お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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1-3.眠れぬ夜に

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 遼の部屋のリビングテーブルの上に、蕎麦とサラダが並んだ。
 蕎麦は地方公演の土産として遼が王輝に買ってきたもので、サラダは遼が自分用にとサービスエリアで買ったきゅうりとトマトを切って盛りつけたものだった。二人の蕎麦をすする音だけが部屋に響く。遼は王輝の表情を伺い、今は黙っているほうがいいと判断した。
 蕎麦もサラダも食べ終わったところで、王輝が口を開いた。
「最初のときも蕎麦だったよな」
 遼がその言葉を咀嚼している間に、王輝は笑いを吹きだし「引っ越しの挨拶のとき」と付け加えた。
「佐季、まさか忘れてた?」
「忘れてないし、一生忘れられないと思う」
「一生は言い過ぎ」
 王輝はけらけらと楽しそうに笑い、遼は半年前のことを思い出していた。
 王輝が遼の隣の部屋に引っ越してきたのは、今年の年明け早々のことだった。そして引っ越しの挨拶に持ってきてくれたのが蕎麦で、そのときもこうやって二人で蕎麦を食べた。初めて会ったのにも関わらず、セフレ関係になったのもそのときだった。偶然お互いの利益が一致したために始まった関係が、今では欠かせないものになっている。この関係がいつまで続くのか、続けられるのか、二人はその話はしたことがなかった。話す勇気が二人にはなかった。
 今はただ心地よい時間を揺蕩うだけでいい。未来のことは誰にもわからない。確かな今を楽しむことで、二人は問題から目をそらしていた。
「あ、佐季、映画見ようぜ」
「映画?」
「うん、俺の部屋で。どうせセックスしないし、時間あるし、寝すぎて目が冴えてるし」
「……今ヶ瀬が見たいなら」
 言葉に詰まった遼に、まださっきのことを引きずっていると王輝は思った。映画に付き合うのもお詫びのつもりだろう。
「俺は佐季の意見を聞いてるんだけど」
 王輝はあえて遼に尋ねた。嫌々付き合われるなら一人で見た方がいい。遼は他人に優しいから、自ら主張しないことが多い。それが王輝は嫌だった。
「……ホラーじゃなかったら見る」
 ようやく返ってきた遼の答えが思いのほか可愛いもので、王輝は思わず笑ってしまった。確かにどんな映画とは言ってなかったと思い返す。
「おい、笑うなよ」
「ごめんごめん、だって…、ホラーって…」
 変にツボに入った王輝は呼吸が乱れるほど笑った。
 遼は途端に自らの答えが恥ずかしくなる。せっかく意見を伝えたのにと腹立たしささえ感じた。遼は怖いものはほとんどないが、ホラー関係は苦手だった。ホラー映画やお化け屋敷、心霊スポットなどがそうで、仕事でも極力NGにしてもらっているほどだ。公にはしていないが、ファンには遼は怖がりだとバレていることを本人は知らない。
「SF映画だから大丈夫だって。最近CMやってる夏公開の映画あるだろ?その映画の一作目。めちゃくちゃおもしろいから見てほしい」
「わかった。それなら見る」
 その映画のCMに、遼は心当たりがあった。一作目を見たことがなかったので、見たいと思っていたところだった。
「じゃあ決まり。部屋戻って準備してる。ごちそうさま、おいしかった」
「皿置いといて、俺片付けるから」
 遼は皿を掴もうとした王輝の動作を制した。王輝は「ありがと」と言い、玄関へと歩いていった。
 一人リビングに残された遼は、食器を片付け始めた。『俺は佐季の意見を聞いてるんだけど』という王輝の言葉を反芻する。仕事でならアイデアを出すことはできる。それはグループとして、ファンのために、という指針があるからだ。私生活を振り返ると、自らしたいことを主張する機会はほとんどないと遼は思った。洋服を買いに行けば、店員に勧められたものを買うことが多い。服のセンスがないと自覚があるという理由もあるが、こんな服装をしたいという意思がないのだ。
 さきほど遼はセックスするかどうかを王輝に委ねた。優しさのつもりだったが、結局は自らの意思を放棄したのだ。映画の件も同様に、王輝の意思を尊重しているつもりで、取捨選択の責任を全て押しつけているのと等しいと思い至った。
「駄目だな、俺…」
 遼の落ち込んだ声は、部屋に静かに沈んでいった。
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