僕たちのスタートライン

仙崎 楓

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エピローグ

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日暮れが近づくにつれてどんどん気温は下がり、辺りはすっかりと今の季節を取り戻した。
  ユニフォームだけでは肌寒さを感じるようになっていたけど、俺の体の中にはまだ決勝を走ったときの興奮の熱がくすぶっていた。

「陸」
 静が床に落ちていた俺のジャージを拾ってパンパンと埃を払うと、俺に着るように促した。
 荷物をまとめてジャージを無言で羽織ると、ボストンバッグを担いでスタスタと出口に向かった。
 すると静もすぐさま、とっくにまとめていた自分のボストンバッグを背負った。
 ちらりと振り返ってみると、大きな黒い瞳をキラキラとさせてじっと俺のあとを小走りについてきている。
 少し時間、いやかなりホッとしつつ俺は重い口を開いた。

「助かった」
 俺は決勝で、大学推薦の要件をクリアすることができた。
「静がいたから、決勝まで行けたんだと思う。
  静が陸上辞めて困るのは俺だったんだ。
  情けねえ話だけど、図星だよ」
 静は今にも泣きそうな表情で笑った。
「僕は陸のそばにいるために走ってきた。
  陸上を辞めるって言ったのは、陸に言った通り、このまま一緒にいるのが辛かったから。
 そのくせ、いざ陸との繋がりがなくなると思うと堪えられなくて退部届が出せなかった。
 今日来なくていいって言われて、ものすごく不安になった。
 …僕の世界の中心は陸なんだ」
  静がここまで俺のことを考えていたなんて。
「陸だって僕の気持ちを知っても僕を必要としてくれた。
  返事もちゃんと悩んでくれてる。
  それに」
静は俺の耳元に息がかかるほど唇を寄せてそっと囁いた。
「キスしたとき、感じてたよね」
「?」
慌てる俺を見て静は意地の悪い笑みを浮かべた。
「だからゆっくりやっていけば、ね?」
 コイツ、こんな性格じゃなかったような。
小悪魔の仕草じゃん。
「ね、じゃねえわ!」
  俺は耳まで真っ赤にして怒鳴った。

これから俺たち、どうなっちゃうんだろう。
高校三年の秋、俺たちはまだスタートラインに立ったばかりみたいだ。



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