お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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2-3.湯煙る二人

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「ありがとうござました。お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
 王輝はスタッフに挨拶をして、撮影スタジオを後にした。八月末でも気温はまだ高く、強い日差しにくらりとめまいがする。キャップとマスクのせいで、より暑く感じた。駅まで足早に歩き、ちょうどホームに滑り込んできた電車に乗った。クーラーがきいた車内でほっと一息つく。
 今日はIT企業のWebCMの撮影だった。放送媒体はWebや電車の車内ビジョンが想定されている。テレビCMと同じ十五秒から三十秒の長さのものと、五秒前後の短さのものを撮影してきた。主にプロジェクションマッピングを使った撮影で、いくつかパターンを撮ったものの、撮影はスムーズに終わった。撮影現場に来ていた三十代前半だという社長は若々しく、エネルギーに満ち溢れていて、王輝はその雰囲気に圧された。金髪になってからの撮影は初めてだったが、撮った映像を見て存外画面映えすると王輝は自分のことながら満足していた。
 夕方の電車は少し混雑している。学生がたくさん乗ってきたため、王輝は車両の連結部のほうへ逃げるように移動した。授業終わりの学生たちは、わいわいと騒がしく話をしている。テストが怠い、先生がムカつく、バイトがめんどくさいなど愚痴が聞こえてくるなか、「今度Bloom Dreamがドラマでるの知ってる?」という女子学生の声が耳に飛び込んできた。
「知ってる。ってか、王輝のインスタ見た?やばくない?」
「見た見た。やばいよね。二人とも顔面凶器レベルでかっこいい」
「バングル色違いなの可愛くない?」
「わかる~!めちゃくちゃ可愛い」
「ドラマで共演するんでしょ?早く見たい~!」
 本人が近くにいることも知らずに、わっと甲高い声で女子学生たちが盛り上がる。会話を聞いていた王輝は、少し恥ずかしくなって、女子学生たちに背を向けた。
 Bloom Dreamと共演するなんて、あの日はまだ知らなかった。遼と出かけた記念に、と出来心で写真を撮り、口実にSNS用だと言っただけだった。消すに消せなくて、スマホの写真フォルダに残っていた。ドラマの共演の情報を須川から聞いたとき、深い意図はなく写真のことを伝えたら「宣伝になりますから、ぜひアップしましょう。佐季さんの事務所には私から許可取りしますから!」と話が進んでいったのだ。話題になったことは喜ばしいが、やはりプライベートの写真はアップするのは恥ずかしいと実感していた。事務所に許可を取ったと須川は言っていたが、遼は何と思っただろうか。
 どうして、「好き」なんて言ってしまったんだろう。あの日以来遼と顔を合わせておらず、以前に諏訪の件で喧嘩した時より気まずかった。あの時逃げなければ、ちゃんと訂正していれば、よかったんだろうか。頭の中で何度も思い返して、やっぱりどうにもならないとため息をつく日が続いた。
 好きだとバレてしまったのだから、もうセフレ関係は続けられない。このまま遼とは会わずにいられると楽だが、部屋は隣で、今後共演もあるため、顔を合わせる機会はあった。どんな顔で会えばいいのかわからなかった。そして、王輝の性格的に曖昧なまま終わるのは性に合わず、終わらせるならはっきりさせたい気持ちもあった。
 王輝は再びため息をつく。気づけば乗り換え駅が近づいており、女子学生をかき分けて、電車を降りた。
 事務所に着いた王輝は、須川の姿を見つけたが、忙しそうにしていたため声をかけるのを待っていた。須川はすぐに王輝に気づき「ちょっと待っててください」と入口近くの応接室を指さした。
 王輝は頷き、応接室のドアを開ける。誰もいなかったが、クーラーがついていて涼しかった。ソファに座り、キャップとマスクを外すと、一気に体温が下がる気がした。最近は金髪が目立つので、キャップをかぶるのが常だった。
