Journey to the West -タケル編-

甲斐枝

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第9話 ~ 穴の中 ~ レキシ 狩りから稲作へ

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「色々疑問に思われることは御座いましょうが、一先ずお茶でもいかがですか」
モ『この汎用シェルターは一般市販されているなかでは一番大型になります。』
M『2000平方m程度です』
「どうぞこちらへ。ワンちゃんもどうぞ」
「はい。では失礼します」
 客間兼居間兼執務室のような空間に入ると、サピアたちが騒ぎ出す。
モ『未知のVirusを検出しました。至急退去してください』
M『未知のナノマシンです。神経系に作用します。危険です』
μ『人工Virusですねー。脳に影響を与えるだけではないようですが。危険性は低そうだけど注意してね!』
「なんとかほうじ茶を作ることに成功したんです。少々お待ち下さいね」
 やや薄暗い室内にはいくつかのモニターが並び、電子機器と思しきものが多数設置されている。アルミフレームかなにかで枠を組んだいくつかの椅子とテーブルが有る。椅子には葦か藁を編んで作ったと思われる座布団が敷かれ、テーブルの天板は白木を組み合わせて出来ている。
 導かれるままに椅子に腰を下ろす。強度がやや心許ないが、立派に椅子だ。
 12畳ほどの部屋の端に鎮座するその装置に当たりをつける。多分これがVirus……ナノマシンの製造装置だろうね。
 ぷーんと香ばしい匂いが漂う。胡麻か!
「いろいろ試したのですが、室内で安全に湯を沸かすのはなかなか難しいのです。アルコールを分離させるのにも多量の薪が必要ですし、薪そのものを燃やすには排気が難しく、結果、油で火を熾すのが現状一番マシなのです。今は昨年の菜種油と胡麻油を使用しました。どうぞ」
「わざわざありがとうございます」
 陶器の茶碗、いや磁器かな、白肌に鮮やかなオレンジの模様が描かれている。そこにわずかに湯気の立つほうじ茶が淹れらている。ありがたくいただく。うん、文明の味だ。沁みるなあ。
 ボノ江さんも向かいに腰を下ろし、大変優雅な手付きでお茶を召し上がっている。
「どうしても油の匂いが漂ってしまい、興醒めなのですが、炭もなかなかうまく製造できず、屋外ならいいのですが、室内で火を熾して一度大変な目に会いました。それ以来、少量なら油を使用するようになったのです」
「なるほど、排煙は大変ですね」
「はい。幾つかの機器が不調になってしまい、復帰に苦労しました」
 ボノ江は、長い手で頬を擦るように話している。見るからに類人猿の外貌だが、表情がよくわかる。
 まあ、あれだ。SFとかでよくあるパターンだが。頭が大きい。顔は幼児くらいの大きさしか無いのに、頭は中学生とかそのくらいある。目立たないようにしているのか、黒っぽい包帯のようなものを巻いている。一瞬ターバンかとも思ったが、やっぱり包帯のように思える。そうか、助けがいるのだろうね。
「すみません、初めてお会いする人間の方に不躾で申し訳ありませんが、お願いがあります」
「はい。その、医療的な内容でしょうか?」
 はっと目を見開くボノ江さん。
「……あぁ、お見通しでございましたか、やはり、本当の人間の方は違います……」
 涙を浮かべるボノ江さん。ちょっとあせるね。
「いえ、できるかどうかもわかりませんし、とりあえず情報の交換をしましょう」
「はい、そうですね、申し訳ありません、私と普通に会話できる生身の方とお会いしたのが、本当に久しぶりのことで……、動揺しておりました」

