コミュニケーション能力の向上がもたらす異世界ほのぼの物語~アラビアン・デイズ~

甲斐枝

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第六回 ミナの話1

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 奥様はとてもお美しい。赤っぽい髪はランプの光を受けて金色に輝く。神の息吹のようだ。瞳は青く透明で、宝石のようだ。鼻は上を向き、大層可愛らしいくあられる。運が良い。初めはそう思ったものだ。
 沐浴のとき、薄物を羽織る奥様の腕や背に痣を見つける。
「これはどうされたのですか。」
 心配して尋ねると、
「うふふ。ちょっと喧嘩しちゃったの。第一皇女様とね。」
 とってもにこやかに、とってもきれいな声でお返事くださる奥様は、全く悪びれず、いかにも楽しそうだ。しかし、私は背筋が総毛立つ思いである。
「……そんな、畏れ多い……。」
「あら、そうかしら。同じ女よ。ちょっといけ好かないけれどね。」
 奥様がこちらを見ながら、ますます笑みを深める。
「……はい、わかりました。もう無茶なことはしないでくださいまし。」
 ああ、こんな喧嘩っ早い、仕来たりを無視しまくる人が私の主だとは。
 他にも問題行動は多々あるのだ。宦官と無駄に仲良くなったり。食事に文句を言ったり。
「あなた、名前は何ていうのだっけ?」
「ミナと申します。」
 先月奥様付きになったとき、紹介されたのだが、大事なこと以外なかなか憶えない奥様には、やはり印象が薄かったようだ。
「あなたは私と同じではなかったわよね?」
「その、出自のことでしょうか。」
「そうよ~。」
「はい、よくわかりませんが、私は孤児で、大臣様の召使頭の方に拾っていただきました。」
「あら。そう。」
 寝台に横たわる奥様に香油を優しく塗り込む。奥様は奴隷の出身だ。詰まり異教徒である。でもそれ自体は全く珍しい話ではないのだ。後宮の実務は宦官の人たちが行っているが、ほとんどみんな徴兵された異教徒の人で、頭がいい。でも奥様は少し違う。奥様は大宰相の奴隷狩りで連れてこられたという噂を聞いた。美しいから、ここにいるのだろう。私とは違う。羨ましいことだが、無い物ねだりは良くない。

「ミナは、カナリアを飼っているのね。」
 奥様の部屋で、私はお茶を淹れる。
「はい。よくご存知ですね。」
「だって、あなた時々可愛い羽根がついているのよ。」
 えっ、気付かなかった。
「申し訳ありません。」
「いえ、せめて無いし怒ってもないの。あなた小鳥の餌はどうしているの?」
「宦官の人に分けてもらったり、送ってもらったり、たまに町へ買いに行きます。」
「そうなの。町に行けるのは羨ましいわね。」
「いえ、そんな大したことはないですよ。奥様付きになってからは行っておりません。町は汚いし怖いです。」
「そうかしら。私が昔住んでいた田舎町は、本当に何もなくってね。羊と牛と馬。大麦と燕麦とウマゴヤシ。
寒い冬ときついお酒。そんなものしか無かったからね。町には憧れたものよ。」
「そうですか。でも私の知っている町は、汚くて、怖い人や怖い動物が多いです。あ、申し訳ありません。」
 つい気安く答えてしまう。
「?怖い動物て何かしら。」
 以前はちょっとでも生意気な口をきくと、怖い女中頭や召使の大男たちにすぐさま怒鳴られたものだが、この奥様は気にしないのである。とても有難いし、その点は感謝している。
「ねずみとか、駱駝も唾を飛ばしてきますし、そういえばこの間獅子がいると噂を聞きました。」
「獅子?それは豪気ねえ。エジプトからかしら、それともインドからかしら。でも、町中を一匹でウロウロしているんじゃないでしょう。」
「はい、砂漠の商人が連れてきていたのが、暴れて逃げ出したのですが、すぐに捕まったそうですよ。」
「遠くから連れてこられて、可愛そうね。」
 ああ、まるで奥様のようだ。美しく強い獅子は、遠くから連れてこられて、どこかで閉じ込められているんだろう。
「でも、きっと強くて美しい獅子は、誰かの寵愛を受けて、何不自由なく暮らしていると思います。」
「……うふふ。そうね。」
 奥様はナツメヤシをかじりながら呟くように言う。
「何不自由なく、ね。」
 その時、前触れの女官が現れ、私を呼ぶ。耳元で囁かれた言葉に、私は歓喜する。
 「ちょっとお待ち下さいね。」
 そういうと私は常に用意してある砂糖菓子を包んだものを彼女に渡す。彼女は嬉しそうに受け取ってくれた。
 今宵、奥様は皇帝に選ばれたのだ。これで奥様はただの部屋持ち(オダリスク)ではなく、お気に入り(ギョデス)と呼んでも差し支えないほどだ。早速奥様にそう伝える。
「まあ、遅かったわね。」
 そう言いながら、嬉しそうに立ち上がる。さあ、準備だ。より美しさを磨き上げないとならない。
 私は蜂蜜と柑橘で飲み物を作る。
 奥様はそれを飲み干し、美しい声で少し歌う。
 アナスタシア、というのが本当の名前だと教えてくれた奥様は、後宮ではヒバリ様と呼ばれている。美しい声で明るく歌う、笑顔の陽気な奥様は、女官や宦官に人気がある。とても気の付く方で、手土産は洗練されている。どこから手に入れるのか、珍しいお菓子や良い匂いの香油を惜しげもなくプレゼントしてくれるのだ。勿論私もご相伴に預かる機会が多く、ようやく痩せぎすから脱却できた。肌の調子もいい。後宮にいたところで、殿方とご縁が出来るわけではないが、やはり嬉しいものだ。
「さあ、踏ん張りどころよ。男子を作らないとね。」
「はい!おきばり下さい。」
 何となく黒い笑いが部屋に満ちる。
「そうね、あなた今度町に出ることがあれば、きれいな布か絨毯の商人を聞いてみてくれないかしら。どうにも御用商人達には、私はウケが悪いのよね。」
「わかりました。聞いてみます。」
 艶然と微笑む奥様に、やっぱりこの人が主でよかったと思う。なにか、ワクワクさせるのだ。これから、奥様はきっと皇母(カドゥンエフェンディ)となるだろう。私はそれを出来る限りサポートするのだ。

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