 須川が部屋に入ってきたのは十分後だった。うとうとしていた王輝はノックの音で目が覚めた。
「お疲れさまでした。撮影、大丈夫でした?」
「全然問題なかったです。社長さんが来てて、すごいフレンドリーでした」
「私は電話でしか話してないですけど、ろくろ回してしゃべりそうな感じでしたね」
 須川の例えに、言い得て妙だと王輝は思わず笑ってしまった。須川は冷えたペットボトルの水を王輝に差し出す。受け取った王輝は、半分ほどを一気に飲み、ふぅと息を吐く。須川は王輝の対面のソファに座り、ローテーブルいくつか資料を置いた。
「撮影スケジュールが決まりました。本読みは来週で、クランクインは九月半ば予定です。あと一話と二話の台本も。一話目は九十分拡大だそうです」
「放送は年明けでしたよね?」
「はい。スケジュールはかなり余裕ありますね。でもネット配信分の番外編もあるので、意外と大変かもしれません」
 不良マンガの金字塔となれば、実写化には細心の注意が必要となる。テレビ放映分の脚本には原作者の監修が入っており、原作を忠実に再現することになっていた。
 しかし、視聴者は原作ファンだけではない。若手男性俳優が多く出演するので、俳優目当てで見る視聴者も多いことは想定されていた。そのためネット配信の番外編は、若手俳優の強みを生かし、エンターテイメントを取り入れたテイストで作られることがなっていた。笑いありダンスあり涙あり何でもありの番外編と説明されていたので、王輝としては番外編のほうがどうなるか不安に思っていた。
「ドラマの情報解禁後、公式SNSのフォロワーが増えてますし、新しい宣伝写真も好評ですし、いい兆候ですね」
 須川は王輝の活躍を嬉しく思っていた。諏訪のオーディションに受からなかったことは今だに残念だったが、まだチャンスはある。今回のドラマで注目を浴びれば、次の仕事へと繋がるだろう。それに、王輝には伝えていないが、年末に舞台の仕事が入りそうだった。ドラマ撮影と舞台の稽古が重なるが、王輝ならやりきれると信頼していた。
 しかし、王輝が元気がないことが、須川にとって気がかりだった。遼との2ショット写真を提供してくれたことはありがたかったが、気が付くと考え事をしているように、ぼんやりとしていることが多い。それだけでなく、スタジオを間違えて遅刻したり、ダメだしされて撮影が押したりと、いくつかミスが目立った。疲れが溜まっているのか、プライベートで何かあったのか、須川は頭を悩ませていた。
「もしかして、佐季さんと喧嘩しました?」
 鎌をかけるように尋ねると、王輝は一瞬表情を強張らせた後、不自然に笑顔を作った。
「そんなことないです」
 王輝はごまかすように台本を手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
 図星だと須川は小さくため息をついた。わかりやすくて助かるが、喧嘩で仕事に支障がでるのは困る。ドラマ撮影が本格化する前に、なんとかしなければと考えを巡らせた。
「そうそう、温泉行くから休みが欲しいって言ってたじゃないですか。休みねじ込みますから、いつがいいですか?」
 須川は以前に王輝が言っていた温泉のことを思い出した。王輝は誰と行くかは言っていなかったが、遼と行くことは察しがついていた。
「温泉は、もういいです」
 あからさまに表情を曇らせた王輝に、須川はバンッと机に両手を置いて、身を乗り出した。王輝は驚いて、ソファから飛びあがりそうになる。
「二人とも忙しいから、息抜きが必要ですよ!」
「え…、だから佐季じゃないですって……」
「佐季さんでも、そうじゃなくても、仕事でミスするようなら、休むべきです」
 須川の言葉に、王輝は言い返せなかった。最近の失敗が脳裏に思い浮かぶ。素人みたいなミスばかりで、情けなくなった。
「わかりました。休みますから!」
 王輝は須川の圧に負けたと同時に、逃げていてもどうにもならないと腹を括った。身体を休めれば、心にも余裕がでてくるだろう。そうすれば、遼との関係もきっぱり終わる覚悟がつく。
 

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