 §

 では、私のような類人猿がなぜここに存在しているのか、説明させていただきます。
 私の親に当たるボノボは、動物園にいたようですが、よくはわかりません。私はクローンとして、実験動物として、生み出されたようです。
 幼い頃の記憶は殆どありません。物心ついたと思えるときには、お父様、研究者である博士と様々な訓練を行いました。言葉も覚えましたし、人間のように振る舞う事も覚えました。
 しかし、お父様はいなくなり、檻に入れられ、おそらく自然回帰型のNPO団体に引き取られました。良くしてもらったと思うのですが、ほぼバナナの印象しかありません。
 その頃は私の知性を保つためのナノマシンも存在せず、おそらくかなり精神退行していたと思われます。
 どういう経緯かはわかりませんが、その後私はある男に引き取られました。その男は山師のような粗野な人間でした。その男の目的もよくわかりません。今思えば、私はあくまでもナノマシン製造機の添物でした。
 あそこで今もなんとか稼働しているナノマシン製造装置ですが、特に猿系統の脳神経系に作用して成長や複雑化を促すもののようです。私が訓練していたときのものとは違うようですが、これを使用して日本猿の知性を上げ、様々な芸を仕込むことに成功しました。私は日本猿たちとの仲立ちを求められました。チューターのような役割です。
 その男の目的はよくわかりません。猿回しを発展させたいのか、猿軍団を作りたかったのか。

 私は再び知性を手に入れることができました。とてもありがたいことです。ただ、その男には忌み嫌われておりました。
 詳しいことはよくわかりませんが、段々と男の精神が病んでいったことは感じることが出来ました。
 広く開放的な施設から、密閉された空間に移動させられました。それがここです。シェルターだと思われます。隣に広い訓練施設や男の生活空間がありました。
 男がどの様に生活資金を得ていたかはわかりませんが、そこでの奇妙な共同生活はなんとか成り立っていました。日本猿だけでなく幾頭もの改造動物がおりました。
 やがて天変地異に見舞われました。
 シェルターの一部が破損し、たくさんの犠牲が出ました。男もその時亡くなりました。猛烈な寒さに見舞われたりしましたが、猿たちと復旧や改造を進め、生活できる環境になりました。
 当初は備蓄の燃料や太陽光発電でなんとかなりました。燃料が切れる頃には地熱発電の再接続に成功し、現在はそれでどうにかやっております。
 しかし、絶えずナノマシンに触れているせいで、副作用が発生しました。それは前頭葉及び大脳外縁部の肥大化です。
 もともとさほど大きな大脳をしていなかったせいもあるかもしれませんが、あまりの脳圧に耐えかねた私は、自ら自動プログラムによる手術を行いました。しかしむりやり拒否反応を抑え込んでいる状態です。
 これを、なんとか救っていただけないか、というお願いです。
 幸い、日本猿たちは50頭を超える数がおり、それなりには使えます。
 何を対価としてお支払いできるかはわかりません。
 現状、ナノマシン生成量も少なくなっております。どうかご検討いただけますか。

 §

 頭部に無理やりな手術を施しているであろうことは、見ればわかる。どういう改造を施したのかわからないが、おそらく頭蓋骨を拡張しなければならず、その人工骨か代用品との接合部が合わず、絶えず、脳液だか血液だか体液だかが微妙に漏れている状態、だろうか。

 私は、自分の現状を話す。つい1ヶ月ほど前にコールドスリープから目覚めたこと。AIであるサピアによって、クローンへの移植から、若く生まれ変わったこと。サピアの燃料を回収するために移動中であることなど。別に隠すこともない。

「実は、何とかできるお方が現れないか、各都市部や沿岸部に猿たちを絶えず放っている状態でした。そこで、東京付近から、尊様が現れたのです。突然のことで驚きましたが、こちらに近づいて来られていることはわかりました」
 そこで、なんとかして連れてこさせたらしい。
「最初に見た大きな猿が、その一匹というか一頭というか、だったのですかね」
「そうだと思います」
「……米は、あるのでしょうか」
「はい。当初は水田を目指したのですが、無理でしたので、陸稲をしております」
「なるほど」
 それなら、まあ収穫量は低いだろうけど、あの猿たち程度でもなんとかなるのかな。

