社会の為の殺人では守られる人の数が違う」
「なにそれ?ただの数の違いだっていうの?」
「そうよ」
「個人は数が少ないから正義じゃないけど、社会は数が多いから正義だってわけ?」
「ちがうわ、そもそも刑罰は正義の為じゃないって言ってるの」
「はぁ?じゃあ何の為だって言うの?」
「社会が混乱しない様に正義の様なものが執行される事を宣揚して犯罪を抑制する為」
「なにそれ!正義の様なもの?嘘っぱちじゃない!」
「その嘘のお陰で沢山の人が幸せに暮らせてるわ」
「なによそれ.......納得できないわ。私の方が正しいのに.......」
「正しいかどうかは法律とは関係ないのよ」
真理亜は如鏡の瞳の奥に揺らめくなにものかに気圧《けお》されて押し黙った。
しばらく得体の知れない少女を忌避《きひ》する様な視線で睨みつけていた真理亜だったが、どんなに強い視線をぶつけても眉ひとつ動かさない様子に痺れを切らしてようやく口を開いた。
「悪は.......裁かれるべきよ」
「私もそう思うわ」
「.......さっきからなにが言いたいの?言えばいいじゃない」
真理亜は挑むように如鏡を見た。
如鏡《しきょう》は穏やかといえる口調で真理亜に応えた。
「つい先日、近くのコンビニのトイレで男が自殺した。あるいわそのように見えた事件があったの」
「それで?」
「その時の密室になっていたトイレの鍵に外側から鍵を掛けたらしい指の跡が残ってるの.......若い女性の。なぜそんなものが残ってるのか、あなたに聞きたいの」
真理亜はため息を1つつくと諦めた様に言った。
「なぜ残ってるか?それは鍵が閉まった状態では拭き取れない事に後から気がついたからよ。私も馬鹿ね」
池照は身を乗り出して言った。
「真理亜さん、それは自供と捉えていいんですか?」
横の岩井も険しい顔で真理亜を見ていたが、動こうとはしなかった。
「もちろんいいわよ」
真理亜は吹っ切れた様にいい放った。
「裁かれるべき男を裁いた、ただそれだけよ」
「裁かれるべき男ですか、具体的にその男というのは?」
「あのコンビニのトイレにいた男よ。名前は知らないわ」
「なぜ殺そうと思ったんですか?」
「それは.......あの子にひどい事をしてたからよ」
「あの子というのは山野美羽さんですね?」
「名前は知らないけど、トイレに引っ張られていた女の子」
「ひどい事をされてたのはなぜわかったんですか?」
「それは、個室に女の子を引っ張り入れるって異常だと思って聞き耳を立てたのよ」
「会話が聞こえたとか?」
「そう、中の言い争ってる会話が聴こえて.......虐待がわかってカッなって」
「カッとなって、どうしました?」
「乗り込んだら男がぐったりしてたので、その子に後は任せる様に言ったわ」
「その子はどうしました?」
「素直に出ていったわ」
「その後は?」
「男を首を吊ったように見せて、トイレを密室にして出ていった」
池照は殺害動機が一過性の同情という通常ではありえないものであることに驚いた。
接点のない殺人はありえないという常識が覆《くつがえ》った気がした。
「なるほど、整合性は一応取れてますね.......わかりました。では後は署の方で聴取するという事で.......良いですね?」
「いいわ」
「よくないわ」
暫く黙っていた如鏡が口を挟んだ。
「まだなにか言いたりないの?」
真理亜が呆れた様に言った。
「裁かれるべき人は居るのよ。でも裁かれない、いつも悪は速く善は遅い、たとえ遅れてやって来ても正当な裁きであれば、納得もできる。でも正当な裁きなんてこの国では望むべくもない。だから.......誰かがやらなくちゃならないの.......あなたがやってくれるの?如月のお嬢さん」
そう言って真理亜はまっすぐに如鏡の顔を見た。
真理亜の眼には溢れるような正義が宿っていた。
如鏡は答えた。
「私にはそんな力はない。でも.......貴方のした事も正義じゃあないわね」
「どうして?国の法律でも死刑があるでしょ?誰かの為に誰かを殺すことを国は正しい事だと法律で決めてるじゃない。国がやると正しくて、人がやると悪になるの?それは理屈に合わないわ」
横で聞いていた詩歌はちょっと感心してしまった。
確かに言われてみればそのとおりの様な気がした。
法律で悪を裁く死刑はある意味、人のために人を殺すことを正しいと国が認めてる事になりかねない。
