闇の魔女と呼ばないで!

遙かなた

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2章

ヴァイスの森のエルフ

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ツァインから西にある、ヴァイスの森。
この森には古くから自然と共に生きる民、エルフが住んでいるとされている。
エルフは感覚が鋭く、弓が得意で魔法をも操る種族として有名だ。
しかし、このヴァイスの森に住むエルフは少し違っていた。

エルフは昔、閉鎖的な種族であったが、現在はかなり開放的になっている。
エルフの里を出入りできる人間も多く、エルフも里を離れ人間の街に住むことも多いのだが、このヴァイスの森のエルフは別であった。
未だ閉鎖的であり、他の種族が自分たちの里に入ることを許さず、また、自分たちも里の外に出ることが無い。
それには理由がある。

このヴァイスの森のエルフは特別であった。
というのもこの里の族長になるエルフの家系には特別な力が備わっていた。
その力というのは魔物と共に育ち、共に生きる力を持つことである。

大げさな言い方をしたが、そこら辺にいる魔物をテイミングして手なずけると言うわけではないのだ。
育てられる魔物は生涯一匹である。
そして、その魔物は卵から育てることになる。
テイミングと違うのは魔物を仲間とするわけではなく、家族として育てることにあった。
そして、このエルフに育てられた魔物は進化をするのだ。

例えば、先代の族長は初めはランクFの魔物であるベビードラゴンであったが族長が息を引き取る前にはランクAのワイバーンまで進化していた。
そして、この魔物は里を護る守護者でもあるのだ。


守護者である魔物が護っている間はこの里は安全だ、誰もがそう思っていた。
当然である、ランクAの魔物を倒せるものなどそうはいない。
この魔物がいる限り、この里は安全なのだとそう思っていたのだ。

そう・・・ランクAの魔物がいれば・・・である。


だが、今、その守護者はいなくなろうとしていた。
現族長が寿命により息を引取ろうとしているのだ。
本来であればその子供が族長を引き継ぎ、その子供が育てた魔物が新たな守護者となるのだが、現族長の息子はすでに病により他界していた。
その為、現族長が息を引取ればその瞬間、守護者はいなくなる。
族長には一人の孫がいるが、その孫はまだ、守護者となる魔物の卵を孵化させられていない。

とはいえ、閉鎖的な里である。
自分たちの族長にそんな力があることは他の種族には知られていないだろう。
なら、ゆっくりと族長の孫が成長するのを見守ればいい。
それまでは自分たちが族長の孫を護ってみせると思っていたのだ。


そう言って、エルフたちは族長を見送った。
「孫を頼む」と最後に残した族長は笑顔で息を引き取ったのだ。



全族長の孫の少女は、祖父が死んだことを悲しみながらも次の族長になる為に魔物の卵に語り掛けていた。


「おじい様のワイバーンのように強い子になってね」


まだ、幼さの残る少女はトレードマークである赤いリボンを頭の後ろにつけ優しく卵を撫でる。
外では小鳥たちが鳴いており、平和な時間が流れていた。


「おーい、そろそろ時間だぞ、リーナ!」
「あ、コハク兄様!」


コハクと呼ばれた少年はリーナと同じくらいか一つ上の少年で、金色の髪をした細身で、青い瞳の綺麗な美少年であった。
対して、リーナほうは深い緑の髪が神秘的な雰囲気を出しており、琥珀色の瞳が優しさを醸し出していた。

コハク兄様とリーナは呼んでいるが髪や瞳の色から分かるように、この二人に血のつながりはない。
幼いころから共に過ごし兄のように慕っている為、リーナはコハクの事を兄様と呼ぶようになった。



「ほら、さっさと準備しろ、儀式の間に行くぞ」
「はい、兄様」


儀式の間というのは族長となる一族の物が卵の状態である魔物に魔力を通して語り掛け、絆を結ぶ儀式を行う場所である。
儀式がうまくいけば、卵は孵り、新たなる魔物が生まれてくる。
そして、その魔物を育てることが族長となる一族に課せられた使命なのだ。

そして、リーナも今日、その儀式を行うことになっていた。


「どんな子が出てくるかな?」
「リーナのパートナーならきっといい子が生まれるさ」
「楽しみです」


卵を持って、二人は儀式の間へと向かった。

儀式の間に近づくと、里の人がリーナを応援する。
その言葉に勇気をもらいながらリーナは卵を抱えながら進んだ。


儀式の間に着くと、そこには大きな魔方陣が書かれており、その中心へとリーナは移動する。
この場所で卵に語り掛けるのだ。


「リーナ、俺は儀式の間の外で待っている」
「はい、兄様」


コハクを笑顔で送り出し、リーナは卵と向き合った。


「卵さん、私はおじい様のようにこの里を護りたいのです。お願いします、私に力を貸してください」


ドクンと心臓の音のような声が聞こえる。
リーナにはその音が卵が返事をしてくれているように聞こえた。


「力を貸してくださるのですね、ありがとうございます」


リーナは微笑むと、手を卵へと近づける。そして、自分の魔力を卵へと流した。
リーナの魔力に反応をして地面に書かれている魔法陣が光り出す。


「最初に会ったのもこの場所でした・・・」


リーナがまだ幼い頃、コハクと共にこの場所に忍び込んだ時、この卵はリーナの目の前に現れたのだ。
族長となる者の前に姿を現す卵、その卵はいつ現れるのか、誰が持ってくるのかわからない。

