僕たちのスタートライン

仙崎 楓

文字の大きさ
上 下
6 / 8

本当の気持ち

しおりを挟む
「今日も一人でストレッチしてんの?」
 同じ陸上部のやつのセリフがぐさっと胸に突き刺さる。
「…まあな」
  府抜けたストレッチを終えた俺は、体育座りで他のやつが走る姿をただぼんやりと眺めていた。

  静とキスをして何日もたつっていうのに感触は唇に生々しく残っている。
 俺はぎゅっと口元を手のひらで押さえた。

 キスされてめちゃめちゃビックリした。
 けど、キモいとかは全然思わなかった。
 静を突き飛ばしたのは、友達だとか言っておきながら俺の下半身はキスに反応していたことに気づかれそうになったから。
 まさか静相手にジリジリと焼けつくような痺れが起こるなんて。

 ………俺は静のことが好きなんだろうか。
 いやいや、そんなはずない。
今まで好きになったのは全員女の子だった。

「神原!
  早く用意しろ!」
 顧問に促されて 、俺はグラウンドのスタートラインに立った。
 そして全てを忘れてしまいたい一心でがむしゃらに走った。

「こら、神原ー!!
何だこのタイムは!」
 顧問の激がとんだ。

 うるせー。
 こっちは必死に走ってんだよ。

 けど何度走っても結果は散々だった。

「俺、どんだけメンタル弱いんだよ」
    
今までこんなこと一度もなかった。
 ………いや、なかったんじゃない。
 いつも静が助けてくれてたんだ。
 静がいなくなっただけでここまで落ち込むとは、自分が情けなくなってくる。
 落ち込んでうなだれている俺の肩を顧問が軽く叩いた。
「今度の大会が推薦の選考も兼ねてるからって気にしすぎてるんだろ」

 大会で記録を落とすわけにはいかない。
 それは事実だ。
 でもだからといって不調になったりしない。
 静さえ戻ってくれば俺はきっと…。

「そうだ神原、西林はいつから顔出すつもりか聞いてるか?」
「…どういうことすか」
「一回電話でしばらく休むって言ったまま何の音沙汰もないんだよ。試合はどうするつもりなんだか」
「…休むって言ったんですか、あいつ」
 俺にはあの時確かに辞めるって言っていた。
けど確かに静の荷物は部室に置かれたままだ。
几帳面なあいつならさっさと持って帰るはずだ。

 もし、俺にだけ辞めると言ってるんだったなら………。

 今、静に会うのは正直気が進まなかった。
 前よりももっとどんな顔して会えばいいのか分からない。
 余計気まずくなるかもしれない。
 けど………。
 ピンポーン。
 数日前と同じように慎重に静の家のチャイムを鳴らした。
 俺はここまで来たくせに静に会うべきなのかどうかまだ迷っていた。
「静。
  出てこなくていいからさ、聞いてくれよ」
 俺はインターホンに向かって話し始めた。
「お前さ、俺に陸上辞めるって言ったじゃん。
  …だけど、本当は辞めたくないんだろ。
  陸上好きなんだったら、続けろよ」
「違うよ」
 突然インターホンから静の声がしたかと思うとすぐに玄関のドアが開いた。

「静」
「僕は陸上が好きなわけじゃない」
「………何言ってんだよ、ずっと続けてきたのに」
「走ることなんかに何の意味もない」
 俺は静の冷めた口調に言葉を失った。
「陸は僕への答えを誤魔化したままで、元通りにしたいだけだろ」

「………いい加減にしろよ!」
俺は思わず大声で叫んだ。
「別に誤魔化すつもりなんかねえよ!
  親友なくすかもってときにすぐに答えなんか出る   かよ!」
 俺はさらにまくし立てた。
「陸上どうでもいいって何だよ。
  顧問もお前のこと気にしてたし、俺にだけ辞める   って言ったんなら、会いに行かねえとって思った    のに」
 静は口を食いしばってこぼれそうな瞳を一心に俺のほうに向けている。

 コイツとずっと走っていたい。
 辞めてほしくない。
 だから何度もぶつかってんのに。

なのに、俺の口からは気持ちとは正反対のことしか出てこなかった。
「明日の試合、静は登録したままにしてもらってる。       
  けど、もういいよ」

  静とはこれでもう終わりだと、一人絶望の淵に立たされていた。

しおりを挟む

処理中です...