お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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1-1.二人の日常

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 テレビは朝の情報番組を映し出し、アナウンサーの甲高い声が芸能ニュースの始まりを告げた。
「今撮ってるやつ?」
 遼がそう言ったのは、王輝が画面に映ったからだった。
 ちょうど王輝が撮影中の学園ドラマのクランクインの映像が流れ、ドラマの紹介が始まった。そういえば取材が来ていたと王輝は思い出していた。撮影風景と囲み取材が映り、主演の二人が笑顔で意気込みやドラマの見どころを話している。
「そう、今日もこの撮影」
 答えながらきっと自分の映像はカットされるだろうと思っていたら、主演の二人に続いて、王輝の紹介が始まった。『大注目・大人気の若手イケメン実力派俳優』と称されて紹介される。その紹介が恥ずかしいし、形容詞が多すぎると王輝は思った。
「すごいじゃん」
「こんなの、全然すごくないだろ」
 テレビには笑顔で話している王輝が映っているが、疲れた顔をしていると自分で感じた。おそらく他人にはわからないレベルだろう。確かこの日は雑誌取材の後で、疲れていたのは確かだ。それに、主演の二人からすれば人気はまだまだだし、きっとこの映像は使われないと高を括っていたこともある。気が抜けていた証拠だ。過去を悔いても仕方ないが、王輝はため息をついた。気分のムラがあることは自覚している。
「このとき疲れてた?」
「え?」
「疲れてるように見えたから」
「そっか」
「違った?」
「別に、違わないけど……」
 見抜かれている気がして、嫌だった。王輝は他人に弱みを見せたくない。だから何が起きても顔にはださないように気をつけている。セフレになって半年経つが、遼は他人をよく見ていると感じていた。それが、アイドルをやっているからなのか、それともグループのリーダーをやっているからなのか、もともとの性格なのかわからない。人の機微を察するのに長けている。
「もしかして俺のせいだったりした?」
 黙ってしまった王輝を伺うように、遼は尋ねた。つまり、遼とセックスしたことが影響で疲れた顔をしていたのか、ということらしい。
「それは絶対違うから、気にしないで」
 王輝はパンの最後の一欠片を口に放りこみ、熱さの残るコーヒーで流し込んだ。テーブルの向こう側で何か言いたそうにしている遼に「おいしかった。ありがとう」と笑顔を見せてやると、遼は頷いただけだった。言いたいことがあるのに、飲みこんだような表情だった。これ以上の話はしたくない王輝は、それに気づかない振りをする。
 芸能ニュースは次のニュースに変わり、ハリウッド製作のSF映画の紹介になる。最新のディザームービーが流れ、王輝は思わず画面にくぎ付けになる。一作目が大ヒットし、二作目製作が決まったときから楽しみにしていたのだ。八月に公開という情報に、王輝は必ず映画館に観に行こうと心に決めた。
 芸能ニュースは終わり、天気予報に変わる。今日は晴れて紫外線が強くなるようだ。日焼け止めを塗るのを忘れないようにしようと王輝は思った。
「今ヶ瀬って、結構高校生役多いよな」
 遼が急に話を戻した。確かに今撮ってるドラマは高校生役だし、その前にもいくつか高校生役はやっている。年齢的な話だろうか。王輝の年齢で高校生役を演じるのなんて、まだ若い方だ。三十歳でも高校生役を演じる人もいる。なぜ高校生役の話をしだしたのかがわからず、遼の次の言葉を待った。
「俺高校中退してるから、なんかいいなって」
 どこか遠くを見るような視線で遼は言った。遼は『Bloom Dream』でアイドルとしてデビューする前は、養成所に通っており、色々経緯があって高校を中退したのだ。それを遼から聞いたときに、驚いたと同時に、単純にすごいと感じたことを王輝は覚えていた。
「そういえば、中退したって言ってたな」
