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第二章:夏
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しおりを挟む秀悟の子供みたいな可愛らしい悩みに、友春は頭を抱えた。そんなことで悩んでいたのかと馬鹿馬鹿しくなるが、秀悟の恋愛経験を考えれば仕方ない。大学時代には言い寄られていた女性からは逃げ、さりげなく近づいた女性には気づかない鈍感さを発揮していた。友春は目の前できょとんとしている秀悟に詰め寄る。
「秀悟、お前はその子とどうなりたいんだ?」
「どうって……」
「まどろっこしいな。例えば……」
友春は秀悟の顔の前に手を突きだした。そして、選択肢を上げながら、指を折り曲げていく。
「一緒にいたい、友達でいたい、付き合いたい、番にしたい、セックスしたい」
「っ、友春、他の人に聞こえるって」
「子供じゃあるまいし、恥ずかしがるなよ」
セックスという単語に、明らかに顔を赤くした秀悟の額を、友春は指で弾いた。「いてっ」と言い、秀悟は額を手のひらで抑える。
「俺の記憶が正しいなら、今まで秀悟が気になるって子はいなかったよ。お前が惹かれるなら、関係を深くするべきだと思う。αとかΩとか、そんなこと関係ない」
友春の言う通り、秀悟の人生において、ここまで心動かされる人に出会ったことはなかった。第二の性に囚われてしまっていた考えを改める必要がある。椿との関係は、怖がらずに一歩踏み出してみようと秀悟は思った。
「……うん、わかった。話聞いてくれてありがとう」
「で、正直どうなんだ?」
「何が?」
「セックスしたいって思うのか?」
にやりと笑う友春を秀悟はぎろりと睨んだ。しかし秀悟の顔は赤い。一瞬椿の妄想が頭を過ったのは友春には言えるわけがなかった。誤魔化すようにレモンサワーを一気に飲み干した秀悟は、空になったグラスを勢いよくテーブルに置いた。
「もうこの話は終わり!」
「えー、つまんねえの」
文句を言いながらも、友春は秀悟相手にそういう会話ができるとは思っていなかったので、あっさりと諦めた。「飲み物は?」と秀悟に尋ねた友春は、テーブルの端に置いてある注文用のタブレットを手に取った。「レモンサワー」と秀悟の答えを聞き、タブレットでレモンサワーを注文する。
「まぁ冗談は置いといて、焦らず秀悟のペースでやればいいと思う。相談ならいくらでも乗るから」
タブレットを戻した友春は、気遣う言葉を秀悟にかけた。友春の優しさに、秀悟はもう一度「ありがとう」とお礼を述べた。友春はだし巻き卵に箸を伸ばしながら、ため息を吐く。
「あーあ、俺も相手探そうかな」
「あれ、付き合ってる人いなかった? 」
「とっくに別れた」
顔を顰めた友春は、だし巻き卵を口に放りこんだ。秀悟の目から見ても、友春は大層モテる。大学時代は常に彼女がおり、それは社会人になってからも同じだった。
「友春なら、すぐにいい人見つかるよ」
「知ってる。っていうか、俺の心配はいいから、秀悟こそ頑張れよ」
友春の自信ありげな態度と、逆に励まされてしまったことに、秀悟は苦笑いをした。
「お待たせしました」と店員が新しいレモンサワーを持ってきてテーブルに置いた。友春はジョッキを軽く掲げたため、秀悟も同じようにグラスを掲げた。
「秀悟の恋愛成就を祈願して、乾杯」
「じゃあ、友春に新しい相手が見つかりますように、乾杯」
二人は楽し気に、何度目かわからない乾杯をした。
レモンサワーが口の中で弾けるのを感じながら、秀悟は先ほどの友春の言葉を思い返していた。
一緒にいたい、友達でいたい、付き合いたい、番にしたい、セックスしたい。
椿とどういう関係になりたいかと問われれば、そのどれでもありたいと思うのは贅沢だろうか。椿に対しては貪欲になってしまう自分に、秀悟は自嘲しながら、レモンサワーをもう一口飲んだ。
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