詩歌は心の中で真理亜の言い分に反論する事が出来ないでいた。
「確かに一理あるけど、基本的な勘違いがあるように思えるわ」
「勘違い?どこに?」
「死刑は被害者の為に加害者を罰してる訳ではないのよ」
「何それ?じゃあ被害者遺族の為って言うの?」
「それも少し違うわ」
「じゃあ誰の為だって言うのよ!」
「全く関係ないその他大勢の人の為よ」
「は?何それ?そんなわけないじゃない!」
「それが、そんなわけあるの。これだけ犯罪者の人権の重んじられている国でなぜ死刑だけなくならないのか?それは、他に人が人を簡単に殺さない社会にする為の有効な手段がないからなの」
「.......なにそれ。それでも人の為に人を殺してる事に変わりないじゃない!」
「変わるわ。1人のための殺人と社会の為の殺人では守られる人の数が違う」
「なにそれ?ただの数の違いだっていうの?」
「そうよ」
「個人は数が少ないから正義じゃないけど、社会は数が多いから正義だってわけ?」
「ちがうわ、そもそも刑罰は正義の為じゃないって言ってるの」
「はぁ?じゃあ何の為だって言うの?」
「社会が混乱しない様に正義の様なものが執行される事を宣揚して犯罪を抑制する為」
「なにそれ!正義の様なもの?嘘っぱちじゃない!」
「その嘘のお陰で沢山の人が幸せに暮らせてるわ」
「なによそれ.......納得できないわ。私の方が正しいのに.......」
「正しいかどうかは法律とは関係ないのよ」
真理亜は如鏡の瞳の奥に揺らめくなにものかに気圧《けお》されて押し黙った。
しばらく得体の知れない少女を忌避《きひ》する様な視線で睨みつけていた真理亜だったが、どんなに強い視線をぶつけても眉ひとつ動かさない様子に痺れを切らしてようやく口を開いた。
「悪は.......裁かれるべきよ」
「私もそう思うわ」
「.......さっきからなにが言いたいの?言えばいいじゃない」
真理亜は挑むように如鏡を見た。
如鏡《しきょう》は穏やかといえる口調で真理亜に応えた。
「つい先日、近くのコンビニのトイレで男が自殺した。あるいわそのように見えた事件があったの」
「それで?」
「その時の密室になっていたトイレの鍵に外側から鍵を掛けたらしい指の跡が残ってるの.......若い女性の。なぜそんなものが残ってるのか、あなたに聞きたいの」
真理亜はため息を1つつくと諦めた様に言った。
「なぜ残ってるか?それは鍵が閉まった状態では拭き取れない事に後から気がついたからよ。私も馬鹿ね」
池照は身を乗り出して言った。
「真理亜さん、それは自供と捉えていいんですか?」
横の岩井も険しい顔で真理亜を見ていたが、動こうとはしなかった。
「もちろんいいわよ」
真理亜は吹っ切れた様にいい放った。
「裁かれるべき男を裁いた、ただそれだけよ」
「裁かれるべき男ですか、具体的にその男というのは?」
「あのコンビニのトイレにいた男よ。名前は知らないわ」
「なぜ殺そうと思ったんですか?」
「それは.......あの子にひどい事をしてたからよ」
「あの子というのは山野美羽さんですね?」
「名前は知らないけど、トイレに引っ張られていた女の子」
「ひどい事をされてたのはなぜわかったんですか?」
「それは、個室に女の子を引っ張り入れるって異常だと思って聞き耳を立てたのよ」
「会話が聞こえたとか?」
「そう、中の言い争ってる会話が聴こえて.......虐待がわかってカッなって」
「カッとなって、どうしました?」
「乗り込んだら男がぐったりしてたので、その子に後は任せる様に言ったわ」
「その子はどうしました?」
「素直に出ていったわ」
「その後は?」
「男を首を吊ったように見せて、トイレを密室にして出ていった」
池照は殺害動機が一過性の同情という通常ではありえないものであることに驚いた。
接点のない殺人はありえないという常識が覆《くつがえ》った気がした。
「なるほど、整合性は一応取れてますね.......わかりました。では後は署の方で聴取するという事で.......良いですね?」
「いいわ」
「よくないわ」
暫く黙っていた如鏡が口を挟んだ。
「まだなにか言いたりないの?」
真理亜が呆れた様に言った。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる