太陽を愛した狼

カナメ

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番外編

聖女ルミアの独白

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 わたくしは、聖女としてこの世界に生を受けた。

 揺れる馬車の中から、ぼんやりと外を見る。
 穏やかな草原が続いて、しばらく経つ。
 わたくしが幼い頃にいた孤児院も、こんなのどかな景色が広がっていた。

 この世界に生まれてからもう19年。
 ふと湧き上がる、前世の記憶。

 裕福な家庭に生まれ、ある程度のことは少しの努力で成果を上げ、なんの苦労もなく何の憂いもない…なんて退屈な日々。
 そんなわたくしを唐突に蝕んだ病魔。
 まるで今までの苦労のない人生を嘲笑うように、ゆっくりと確実にわたくしの命を削り落とす病。

 わたくしの抵抗など虚しく、ろうそくの火を吹き消すように命を刈り取った。

 なんて呆気なくて、なんて虚しい。
 命を落として初めて味わった悔しさは、今でもわたくしの心を締め付ける。

 だからきっと、神様はわたくしをこの世界にお導きになった。


 わたくしを試すように、前世とは異なる恵まれぬ生まれ。
 わたくしは今度はなにも諦めたくなかったから、取りこぼしたくなかったから、日々懸命に生きた。

 二度目の生に感謝の気持ちを忘れず、日課となっていた祈りを捧げていたある日。
 わたくしは聖女の力を発現させた。

 そうして王都の教会へ迎え入れられ、勇者の称号を得た第二王子レオニス様と共に研鑽の日々を積むことになった。

 レオニス様の歪みは幼少の頃からだった。
 妾の子であるにも関わらず、権力争いの神輿に掲げられる。
 王との愛の証であったはずの子を取り上げられ、王宮で虐げられた母親はその苛立ちを子へ向けた。
 母親の愛も、純粋な想いも…それ以外の全ては手に入るのに、彼が切に願うものだけが手に入らない。

 歪んでしまったレオニス様は、王位継承権を放棄して、色に狂った。
 それでも知力や武力、どちらにも才覚を発揮する彼と『勇者』という称号が、周囲を黙らせていた。

 おかわいそうなレオニス様。
 それでもわたくしは決して見放したりはしなかった。
 彼の血の滲むような努力と直向きさを知っているから。ずっと見ていたから。



 レオニス様は今回の視察をとても楽しみにしていらっしゃった。
 でもそれは優秀なギルドや冒険者を純粋に楽しみたい訳ではないことも、わたくしはよく理解していた。

 彼がずっと『一匹狼ローンウルフのアラスター』に自らを重ね、動向を探っていたのをわたくしは知っている。

 吟遊詩人は歌っていた。
『一匹狼は遂に、その人生を捧げるに値する番に出会った』と。

 レオニス様は、『それ』が欲しいのだ。


 そして、わたくしはすぐにその『番』が誰なのかわかった。
 レオニス様の前で伏す、赤毛の子。
 その首には、愛の証のように燦々と輝く『一匹狼ローンウルフ』の色。
 突然、国にある古風な習わしはわたくしも把握している。
 火を見るより明らかだった。

 だから、レオニス様は目をつけた。

 いけない人だ。
 もうこんなに彼女は『一匹狼ローンウルフ』の心に縫い付けられているというのに、その縫い目が強固であればあるほどレオニス様の欲求はより大きく膨れ上がる。


 (さすがに横恋慕は、いただけませんわ)


 わたくしは、それよりも赤毛の彼女にとても興味があった。
 聖女としての力があるからなのか、理屈は自分でも良くわからないのに…彼女の魂にわたくしと似た揺らぎがあった。

 この世界の住人とはあまりにも異なる揺らぎ。

 なるほど。
 アビゲイルさんがレオニス様を良く思われないのは、わたくしと同じ『転生者』だからなのだ。

 この世界で、たった一人だと思っていた。
 けれどわたくしと、同じ境遇の人がいた。

 これだけでわたくしの心の奥底にあった孤独が、払拭された。
 そしてこの思いはきっとアビゲイルさんも同じなはずだった。

 不思議なものです。
 レオニス様はアラスターさんに。
 わたくしはアビゲイルさんに。
 お互い相手に自分と似たところを垣間見て、重ねているのですね。


 でもアビゲイルさんは…わたくしとは、同じようで異なる覚悟が見えた。
 わたくしが病床で感じた悔しさとは似て非なるもの。
 もっと重く、もっと鋭く、もっと……『戦い抜いた者の傷』。

 わたくしがこの世界で出会ったどんな魂よりも、静かで、優しくて、深い傷をそのまま抱えていた。

 だから『太陽』みたいだと、レオニス様は仰ったのね。
 相変わらずそういったことを見抜くのが、いやらしいほど得意なお方。
 きっとそう呼称されるのをアビゲイルさんは喜ばない。

 なぜなら彼女はもうとっくにアラスターさんの『太陽』だから。


 (きっと分かっていて、つついたに違いありませんわ)


 レオニス様の悪癖。
 もうどうしようもないほど狙いを定められてされてしまっている。
 だから嫌がれば嫌がるほど、レオニス様は振り向かせたくてたまらない。
 悪循環は止まらず、いずれ大きな反動となって返ってくる。
 そして、レオニス様はその反動すら楽しんでおられる。

 アビゲイルさんが欲しいのも事実。
 彼女を刺激すれば刺激するほど、アラスターさんから反動となって返ってくるのを心待ちにしている。
 全ての障害を打ち壊してアビゲイルさんを手に入れたい。


 (本当に困ったお方)


 きっと今だけは、レオニス様のアビゲイルさんへの気持ちは本当なのでしょう。
 でも、そう……もし仮に本当にアビゲイルさんが、レオニス様の手中に落ちた時には、レオニス様の執着は一気になくなってしまう。

 その矛盾に気付いておられない。
 そして自らに立ちはだかる障害を乗り越えられないと思ってすらいない。

 それでもわたくしは、寄り添い続ける。
 壊れたまま世界と戦う彼に。


 わたくしはレオニス様に自ら気付いて欲しい。
 自分が抱える矛盾に。
 人の想いの強さに。
 望んでも手に入らないのではなく、取りこぼしている可能性があることに。


 (なによりも、横恋慕なんて…勇者や聖女がすることではありませんわ…)


 レオニス様には申し訳ないけれど、わたくしは今回はお力添えできません。
 そう心の中で謝罪をする。

 わたくしは、もうなにも諦めたくありませんの。
 だからどれだけレオニス様が周囲から諦められてしまっても、わたくしだけはそばにおります。
 どれだけ歪んでいても、いつかその歪みに気付いた時にはわたくしが一緒に取りこぼしたものを拾って歩くために。


 (行き着く先に光あらんことを)






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