リーナの祖父である元族長は、寝ていたらいつの間にか布団の中に卵があったと言う。
そのさらに先代は風呂で頭を洗っていたら先に風呂に入られたと・・・。

まさに神出鬼没の卵なのだ。


「古の森人が願う、汝の姿を我が前に、共に苦楽を・・・」


リーナが呟くと、魔法陣の魔力が卵へと収束する。
そして、その魔力が卵の中へと入り込んだ。

再び、心臓の鳴る音が聞こえると、卵にヒビが入った。
卵が孵化するのだ。

ヒビが段々と増えていき、そして、卵の殻が割れる。


「・・・・・・わあ」


卵の中からは一匹の犬・・・いや、狼が現れた。


「かわいいです」


中から出てきた魔物をリーナは優しく抱き上げる。
顔を近づけると狼の魔物はリーナを舐める。


「くすぐったいです」


笑い声をあげながら頬を舐められているリーナはハッと声を上げる。


「名前、付けないといけませんね」
「ガウ!」


狼の魔物が返事をするかのように声を上げ、尻尾を振った。


「うーん、ベロリンチョなんてどうです?」


狼の魔物は必死に左右に首を振った。
とっても嫌そうである。


「では、ベンベロベーンは?」


またも首を振るベンベロ・・・じゃない狼の魔物。
そのやり取りはしばらく続くことになった。

リーナが出す名前を悉く拒否する狼の魔物・・・まあ、当然ではある。
そこに、儀式の間の扉が開いた。


「あ、コハク兄様」
「どうやら、魔物を孵化できたようだな・・・狼の魔物・・・ホワイトウルフか」


ホワイトウルフとはランクFの狼型の魔物である。
頭が良く、獲物を罠に嵌めて群れで襲い掛かる習性を持っている。


「それで、何をやっているんだ?」
「この子の名前を決めようとしていたのです、ですが・・・」


狼の魔物が尻尾を垂らしながらしょんぼりとしている。


「どんな名前を付けたんだ?」
「今は、ゴッドグレイテリストベロンチョはどうかと聞いてました」
「相変わらずのセンスだな・・・はあ」


見ると狼の魔物が涙目になりながら助けを求めているように見えた。
魔物を名前ひとつで泣かすというのはすごいのではないだろうか。


「綺麗な翡翠色の眼をしているな・・・優しそうな魔物だ」
「はい!」
「目の色からとってヒスイというのはどうだ?どうやらメスの様だぞ?」
「ヒスイ・・・はい、とってもいいと思います!」


リーナが承諾すると狼の魔物はその名が気に入ったのか尻尾をブンブンと振った。


「ヒスイも気に入ったみたいです・・・さすが兄様です!」
「ははは・・・じゃあ、里のみんなにもヒスイ見せてあげよう」
「はい!」


儀式の間は里の奥の社の奥にある。
ここに入れるのは族長と族長が許可したものだけであり、その許可をだせるのは次の族長であるリーナだけなのだ。
そして、コハクはそのリーナの許可を得てここにいる。
もちろん、他のエルフたちもそのことは認めていた。
コハクはまだ幼いながらも大人顔負けの弓の腕をしている。

腕力では大人たちに負けるも弓の腕ではコハクに勝てるものがいないほどであった。


コハクとリーナは儀式の間から外へ出た。
ヒスイはリーナの腕で抱えられている。
魔物と言えどまだ子供である。
本来の魔物は魔石から成体姿で行きなり出現するが、ヴァイスの森の守護者は違う。己が成長するために幼い姿で卵から産まれるのだ。


外はいつも通りの穏やかな緑一色の世界・・・ではなかった。

赤い、これは炎の赤なのか血の赤なのか、それが分からないほどの赤である。


「こ、これは!?」
「兄様!」


コハクはリーナに外の光景を見せないように前へ立つ。
外には何人もの里のエルフの死体があった。


「おやおや、やっと見つけましたよ」


そこには里の人間の髪の毛を引っ張り引きずりながらこちらへと歩いてくるフードを目深にかぶった人物がいた。
その者は薄ら笑いをあげながらリーナを見ているのであった。
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