 気がつくと、大きな日本猿がいる。いつの間に入ってきたのか。ボノ江は無視して話し続ける。
「ただ蒔いて刈り取る程度のことですから、猿たちにもできるようです」
 クスリ、とボノ江が笑う。
「そんなに簡単なことではないぞ」
「猿の言葉はどうやって教えたのでしょうか」
「ナノマシーンにより、適宜刺激を与えます。幼児期にある程度ナノマシン下に置くと、言語を話せる程度には知性が高くなります。童謡を聞かせる等して言葉を覚えさせますが、発声器官的にも、IQ的にも、単語の理解や記憶程度で限界、ですね。発音できる言葉が限られますし、理解できる言葉が少ないのです」
「限界があるのは確かだな」
「では、あの袋などはどうされたのですか」
「そうですね……天変地異から数百年が経過しております。幸いシェルター内におりました私達や数匹の猿は無事でしたが、どうやら屋外では磁気嵐か太陽風か何かが吹き荒れて、全ての電化製品が使用不能になっていました。それからすぐに気温の異常な低下がおこりました。当初はシェルターに義務付けられている備蓄燃料および備蓄食料で過ごしておりました。3年分以上はありましたから、あまり焦ってはおりませんでした。壊れたシェルター部分は自動で隔離され、難を逃れたのです」
 ボノ江は立ち上がり、お茶のお代わりをカップに注ぐ。既に冷めているが、気にしない。
「それから、数百年が経ちました。当然備蓄は切れましたし、様々な日用品も朽ちていきました。稲藁で様々な日用品を作っています。」
「そろそろなにか反応したらどうだ尊とやら」
「今はボノ江さんと話しています」
「ぐっgggggg」
 ボノ江が頭を押さえてうずくまる。
モ『Virusが減少しています』
M『ナノマシン濃度が低下しました。この猿の影響だと考えられます』
μ『猿だけでなく尊さんの影響もあるよー。多分尊さんが無意識に分解しまくってるよー』(棒)
 なるほど。まずいな。
「大丈夫ですか?休まれたほうが良さそうですが。なんでしたら一度部屋から出ますよ」
「ありがとうございますぅぅ。……sそうしていただけますか。ぁぁ穴から出たところに小屋があります。そちらで少々お待ち下さいぃぃ……」
「ほら、早く出ろ。お前気が付かんやつだな」
 この猿、なんかうざいな。

________________


井伏鱒二の「山椒魚」、子供の頃読んだときに考えたものです。そもそも穴から出られないということは、かなりの餌を食べたはずだ。なぜ穴の獲物を食べないのか。意地悪で蛙を穴に閉じ込めるということは、いつもはフリーなのか?なら餌はどうしているのか?マダラボケのように、本能に従っているときと、理性が勝っている時があるのか?蛙が「今でもべつにお前のことをおこつてはゐないんだ」っていうところの、意味深な、でも意味はないような発言、これも考えさせる一因なんだけど、先日WIKIをみたところ、自選全集かなんかでは削ってしまっているという。びっくりしました。野坂昭如が文句を言うのもわかる。でも作者なんだから、変えるのもわかる。いや、なんというか。気になる方はWIKI読んでください。僕は「朽助のゐる谷間」が好きですが、正直内容を忘れています。今調べてクチスケノイルタニマと読むことに気づいて愕然としています。

このへんでペット枠ではない、動けるキャラは出てしかりですが、どうにも色気がありません。でもまあ、Journey to the West だから!そもそもヒロインとかほぼ存在しないから!

レキシ、「ハニワニハ」がとても好きですが、いつも嫁にイントロの部分で指摘されます。「今、何が鳴った?ベル?もしかしてリン?」霊感はかけらもないのですが、そういうのは気になるそうです。

いちんちふつか投稿が遅れるかもしれません。その場合申し訳ないです。
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