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しおりを挟む「ユウキ」
まるで日記の中にのめり込むように文字を書き連ねていた俺の頭上から聞こえる、優しい声。
俺はその声に顔を上げると、何だか嬉しそうに笑うレイの姿が目に入った。
「今日、すごく元気そうだから安心だね」
俺のことを気にしてか、日記帳を覗き込むことも何をしているか聞くこともなく、ただ俺が活動的であることを嬉しく思っているようだった。
だが、俺が何をしているのか気になっている様子はかんじられた。
「小説のネタ、書こうと思って」
俺が答えると思っていなかったのか、予想外の答えが帰ってきたことに驚いたのか。レイは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに口角を上げた。
「小説?ユウキの好きなことができるくらい、体力があるんだね。よかった」
そう言いながら、レイはベッドの縁に腰掛ける。
「ユウキはすごいよ。俺まで『頑張らないと』って思わせてくれるから」
「…ううん。そんなことない」
それは事実だった。
俺はレイに褒められることなど何もしていない。レイにやる気を与えることなどしていない。
むしろこんな俺の面倒を見てくれるレイを褒め称えなければならないし、レイが居るからこそ意欲が湧いてくる。
「レイにいつも…当たっちゃうから。その気持ちを、ここに閉じ込めたくて」
小説のネタは二の次にすぎない。
何も悪くないレイに当たってしまうことは、ただただ申し訳なくて、でも俺の心の中で渦巻く黒い感情は大きくなるばかりで。
だからこそ、この気持ちを日記の中に閉じ込めておきたかった。読み返して傷つくのは、きっと俺だけになるから。
「俺は気にしてないよ。俺の想像以上にユウキが苦しんでいるのも知ってるし」
頬にレイの暖かい手の温もりを感じると無性に悲しい気持ちが湧き上がり、思わす目を逸らしてしまう。
ああ。愛しい人は、どうしてこんなにも心が綺麗なのだろうか。どうして俺は、この人と生きることができないのだろうか。
そんな俺を見かねたレイは、頬に一つキスを落とし、華奢になった俺の手を優しく握ってくれる。
「じゃあ…小説のネタ探しに、紅葉狩りに行こうか?」
俺に判断を委ねるような優しい問いかけに、今度は目を合わせて頷く。
いつものようにレイの肩に両手を置くと、俺の体を抱き抱えて車椅子に乗せてくれる。レイは、深く座った俺の足をフットサポートの上に丁寧に置き、アームサポートを下げた。
俺もまだ自力で立ったり歩いたりできていたころ、車椅子に乗るのはどうしても嫌だった。レイに頼ることはまだしも、車椅子を活用するには自分の体の変化を受け入れなければならない。レイは心配性だから早い段階で俺を車椅子に乗せようとしていたが、その度に声を張り上げて抵抗したっけ。
今の俺に、そんな元気はなかった。元気がないというよりも、車椅子に乗る自分を受け入れたから。レイにさらに重い負担をかけるよりも、車椅子に頼った方がいいと思ったから。
気づけばレイは俺の後ろに立ち、ハンドルを握っていた。
「どこか悪いところとかはない?」
俺が小さく頷くと、キキッ…という音とともに車椅子が動きはじめる。椅子ごと体が移動する感覚に違和感があった俺も、今ではすっかり慣れている。
レイによって玄関の扉が開かれると、顔に当たる涼しい風とともに、葉擦れの音が耳に届く。四季の移ろいを嗜むことが少なかった俺も、久しぶりに見たその景色には目を奪われた。
目の前に広がる紅葉、枯れ葉特有の掠れた音、金木犀の香り…。全てが、秋の訪れを感じさせる。
車椅子はそのまま進み、様々な色の枯れ葉で彩られた道を進んでいく。その間、俺はまるで子供のように周りの景色を眺め続けていた。
あと何度見れるか分からない景色ほど、惹かれるのはどうしてのだろうか。本当に不思議で堪らない。
この景色を前にすれば「これで最後かも」と情けないことを考えていた俺の思考も、「来年も観たい」という気持ちに変わっていく。
ただ紅葉を見つめ続けている俺をよそに、レイは車椅子ごと助手席に乗り込ませると運転席に回る。この助手席も、俺の猛反対を無視したレイが改造してスロープまでつけてしまったものだった。
俺はもうすぐ死ぬというのに。こういうときだけ頭が回らなくなって頑固になるレイに、何度愛おしさを抱いたことか。
「久しぶりに見る紅葉、綺麗でしょ?」
車のエンジンをかけながら、俺に問うレイ。その表情には、久しぶりに見る心からの安息が隠れている気がして。
俺たちに足りていなかったのは、こういう時間なんだろう。と実感した。
「うん。…綺麗」
だから、俺も。今だけは病の苦痛や不安、責任感、孤独感…何もかも捨てよう。レイとの時間を心から楽しもう。
そんな気持ちを抱きながら、笑顔を浮かべて答えた。
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