「あれ?今ヶ瀬に話したことあった?」
「……言ってたよ。覚えてない?」
「えー、いつだ…?」
 記憶を呼び起こそうと、遼は目を瞑った。王輝と知り合ったここ半年という最近のことのはずだ。なのに全然思い出せなかった。記憶力はいいほうだと思っているので、不思議と首を傾げてしまう。
「何を期待してるか知らないけど、高校生役って言っても全然楽しくないから。あれは若手俳優の戦場みたいなもん」
 王輝は立ちあがり、テーブルの上を片付ける。のんびり朝ご飯を食べている場合じゃないのは確かだったが、この話は終わらせたかったからだ。
「あ、俺片付けるから、仕事の準備したら?」
 慌てて遼も立ち上がる。ちょうどそのタイミングで、テーブルの上に置いていた王輝のスマホが鳴った。
 王輝が画面を確認すると、マネージャーの須川からの着信だった。遼に「ごめん」と謝り、通話ボタンを押した。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、須川です。今電話大丈夫ですか?」
「はい」
「撮影の前に事務所に来れそうですか?急遽打ち合わせが入りました。新規ドラマです」
「何時から?」
「十時からです」
 王輝はリビングの壁掛け時計で時間を確認する。ここから事務所まではタクシーで二十分あれば着くので間に合うと判断した。
「わかった。大丈夫、今からでるから」
「急ですいません、よろしくお願いします」
 新規ドラマという言葉に王輝はわくわくしていた。新しい仕事に好奇心がかき立てられる。
「入りが早まったのか?」
 遼はいつの間にかキッチンに移動し、皿やコップを洗っていた。テーブルの上は遼の手によりすっかり片付いている。
「事務所に十時だって」
 遼に返事をしながら、王輝は自室へと駆けこむ。時間には余裕はあるが、相手側を待たせることは絶対できない。できる限り早めに着いておきたい。急いで着替えて、洗面所に移動。歯を磨き、髪をセットする。
「ごめん、佐季、タクシー呼んでくれる?」
 王輝は日焼け止めを塗りながら、キッチンにいる遼に声をかけた。洗濯機が音を立てて動いていて、さきほどシーツや服を洗濯したことを思い出した。今日はいい天気らしいから、干しておきたかったが諦めるしかない。
「タクシー呼んだぞ。すぐ来るって」
 洗面所に顔を出した遼は、スマホを片手に持っていた。
「ありがとう。助かった」
「洗濯干しておくよ」
「え!いいの?やった!」
「そんなに喜ぶ?」
「今機嫌いいから」
 王輝はにこにことしていて、本当に機嫌がよさそうだと遼は思った。
 日焼け止めを塗り終わった王輝は、自室に戻り、仕事用のカバンを掴んだ。財布、スマホ、今日の撮影の台本、メモ用のノート、タブレット。仕事に必要なものが最低限入っていることを確認して、玄関へと急いだ。
 遼は王輝を見送ることにする。
「忘れものないか?」
 遼に言われ、王輝は深呼吸して、もう一度カバンの中身を確認した。
「大丈夫、色々ごめん、ありがとう」
 王輝はシューズボックスからお気に入りのスニーカーを選んだ。白がベースで差し色にオレンジのラインが流れるようにデザインされているハイテクスニーカー。このスニーカーはここぞというときに履くと決めていた。心も足も軽くなる気がして、誰にも負けないという気持ちが湧いてくるのだ。
「いってきます」
「おう、気をつけて」
 見送ってくれた遼に軽く手をあげ、玄関を飛びだした。
 王輝はドアの向こうに姿を消した。あのスニーカーを履いたということは、きっと大事な仕事があるのだろう。うまくいくといいと遼は思った。
「洗濯が終わるまでに、掃除だな」
 家主がいなくなった部屋で、大きなひとり言を言う。王輝の世話を焼くことに疑問を持ったこともあったが、考えるのが面倒になったこともあり、最近は積極的に世話をしている。
 持ち帰った仕事があるが、時間は充分ある。王輝の部屋が終われば、自分の部屋の掃除をしようと遼は決めた。


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