お隣さんはセックスフレンド

えつこ

文字の大きさ
34 / 116
1-6.全部忘れさせて

8

しおりを挟む
 寝室に取り残された王輝は、スマホが手元にないことを焦っていた。自分の部屋に置いたままか、もしくは遼の部屋のどこかにあると考えていた。寝室に時計がないため今が何時なのかもわからない。酒を飲み過ぎたせいで、頭が重く、胸には気持ち悪さが広がっていた。二日酔いだと自覚すると、もっと症状がひどくなるように感じた。早くシャワーを浴びてすっきりしたかった。
 遼と岸が寝室の前を通り過ぎた足音が聞こえてからは静かだった。身動きできずに隠れていることに、イライラが募っていく。こっそり部屋のドアを開けて、二人の様子を探ろうと考えついた。部屋の間取りを考えれば、リビングからは寝室のドアは見えないはずだ。
 王輝は寝室のドアに耳を当て、二人の様子を伺うが、何も聞こえない。深呼吸して、ドアノブをゆっくりとおろし、少しだけドアを押した。カチャリと音が鳴り、心臓が跳ねる。
「話…な…すか?」
 遼の声がかすかに聞こえる。そのあと岸の声がするがはっきり聞き取れなかった。王輝と岸は直接話をしたことはなく、お互い姿を見たことがあるくらいの関係だった。
 会話に耳を澄ませるが、よく聞き取れない。途中「今ヶ瀬さん」という自分の名前だけが、王輝の耳に届いた。どうして自分の名前がでるのかわからない。その後も会話を続ける二人だったが、盗み聞きみたいで罪悪感が湧き、王輝はドアから離れ、壁際に膝を抱えて座った。
 しばらくすると、二人の足音が寝室へと近づいてきた。王輝は息を潜めるが、ドアを開けたままであることに気が付く。今から閉めれば余計にバレてしまうと考え、マネージャーが気づかずに通り過ぎるのを祈るしかなかった。
「あ、そうそう、ショートムービーの件だけど」
 今度ははっきり声が聞き取れた。ドアの前で二人は立ち止まったため、王輝は音を立てないように一層注意する。
「諏訪監督の希望で、三人別々に撮ることになったから。スケジュール確認しといてくれ」
 マネージャーの声が続き、その後遼が「はい」と返事をするのが聞こえた。
 王輝の頭の中でショートムービーや諏訪監督という単語が巡る。もしかして、あの諏訪監督に撮ってもらうのだろうか。昨日のオーディションが王輝の脳裏に蘇る。もしそうだったらと心にじわりと妬みが広がり、ぎゅっと手を強く握った。
 玄関のドアが開閉する音がした後、少し経ってから寝室のドアが勢いよく開いた。遼が寝室に入ってきたが、王輝はその場から動けなかった。
 遼は壁際に座りこんでいる王輝の姿を見つけ、駆け寄って傍にしゃがみこんだ。
「今ヶ瀬?体調悪いのか?」
 心配そうに王輝の表情を伺う遼に、王輝は尋ねた。
「さっき言っていた諏訪監督って?」
「え、あぁ……、映画監督の諏訪ユヅル監督だけど…」
 体調が悪いのかと心配した遼だったが、どうやら違うらしい。いつもとは違う王輝の雰囲気に圧された。
「撮ってもらうんだ?」
「うん。あ、これまだ発表前だから、秘密にしといてくれ」
「わかってるよ」
 王輝の口調にとげとげしさを感じ、遼は首を傾げた。何か気に障ることを言ったのかもしれないと会話を反芻するが、検討がつかない。
 王輝は冷静になれと心の中で唱え、自らを落ち着かせようとしていた。遼が諏訪に撮ってもらえることが素直に羨ましく、同時に妬んでしまう。オーディションをくぐり抜けてようやく撮ってもらえる俳優とは違い、遼はこんなにも簡単に撮ってもらえる。それは事務所の力もあるだろうが、要は売れているアイドルだから、演技ができなくても、諏訪に監督を手掛けてもらえるのだ。芸能界とはこういうものだとわかってはいるが、意地汚い嫉妬が、王輝の思考を占拠する。羨ましい、腹が立つ、なんで自分じゃないんだ、どうして遼なんだ、と子供みたいな駄々が次々と浮かんでは消えて、ついには王輝の口から飛びだした。
「いいよな、アイドルは。アイドルってだけで仕事できるんだから」
 言った後、王輝は我に返り、しまったと思った。けれど無残にも言葉は遼に届いてしまう。遼は怒気をはらんだ表情をしていて、何か言おうと口を開けたが、そのまま口を噤んでしまった。王輝は自ら引き起こした状態に居たたまれなくなって、立ちあがり、そのまま玄関へと向かった。遼が追いかけてこないのを確認して、王輝は自分の部屋に逃げ帰った。
 寝室に一人残された遼は、大きくため息を吐いた。感情が揺さぶられ続けて、頭痛がする。今怒っているのか、悲しんでいるのか、遼は自分の感情がわからず、戸惑っていた。何も考えてたくなかった遼は、吸いこまれるようにベッドに倒れこんだ。昨夜のセックスの残り香を感じて、余計に胸がざわついた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

BL短編まとめ(現) ①

よしゆき
BL
BL短編まとめ。 冒頭にあらすじがあります。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...