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 あなたは婚約を破棄されました。

 あなたに落ち度はなく、先方からの一方的な通達です。
 平民の家で貴族に逆らえず、若いあなたは強引に結ばれたあげくに、投げ捨てられた形です。

 さらに身に覚えのない濡れ衣で立場が悪くなり、仕事も見つかりません。
 冬を前に、ついには両親や弟妹達の為にその身を売ることを決意します。

 あなたは奴隷に堕ちました。

 しかしあなたから話を聞いた奴隷商はその運命に同情し、少しでも良い主に宛がおうとしてくれます。
 お陰であなたはお忍びで国の暗部を確かめに来た、第一王子の目に留まります。

 奴隷商は第一王子の素性を知りませんでしたが、その言動から人の上に立つ者としての素質を見抜いたのです。
 そして第一王子もまた、実際に対話し、あなたの居るべき場所に確信をもちます。

 もっと人の目に触れさせたい。
 この国の皆にあなたのような女性がいることを自慢したい、と強く思うのです。

 それはもはや一目惚れでした。
 残りの人生、隣にいて欲しいと心から願う程に。

 真っ直ぐにみつめ、欲っする姿は、無防備な心をさらけだす告白でした。
 あなたも目の前の男のことを近くでもっと知りたいと望んでしまいます。

 人生を形作るひとつひとつの体験が、その判断と行動が、今のあなたを価値あるものにしたのです。

 判らなかったのは目の曇った人間ばかり。
 見る目のある人にはちゃんと判るのです。

 あなたを失い悲しみに沈んでいた家族とも再会できました。
 あなたを裏切った貴族は、より若い女に手を出しただけで人の価値を理解できず、王子が手を出すまでもなく自業自得で淘汰されました。
 賢王として名を馳せていく伴侶と共に、あなたの人生は多くの人の目に触れるようになります。
 あなたがあなたとして存在する姿に、誰もが賢王を羨ましく思います。
 あなたのような女性を手に入れられるなんて、神に愛されている証だろうと口々に噂します。

 子宝にも恵まれました。

 王子と王女はスクスクと育ち、共にあなたの面影を色濃く残し、人々に愛されます。
 王子と王女も国民を愛し、生活がより良くなることを願う人生を送ります。

 それは困難でありながら、懸命が勝利する道でした。

 あなたの国は、あなたを擁してからの歴史に他国からも一目置かれています。
 それまでが悪かったのではなく、ただ国の輝きが別物だったのです。

「あの国には聖女がいる」

 だから、国交を結びたい。
 仲良くしたい。

 とても多くの価値観が、あなたと良好な関係を結べることを誇りとしました。
 国は栄え、物流は人々の幸福に寄与し、あなたを柱に世界には平和が訪れました。

 あなたが生まれてきたことを。
 あなたが存在してくれていることを。
 誰もが祝福し、尊くこころに刻みます。

 老若男女があなたに手を伸ばし、たったいちどの握手を胸に、人の道を踏み外さず生きる勇気としました。

 ☆

 歴史家たちは、この時代を振り返るたびに奇跡だったと語ります。
 多くの国が並びながら、統一されたわけでもなく、ただただ平和に発展した貴重な時代となったからです。

 あなたの残したものに人々は感謝し、その証は何度も省みられ、小さい頃から学びます。

 その辺りの子供に、この国で一番好きな人を訪ねてみると良いでしょう。
 両親や家族の次には、まず間違いなくあなたの名前が呼ばれます。

 あらゆる人から大切にしたい繋がりだと思われている証拠です。

 風が吹きました。
 太陽が大地を暖めました。
 人々は、笑顔になりました。
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